三
不思議な朝だ。
「これは…………」
太陽だけじゃない。空気全体が黄金に輝いている美しい景色。まるで彼女のような。
自然と足があの場所へと向かう。向かっている間にもどんどん輝きは増していて、その中心にある木は強い光を放っていた。
「来てしまったのね。忘れなさいと言ったでしょう?」
彼女の姿は見えない。声だけが届いてきて、木を見上げる。光はよく見たら小さな花で、風もないのに一斉に散らしているようだった。
「ふふ、どうかしら。きっと……美しいとでも思っているのでしょうね。あなたが私のことを認識した時と同じように」
「姿を見せてくれないか」
「見せているわよ。 これが私」
にわかには信じられない言葉に瞬きを繰り返す。
「もしかしたらあなたは一方的に私を好いて、一方的に罪悪感を抱いているのかもしれないけれど。私にも少しは感情というものが存在するのよ」
「それはわかっているとも。日々話している中で、知っている」
光栄だわ、と彼女は言葉を続けた。
「私は後悔しているの。自分の気まぐれで、こんな大ごとになってしまって……ほんの少しだけ仲良くなってしまったあなたを、傷つけたから」
今まで聞いたことのない声音。有無を言わさず、ただただ私へ語ってくる。
「あなたの村を、私が、この木が壊してしまった。木が伐られたところで、きっとこの村は冬を越すことはできないわ。 生気を蓄えたこの木を細かく切り刻んで焚いて肥料にしたところで、効果が出るのはずっと先。その前にこの村は壊滅してしまう」
彼女が語る間も、花は村の方へと散り続けている。ふと背後を見ると、わずかではあるが地面から植物の芽が出ているのがわかった。
「まさか、これって」
「ええ。返してあげるの。一度枯れてしまっているから元通りとはいかないでしょうけれど。もともと私と木が持っていた生気も全て与えるから、恐らく冬は越せるはずよ。言ったでしょう? この花は私なの。文字通り、 そのままの意味でね」
花は地面に触れるととけるように土の中へと消えていく。彼女は花を散らす度、自分を少しずつ殺している。
「そこまでして、 どうして……」
「どうして、かしらね……あなたは私を想ってくれていたようだけれど、私にはわからなかったの」
なにが、と聞こうとしたが、なんとなく口をはさむのははばかられた。
「私のことはなにも話せなかったのに、毎日毎日、懲りずにこんなところまできて私の相手をしてくれる。気持ちには一切応えようともしなかったのに、あなたは一途に逢瀬という形で私に気持ちを伝えてきた。わからなかったわ。あなたがなぜこうまでして私を好いてくれるのか」
雨の日も、畑仕事が忙しくなって疲れていた日も、毎日通い続けた。 一日でも欠かしてしまったら、彼女はもうこの場所には現れないような気がして。
「だからこそ、木が暴走を始めたとき……あなたに聞いたのよ。この木をどうするのか。あなたはどうもしないと言った。覚えているかしら」
もちろんと答えると、彼女はそう、と人の姿でもないのにうなずいたように感じた。
「うれしかった。あなたはこの木が私と同義だと知らなかったはずだけれど、それでも私という不確定な存在を認めてくれたわ。昨日の夜だってそう。私が異形だとわかってもなお、向き合おうとしてくれたから」
だから決めたの、と彼女は強い口調で告げた。
「私にはあなたの気持ちはわからないわ。それでも与えてくれた気持ちに仇で報いるような結果は認められない。なにもしないで消えるくらいなら、あなたのものにはなれないけれど、あなたのためになることはできる」
それは、まるで告白のようで。思わず口から出たのは、感謝の言葉だった。
「ありがとう。君に会えてよかった」
「そう……私もきっと、これでよかったのでしょうね。最期は私も木も一人ではなくなったわ。あなたに会えたから」
じゃあね、と彼女は少なくなった花を勢いよく散らせ始めた。
「これであなたが村に残れたらいいのだけれど……これを見ていた人が、救ってくれるわ」
言われて振り向くと、ソウタが少し離れたところで呆然と黄金の花をまき散らす木を見上げていた。
「あ……」
「楽しかったわ。ありがとう」
この言葉を最後に、残り一つの花は私の頭上に降ってきて、消えてしまった。
「一時はどうなることかと思ったが、どうにか実をつけたな」
畑を見渡して、ソウタが呟く。
「……彼女のおかげだ」
ソウタは私が一人で呟いているようにしか聞こえなかったという。
しかし、私の話はある程度信じてくれたようで、どうにか私が村に残れるようみんなを説得してくれた。
ひと月と少し遅れて収穫を迎えた作物は彼女の予想を反してどれも例年より収穫量も品質も良く、黄金の雨によるおかげだと誰もが口々に噂した。
その雨を降らせた木はあの後すぐに枯れて、病を恐れた村の人々に焼かれて供養されている。まっさらになった野原には、不思議なことに同じ場所からすぐ苗木が顔を出していた。
「毎年これだけの収穫があればいいんだがな」
そうぼやく彼に、根拠のない自信がふいに口から出た。
「きっと、これからも助けてくれるさ」
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