第2話 編入試験ー2

 学園を走っていると、建物のデカさと豪華さに圧倒される。

 ここは宮殿か? と思いながら看板を頼りに進む。

 案内された大部屋には100人以上の学生が編入試験のために待機していた。


「今年こそは……今年こそは!」

「集中、集中、しゅーーーーちゅーーー」

「神様! 仏様! お願いします!!」

「落ちたら、切腹。落ちたら、勘当!」


 いや、ここは戦場か? 全員鬼気迫り、戦場へ向かう兵士のような顔つきだった。

 神喰学園……魔術特区に乱立する魔術学園の中でも1,2を争う超名門だ。

 

 卒業できれば輝かしい未来が約束される。

 彼らも必死か。

 しばらく待っていると、おそらくスタッフらしき黒服が静粛にとメガホンで伝える。

 静まり返る部屋。そのスタッフは、試験官が入られますと言う。


 試験官か……誰なんだろう。


 バン!!


 扉が勢いよく開き、神喰学園の制服を着た少女が一人歩いてくる。


「初めまして」

「…………お前かよ!」


 先ほどの毒舌美少女だった。


「あら、えーっと……名前がでてこない……なんだっけ……わからないわ。あ、そうだ! 足置きさん!!」

「そんな名前を子供に付ける親はいない!」


 相変わらずとんでもない女だが、その女はしかしすぐに壁の端の椅子に座ってしまった。

 するともう一人、扉の向こうから歩いてくる。


 その少女の登場に、会場が賭博漫画のようにザワザワし、顎が尖りだした。

 その子は登壇して、まるでお姫様のような洗練されたお辞儀をした。


「彼女はただの見学ですよ――皆様、本日の試験監督を務めさせていただきます。天下原 雫です」

「…………お前かよ! 本日二度目!」


 思わず同じツッコミを入れてしまった。

 馬の尻尾よろしく揺れるポニーテールが特徴的。

 上品で気品のある立ち振る舞いと言葉遣い。

 優しく微笑む姿はまるでお姫様で、先ほどの毒舌女王様とは雲泥の差である。男子学生の恋心をいくつも奪っただろう。

 それほどの完璧な美少女は、僕の妹である。先ほどの毒舌女王とは雲泥の差である。主に性格が。


「まさか試験監督は雫様……なの……か?」

「う、麗しい……」

「食の姫様だ。姫様がいらっしゃったぞ」

「わ、わぁぁ……す、すっごい人がきちゃいました」


 雫が入ってきた瞬間、戦場へ赴く覚悟を決めていた兵士たちが、推しアイドルに出会った限界オタクみたいに早変わりした。

 

「ごめん。教えて欲しいんだけど、雫はそんなに有名なのか?」

「ふぇ? 雫様を知らないんですか?」

「いや、ここにいる誰よりも知っているつもりではあるんだが……」


 僕は二年間、基本的に引きこもりだったので世俗には疎いのである。

 ということで、隣の限界オタクみたいなおさげの女の子に聞いてみる。

 失礼を承知でいえば、上京してきた田舎娘という感じだった。

 

「雫様は去年の神喰学園入学試験を歴代トップ合格。最年少特級料理人に選定されました! さらにさらに特級魔術師として、魔術特区最強の魔術師集団『神卓』の第八席! 料理人としても魔術師としても、そのあまりの超人っぷりに、世界が今一番注目する女子高生ですよ! サインもらえないかなぁ……」

「知らない言葉だらけだけど……そうか、雫は頑張ってるんだなぁ。というかその色紙どこから出したの?」


 しかし、僕が引きこもっている間に、妹は順調に食のスターダムを駆けあがっているようだ。

 嫉妬……なんて沸かない。僕はそれを心から誇らしいし、嬉しいと思った。

 あの地獄のような日々を一緒に戦い抜いた妹が、世間に認められるのが本当に嬉しかったからだ。


 そんな兄目線で雫を見ていると、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 モーゼが海を割ったように、受験者が恐れおののき道を開く。

 まるで、ランウェイを歩くような雫は、徐々に加速し、遂には飛び出して。


「お兄様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 いつものように、僕に抱き着いた。


「「えぇぇぇぇえ!!!!????」」


 当たり前のように会場が騒然とする。

 しかし、そんなの関係ないと言わんばかりに、顔面を僕の胸元にすりすりすりすり……いつものことだが公共の場ではやめた方がいい。


「合格です! 満点合格! 外に出れただけで偉いです!! 雫は涙が出るほど嬉しいのですよ」


 そのセリフ、やっとハローワークに行った息子に言うセリフみたいで悲しいからやめて。

 いや、まぁ……似たようなもんだが。


「でへ……でへへ。お兄様の匂い。くんかくんか、世界一良い匂いですの。でへへ、どうにかして、これを香辛料にしたいのです」

「やめとけ、まずくなる。しかし、試験監督なんてすごいな」

「雫ごときが、お兄様を試験など恐れ多いのですよ! お兄様を評価できる料理人などこの世界に存在しませんから!!」

「買いかぶりすぎだ。今の僕より、雫の方が料理人としては確実に上だよ。いや……ここにいる誰よりも僕は下だ」

「…………お兄様」


 少し悲しそうに僕を見る雫。

 そしてそれは事実でもある。


 僕は料理が嫌いだ。

 僕は料理ができない。

 僕は料理をする資格がないからだ。


 すると雫が僕から離れて、後ろを向く。


「お兄様がもう一度、包丁を握れるように……私が頑張ります」

「雫?」

「いえ! では、さっそく試験を始めましょう!」


 にこっと笑った雫がスカートを靡かせて回転し、元の位置へ戻る。

 用意された檀上に上がり、パチンと指を鳴らす。

 

 扉が開き、黒服のサングラス男達が次々とワゴン車を運びこんでいく。


「では、編入試験の説明を始めます。ここまで皆さんには、書類審査、筆記試験を行っていただきました。ですが、ここは神喰学園、知識など二の次。料理を作ってこその料理人」


 そしてワゴン車に乗っているドームカバーが外された。

 ガツンとくる血の匂い、肉の匂い。

 焼いてもいないのにこの圧倒的な野生の匂いを放つ食材といえば。


「試験内容は簡単明確。龍肉を使用したメインとなれる一皿を作ること」


 魔力食材の中でも最もメジャーと言ってもいいだろう。

 牛肉でもない、鶏肉でもない。豚肉でもない。

 天にも昇る旨味を出すポテンシャルを秘めたTHE・魔力食材――龍肉だ。


「合格条件は、私に美味しいと言わせることです。各々のすべてを皿にのせた極上の一品を期待します」


 簡単に言うが、ただでさえ魔力食材の調理は難易度が高い。

 一般的な料理の常識など何も通用しないと言ってもいい。

 ましてや相手は、神話の生物――龍の肉。


「では、アレ・キュイジーヌ料理開始!」

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