第3話 編入試験ー3
そして編入試験――料理試験が始まる。
「あ、失礼。調理開始と言いましたが、大事なことを伝え忘れてました」
雫がそういうと、大きなスクリーンが降りてきて、そこに何かが投影される。
それは受験者一覧の名前のようで、なぜか二人組ずつで書かれている。
「
「ふぇ!?」
先ほど、僕の妹をオタク語りしていたおさげの女の子が驚いたように僕を見る。
もしかしてこれって。
「料理は、ここに書かれている通りのペアで作ってもらいます」
「「えぇぇぇぇえ!!??」」
やっぱりか。
僕は雫を見る。
ふふふと何か企んでいるような顔をしているが、多分シンプルだ。
これで逃げられませんよ、お兄様とか思ってる。僕の性格を熟知している妹だ。
もはや人質と言ってもいい。適当に受けて、適当に帰ろうと思っていたのに、まさか他人の人生を巻き込むとは。
我が妹ながらえぐい。
僕は隣のおさげの女の子を見る。
震えて、まるで調理される前の小動物のようだった。
「ふざけんな! 俺達はこの日のために死に物狂いで鍛えてきたんだぞ! なんでどこの誰かもわからない奴と組まなきゃいけねぇーんだ!」
「そうだそうだ!!」
いきなりペアで試験を受けろと言われて、横暴だと叫ぶ受験生の男。
その声は大きくなり受験者たちが反論する。そうだそうだ! 横暴だぞ!
「はぁ?」
雫がぎろりと睨み、静かな一言を発する。
全員黙る。
魔力が滲んで、威圧する。こわぁ。
「あなた達は一人で料理をし続けるつもりですか? もちろん個人の技量は必要です。しかし、どこかの厨房に入れば、誰かのサポートもするし、サポートもされる。それこそ調理難易度特級を超える食材は、一人では調理しきれない食材ばかり。これはれっきとした神喰学園のカリキュラムに沿った試験です」
そういって僕に微笑みかける妹。疑って悪かったな。
それから大部屋の奥にある何十個も厨房が並ぶ部屋に案内される。
その頃には、納得できないという表情の受験者も、理解はできたようで覚悟を決めたようだ。
そして僕とペアの……あれ?
「……なにしてるんだ?」
「はぅ!?」
僕たち用に用意された厨房。
その下で頭を抱えて蹲る僕のペアの野中心音。
僕が声をかけたら飛び上がって頭をぶつけている。
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい! 私……すごく緊張しいで。かぼちゃ……かぼちゃ。みんなかぼちゃと思わなきゃ! かぼちゃが料理してる!」
「逆にその光景には恐怖を感じるが……とりあえずよろしく。天下原だ」
「あ! は、初めまして。野中心音です! えーっと天下原君?」
「あーでも雫と被るから呼びづらかったら蓮太郎か、おい、お前。とでも呼んでくれ」
「ほ、ほんとに雫様……のお兄さん?」
怪訝な顔で僕を見る。
そりゃそうだ。雫の実績を知っている人ならなぜ兄が編入試験など受けに来るのかと思うだろう。
しかし、兄より優れた妹はいるのである。
「ご、ごめんなさい! へ、変な意味はなくて! じゃあ……蓮太郎君って呼ぶね。今日はよろしくお願いします。蓮太郎君! 私のことは呼び捨てでいいからね」
「あぁ、わかった。よろしく、野中。ところで龍肉って使ったことはあるのか?」
「え!? あ、あるわけないよ! そもそもこっちじゃ買えないし」
「そりゃそうだな」
魔力食材は、スーパーで売っているようなものではない。
そもそも高すぎる。
一般人では調理はおろか、購入すらできないだろう。
この試験という場でなければ、料理人ライセンスを持つ監督者がいなければ調理すらさせてもらえない。
「制限時間は特に設けません。私は今日一日ここにいますので、満足いくまで挑戦してください」
雫はそういって、椅子に座って目を閉じた。
雫はめちゃくちゃに多忙だ。家にも最近帰れない日があるほどに。
その雫が丸一日予定を開けたんだ。その意味がわからないわけではないんだが……。
「え? えーっと、蓮太郎君は龍肉を調理したことはある?」
「あるかと言われれば……ある」
「えぇ!? すごい! じゃあ……料理人ライセンス持ってるんだ!」
「もってないよ」
「!? ってことは違法料理…………ひぃ」
確かに僕がやったことは、今の法律に照らせば違法行為だが、その件については魔王に強制されていたということでお咎めなしで決着がついた。
合法というわけではないが、白と黒ではなくグレーということで。
「と、とりあえず蓮太郎君! やったことがあるなら……お願いしてもいいかな」
「…………」
そういう野中は、僕を期待する目で見ている。
僕はため息を吐いて、そして調理台に立ってみた。
さて、二年経った。今の僕は……どうなんだろうか。
そして恐る恐る包丁を握る。
そのときだった。
*
『料理するのか……私達を殺したその手で』
*
「うっ……」
「蓮太郎君!?」
やはり吐いた。流し台でえずきながら涙目になる。
あの日からだ。あの日から包丁を握るとこうなる。
包丁だけではなく、鍋を覗いたりと料理に関わろうとするとこうなる。
僕はもう呪われている。料理人として、もうどうしようもなく終わっている。
でも当然だ。
僕は料理をする資格なんてないだから。
だから……僕は料理が嫌いだ。
「ごめん、野中。僕は……料理ができないんだ」
「え?」
そのときだった。
隣にいた別の受験者たちが笑い出した。
「ははは! お前、去年の入学試験でも同じように吐いてたよな!」
「あぁ、思い出した。僕も知ってるわ。なんでこんなのがここまで残ってんだ?」
「冷やかしかよ。包丁握れねぇ料理人がどこにいるんだよ」
そう、一年前も同じようなことがあった。
雫が神喰学園の中等部に合格し、僕が高等部の入学試験を受けた。
結果はこの通り。
「お前、才能ないって。料理人目指すのやめた方がいいぞ」
「あと吐いて臭ぇから帰れ。調理場で吐くって衛生的に最悪だろ」
「まじで萎えるから帰ってくれ」
彼らの主張は至極まっとうで、当然だ。
「…………あぁ、そうするよ。迷惑かけた」
僕は背を向けて帰ろうとした。
すると誰かが僕の手を引っ張った。
それは野中だった。
同じように罵倒されると思った。
先ほど受験者達が言った通り、この試験にみんな全力で望んでいる。
それをどこの馬の骨ともわからない相手と心中させられるなんて普通はたまったものじゃない。
そして、その結果組まされた相手が料理をしようとするだけで吐きそうになって帰ろうとするなんて最悪だ。
なのに、野中はこういった。
「大丈夫!」
「…………は? でも僕は……」
「チームだもん! 互いの弱点をカバーして、一緒に頑張って受かろう!! 料理は私が頑張る!」
僕は、ただ驚いた。
普通、怒るだろう。普通、ふざけるなって思うだろ。
なのに、彼女はただ一緒に頑張ろうと言った。
「だから……ね? 諦めないで!」
おどおどしているとは思ったが、この子はすごくまっすぐで優しい子なんだろうな。
「…………わかった」
僕は残ることにした。
僕が帰ったら彼女が落ちる。それは単純に迷惑をかけるだけだ。
せめて義理は通して最後までいよう。
それに、僕は料理が嫌いだが。
「できる限りのサポートはするよ」
料理に真摯に向き合う料理人は好きだ。
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