魔術世界の神域料理人~魔王も勇者も、現代最高の魔術師達も、その料理人に恋焦がれて狂っていく~

KAZU

第1話 編入試験ー1

 豪華絢爛、煌びやかなこの世のものとは思えない料理が並ぶ――魔王の食卓。

 匂いだけで涎が溢れ、理性を……そして命を捨てでも食したいという衝動が沸き起こる。

 しかし、一歩たりとも動いてはいけない。

 今はかの支配者が食事中なのだから。


 魔界の王は、静かにナイフとフォークを使い、丁寧に肉を切る。

 肉汁が溢れ出し、そしてソースと絡めて口に運ぶ。

 お金に換えられないほどの希少な魔力食材、食べれば天にも昇る味のはずの食事を取り、魔王は言った。


「――まずいな」


 その言葉一つで、重力が何倍にもなったように、ずしりと心が重くなる。

 止めどない汗が流れ、動悸が激しくなり、思わず嘔吐しそうになる。

 生きた心地がしなかった。

 いや、初めから僕達は死の恐怖で頭がおかしくなりそうだった。


「な、何か至らぬ点がございましたでしょうか!!」

「紅玉豚の火入れが弱い。切断面に乱れもある。魔素の輝きが弱い。総じてまずい」

「そ、それではすぐに作り直します!! 必ずや次は満足いくように!!」


 部屋の端にずらりと並ぶ料理人、その一人が声を出す。料理長だった。

 僕はその料理人を見る。恐怖に満ちて、何とか挽回しようと必死な顔だった。

 しかし、次の瞬間料理長の首が飛んだ。

 

 グシャッ。

 

 僕は目を閉じた。


 血が僕の靴に飛び散り、真っ赤な絨毯をさらに染め上げる。

 しかし誰一人として声を上げない。上げてはいけない。

 どれだけ恐怖しようとも、決して礼節を欠いてはいけない。


 それからも食事が続いていく。明確なミスをした料理人の命がまるで鶏でも締めるかのように終わっていく。

 静かな部屋、魔王と側近。肉と血と、そして僕と妹。

 妹の雫は、泣きながらしかししっかりとこらえて僕の手を強く握る。


「大丈夫だ」


 僕はただ一言そう言った。 

 そして魔王は、僕たちが作った料理を見る。


「…………ヒヒイロイモと白夜草のヴィシソワーズか。それに……虚闇トリュフか」

「虚闇トリュフだと!? 劇毒ではないか! 誰だ作ったものは!!」


 魔王の側近が声を荒げる。

 虚闇トリュフは劇毒だ。一度食べれば二度と光を見ることは叶わないと言われる闇属性の魔力食材。

 しかし、魔王は側近を手で制する。

 そして僕が作った冷製スープ……ヴィシソワーズを静かに見つめ、そして飲む。


「ふむ。闇強ければ光はさらに強く。基本ながらよく理解している。…………実に、美味だ」


 その一言に側近たちの目が見開き、ざわざわと声を出す。

 僕の知る限りでは、初めて聞いた魔王の賞賛だったからだ。


「……誰が作った」


 僕は震える声で、しかしはっきりと声を出し、まっすぐと魔王を見て言った。


「僕と、こちらにいる妹の二人でです」

「……そうか」


 僕の目を見る魔王、1秒後には死んでいるかもしれない。

 そんな恐怖が僕の心臓を握りつぶそうとするが、僕達、兄妹は毅然とした態度で立つ。

 そしてゆっくりとこちらに掌を向ける。死が迫る。僕は妹の雫とぎゅっと手を握る。


 鮮血が舞う。

 しかし、飛んだのは僕と妹以外のすべての料理人の首だった。

 

「兄の方、名は?」

「天下原 蓮太郎です」

「蓮太郎。覚えておこう……若いが、料理の天稟に年は関係ない。今日からお前が料理長だ。次の料理期待している」

「…………はい、お任せください」


 そして、僕達は生き残った。

 その日から僕は必死に料理をし続けた。


 学び続けた。鍛え続けた。

 終わりなき美食という道は、先が見えず苦しくて足が止まってしまいそうになる。

 それでも最高のさらに向こうを目指し続けろ。


 歩み続けろ。進み続けろ。作り続けろ。

 生き残りたいなら、魔王をも唸らせる極上の一品を、この手で。



 これが僕が、異世界で魔王の専属料理人として働かされていた時の記憶だ。

 しかし、その数年後。

 僕と妹と、そして多くの人間は助け出されることになる。

 

 勇者と呼ばれる世界最強の魔術師と、日本をはじめ世界各国の精鋭魔術師の犠牲によって。

 異世界が闇に包まれるワルプルギスの夜に。


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◇数年後。


 日本東京、魔術特区アンブロシア。


 春。出会いと別れの季節。

 僕は、とある学園のベンチで心地よい風を浴びながら、ぼけーっとしていた。


「魔術ガストロノミー学科か……料理学校も随分とかっこいい名前になったな」


 ここで僕が何をしているかというと魔術ガストロノミー学科編入試験の時間までぼーっとしている。

 本当は受けたくもないし、料理なんてカップ麺で十分だろ。と思う。

 できれば今日もクーラーの聞いた部屋でソシャゲでもして、重火器をぶっ放す女の子の尻を眺めたいところだ。


 しかし諸々の事情でそうもいかないので、こうして試験開始までだらけているというわけだ。


 ゴミ一つなく、赤いレンガが几帳面に並べられた道。 

 整えられた芝生や、花壇。上品に笑う上品で気品あるお嬢様生徒たち。

 ここは、日本の東京湾を埋め立ててできた魔術特区にある魔術学園の名門――神喰学園。


 この魔術学園には、二つの学科しかない。

 魔術学科、もしくは魔術ガストロノミー学科だ。

 今から20年前、異世界と繋がったこの世界には魔術が生まれた。


 異世界だけの元素――魔素を含む食材を食べたら人は魔術を使えるようになった。

 最初に魔物を食べた奴の気が知れないが、多分日本人だろう。猛毒であるフグの卵巣をあの手この手で食べようとするぐらいだからな。


 そこから研究が進み、より食材を美味しく、より効率よく魔素を。

 そのための学問を魔術ガストロノミーと呼んだ。


 というわけでその魔術ガストロノミー学科の編入試験を受けるわけだが。

 楽しそうに青春を謳歌している学生たち、きっと何不自由なく暮らしてきたのだろう。

 でもそれでいい……若い時の苦労は買ってでもしろとは、喉元過ぎれば熱さを忘れた大人の戯言なのだから。


「はぁ……僕にこんな金持ち学園が似合うわけないだろ」


 ベンチに全体重を預けながら、ぽろりと零れた妹への言葉。

 すると、隣から声がした。


「それはあなたがこの学園に相応しくないのか、この学園があなた様に相応しくないのかどちらなのかしら」

「ん? あぁ、悪い。不快にさせたなら謝るよ。もちろん、学園様で、僕が下だ」


 とそのほうを見て見ると、思わず凝視してしまうおっぱいがあった。わぁ、でっか。

 失礼、制服を着たこの学園の生徒がいた。

 静かに本を読んでいたようで、バタンと閉じるとこちらをまっすぐ見る。

 銀色の髪、目力が強い。ハーフかな? まるで蛇に睨まれた蛙になりそうだ。


「随分と自分を下に見るのね。視線も下がってるわ、どこを凝視してるのかしら」

「黙秘権を行使します」

「却下します。このおっぱい星人」

「おっぱ…………え、えーっと。悪いな。謝るよ、確かに失礼だった」

 

 僕は素直に謝った。女の子の胸を凝視するのは、僕が全面的に悪いだろう。

 しかし、細身のスタイルのわりに胸が大きいせいか、制服のボタンが悲鳴をあげてる姿は思わず見入ってしまったがモデルか何かか? 

 ここまで綺麗な女の子……僕の人生で誇張なく初めてみた。

 銀の髪はサラサラで、所作がいちいち綺麗。

 春先にベンチに座って本を読むという今どきライトノベルのヒロインでももう少しましなキャラ付けするぞという行為が許されるほどの美少女だった。

 ただし。


「謝るというのなら頭を垂れてつくばうのが当然じゃないかしら。平伏せよ、変態」

「お前はどこの鬼の大将だ! パワハラで訴えるぞ!」

 

 毒舌系美少女だった。

 

「そんなに大きい声でツッコミをしないで。びっくりするじゃない」

「ご、ごめん」

「はぁ……仕方ないわね。土下座で許してあげる」

「何も許してない!! そんなに初対面の僕に土下座させたいのか!?」

「だってその頭は随分と足置きにちょうど良さそうだもの」

「土下座だけじゃなく、足を置くつもりなのか!?」

「失礼。随分と気安く私にツッコミするから、まるで幼馴染かと思ったのよ」

「お前は幼馴染をなんだと思ってるんだ!?」


 クスっと笑う微笑か、もしくは冷笑がやけに似合う美少女系というより、お嬢様系というより女王様系のその子は、そのとんでもなく長いスカートから伸びる生足を、組み直す。

 うわ、すっごいスタイルだ。悲しいかな、男は本能には逆らえない。視線がさらに落ちる。


「あら。置かれたくないの? 私の『生』足を」

「ぜひ、私めの頭に置いていただきたいです」


 キリッとした表情で僕は答えた。


「ところで、足置き……失礼、蓮太郎君。私は誰でしょう?」

「足置きと言いかけたことは置いといて、お前が記憶喪失ではないとすれば……悪いががわからない。お前は誰だ?」

「この胸に見覚えがあるでしょ? ほら」

「胸を見て思い出すような知り合いは僕にはいない!」


 グラビアアイドルのようなポーズをして、谷間を見せつけてくる。

 強めにツッコミをいれたのに、気づけば鼻の下が伸びてしまうのだから男とはバカである。

 というか、なんでこいつはこんなに楽しそうなんだろうか。そうか、痴女か。

 

「そう。蓮太郎君は女性を胸で識別する固有魔術を使うと聞いたのだけど……利き水ならぬ利きおっぱいね。さすが料理人」

「そんな固有魔術だけは絶対に嫌だ! 悪いがお前の顔も、お前のおっぱいも初めてだよ!」


 するとその子は立ち上がり、僕の前にきた。

 そしてぐいっと胸を目の前に突き出す。


「ふーん、じゃあ……舐めたらわかるのかしら?」

「舐めたらわかります!! 利きおっぱいできます! これでも料理人ですから!」


 キリッとした表情で僕は答えた。

 

 バチン! 

 

「心の底から軽蔑するわ。気持ちが悪い」


 ビンタされた。仕掛けてきたのはあなたなのに?

 するとクスっとその子が笑ったあと、一瞬だが、確かに悲しそうな表情が見えた……気がする。

 その子は、ゆっくりと僕に背を向けた。

 

「じゃあ、試験の時間もきたようだし、私は行くわ。蓮太郎君も女子生徒を視姦しながら今晩のおかずを選別するのに忙しいと思うけど、編入試験も頑張って」

「してねーよ! えーっと、一応ありがと。頑張る気はないし、受かる気もないが、もしかしたらよろしくな!」


 腰まで伸びた銀髪を揺らしながらその毒舌少女は消えていった。

 一体、誰だったんだろうか。嵐のような女だった。

 …………あれ? 僕、あいつに名前言ったっけ?


「うわ、やべ! もう試験はじまる!」


 とりあえず、僕は試験会場に向かった。


 この衝撃的な出会いをした女性が、この先僕を振り回し、ぶん回し、かき回し、最後には回し蹴りを食らわしてきて、ほくそ笑むような悪魔のような女王様が――。

 まぁそれはそれでご褒美の可能性も否めないが、それでも今どき、暴力系ヒロインなんて流行らないと思うが――。


 それでも、僕の人生を大きく変える女――神喰紫音との出会いだった。





あとがき。

本日、キリが良いところまで一挙公開。

白虎夜虎から今年のカクヨムコン用にしっかり準備した最高の作品を書きました。

めっちゃ面白いよ。

テーマは料理×魔術です! 簡単にいえばトリコ×食戟のソーマです(笑) リスペクトしながら私らしく熱い物語に仕上げました。

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