第1話 夜更けの迷い子〜星と栞と、未来の話〜

 図書館に戻ると、アステルがゆっくりと現れた。


「おやおや。ずいぶんと早く帰ってきたようじゃな」

 砂良は涙の跡を拭いながら頭を下げる。


「……ありがとうございました……」

「礼などいらんよ。ここに来たのは、おぬし自身の勇気じゃ」

 アステルは手を動かし、一冊の本を宙に浮かせた。


 白かった本は、柔らかな桃色に染まり、表紙に文字が刻まれていく。


『夜更けの迷い子 ― 室井砂良の物語』

「これは、おぬしの心が歩いた道を記した物語。

 もう二度と消えることはない」

 砂良はそっとその本に触れた。


「……私、もう少しだけ……勇気を出してみたい。クラスで一人だけでも、話してみたい人……いるから」

 澪はぱっと笑顔になる。


「いいじゃん! がんばれ砂良ちゃん」

 砂良も少しだけ恥ずかしそうに笑った。


 そして、扉の前で立ち止まり、小さく手を振る。

「……ありがとう。いつか……また来てもいい?」

「もちろん。また砂良ちゃんの前に現れた日に会おう」

 砂良が扉を開けると、夜明け前の薄い空へ戻っていった。


 アステルが澪の横に立ち、静かに語る。

「澪や。この先、図書館を訪れる者はさらに増えるじゃろう」

「うん。今日みたいに、誰かの力になれるかな」

 アステルは澪の肩に手を置いた。


「澪。これからはわしの代わりに、迷える者を導いてやってくれぬか?」

「……わたしが?」

「おぬしの言葉は、人の心に寄り添う。それは立派な“司書の力”じゃよ」

 澪は胸に手を当て、小さく息を吸った。


「……うん。わたし、わたしにできる精いっぱいで、やってみる」

 星月の栞図書館には、今日も誰かの物語が増えていく。


 迷える人の心に灯る、小さな星のために――。

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