第1話 夜更けの迷い子〜不安の影〜

 霧が晴れると、広い円形の部屋が現れた。


 部屋の中心には、膝を抱えて座る女の子がいる。

 薄く透けていて、顔は見えない。


「……あれは?」

「“砂良ちゃんの影”。心の奥で泣いている、もう一人の砂良ちゃん」

 砂良は息を呑んだ。


 影の少女が、かすれた声でつぶやいた。

「……誰も……私なんて……必要としてない」

 砂良は、まるで自分の胸をえぐられたような痛みを覚えた。


「ちが……う……そんなこと……」

 影は顔を上げた。


 表情は見えないのに、泣いているのが分かる。


「話しかけても、迷惑そうな顔される。

 無視されたことだってある……“友達になりたい”なんて言ったら、笑われる……」

 砂良の足が動かなくなる。


(なんで……こんなに苦しいの……?)


 澪がそっと尋ねる。

「砂良ちゃん。影の言葉は、全部本当にあったこと?」

 砂良は首を振った。


「……違う……“迷惑そうに見えた”だけ……

 無視されたと思ったのも……私が怖がって勝手に決めつけただけで……」

「うん。じゃあ影は、砂良ちゃんの“恐れ”が作ったものなんだよ」

 砂良は震える声で影に近づく。


「……私……ほんとは、誰かと話したかったの……でも、怖かっただけ……!嫌われるのが、怖かったの……!」

 影の少女がはっと顔を上げる。


 澪が背中を押すようにそばへ寄った。


「言ってあげて。砂良ちゃん自身に」

 砂良は影の手をそっと握った。


「私……ひとりになりたかったわけじゃない。

 ひとりが平気だったわけじゃない……怖かったのは、ずっと、ずっと……“拒絶されること”だけなの……!」

 影の表情がふっと緩む。


 そして、霧のように光の粒へ溶けていった。

 砂良はその場に崩れそうになったが、澪がそっと支えた。


「大丈夫。ちゃんと向き合えたよ」

 砂良の目から涙がぽろぽろ零れた。

「……怖かった……もう、逃げたくなかった……」

 澪は優しく頷いた。


「砂良ちゃんはひとりじゃないよ。孤独な時だって、必ず誰かが“見つけてくれる場所”があるから」

 迷宮は音もなく揺れ、光に包まれていく。

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