〇等価交換

何もない真っ暗な空間。どのくらいの広さなのかも。何があるのかも分からない。

「お話をするのにこうも暗いのはいただけないね」

 無頼の声が響いたかと思うといきなり空間は明るくなった。そしてよく見るとどこかの応接室のような景観に様変わりしている。

 無頼が腰掛けるソファの正面には一人の女性が座っていた。ロングヘア―の大人しそうな女性であった。

「さて、まずはお礼を言わせてもらいましょう! よくぞ承諾してくれましたね。あなたもう死んでるし寿命なんて対価にならないとか言われるかと思ってました」

 無頼がけたけたと笑いながら言う。確かに死人相手に寿命を支払っても何にもならない。単に無頼の寿命が縮んだだけである。

「よく言うわ。先に対価を支払ったくせに。応えなきゃ原則に反するじゃない」

「まあね、この世は全て等価交換で成り立っている!その原則はたとえ死んでいようが従わざるを得ない! 上手く出来てるよねえ」

「……あなた何なの? 普通の人間じゃないでしょ?寿命を対価として支払ったくせにまだ普通の人の十倍以上あるじゃない」

「時間は平等だからね、多い少ないは関係ないさ。そして質問の答えだけど、僕は普通の人間ですよ。一つ違うのは、『価値の分かる男』だってこと。普通の人間は等価交換の原則はうすらぼんやり理解していても、何と何が等価となるのかは分からない。僕はそれを完璧に理解している。つまり、対価さえ払えばなんでも出来るってことさ」

「すごいのかすごくないのか分からない能力ね」

「まあ対価は支払うわけだし、魔法みたいなものではないね」

「で、私に何の用なの?」

「ちょっと待った。まずは自己紹介から。僕の名前は秣川岸 無頼。君の言うところのすごいのかすごくないのか微妙な能力を使って怪異専門の相談所をやっている」

「……私は、田中綾子」

「普通の名前だ!」

「別にいいでしょ」

「で、だ。綾子さん、あなたに聞きたいことがいくいつかある」

「何」

「なぜあの男を襲う?彼の言う事が本当なら別に襲う理由はないでしょ」

「あいつなんて言ってたの」

「喧嘩して君にフラれたってさ」

「よく言うわ……フッたのは向こうの癖に」

「もうちょい詳しく聞いても?」

「喧嘩したのは本当。あいつが浮気してて、その浮気相手と結婚するとか言い出して」

「惨めだねえ」

「私にも結婚したい、いつ籍を入れるかなんて話もしていたのに」

「なるほど。それで彼を恨んで自殺したと」

「そうよ、何か問題ある? あんたアイツに私をどうにかするよう頼まれたんでしょ?もし邪魔するならあんたから殺してやる」

「んー、そもそも僕まだ彼から対価もらってないし何かする義理もないんだよねえ。しかも彼僕に嘘ついてたわけでしょ? 僕は嘘を吐かれるのがこの世で一番嫌いなんだよね」

「だから何よ」

「結論からすれば僕、彼を助ける気無いんだよね」

「……依頼を受けたってのに、適当なのね」

「そりゃ僕だって人間だもの。助けたい人もいれば助けたくない人もいる。で、どっちかと言うと彼よりも君のことを助けてあげたい。美人さんだしね」

「助ける?」

「悪霊になって現世を彷徨うのは苦痛の極みだ。早く天国に行ってもらいたいのさ」

「……協力してくれるの?」

「対価を貰えるのならね」

「私に支払えるものなんて…」

「それじゃあ、約束を果たしてもらおう」

「約束?」

「君が天国に行き、生まれ変わった暁には、必ず幸せになること。変な男に引っかかったりせずにね」

「……そんなことでいいの?」

「そんなことって、出来なかった結果が今の君じゃん。結構難しいことだと思うよ」

「言ってくれるわね……」

「ま、だからこそ、次は幸せになる権利があると思うんだけどね」

「……分かったわ」

「約束できる?」

「頑張る」

「よし! 契約成立! じゃあ行きますか!」

「どこに?」

「決まってるじゃないか」

 そう笑って言う無頼の笑顔は優しいようで、その反面、悪魔のような冷徹さを感じさせた。

「おっき!」

「うわあ!急に起き上がるな!」

「んーっ、ふう」

 起き上がった無頼は伸びをしながら長岡を見やる。

「あ、あんた一体何があったんだ?急に倒れて…:

「ああすいません気にしないでください、もう安心ですよ」

「ど、どういうことだよ」

「いや、だから悪霊はもう退治しました!金輪際あなたは怪異に悩まされることはないでしょう!」

「そ、そうなのか」

 怪しいセールスマンのような口調の無頼に不信感を露わにしつつ、長岡は答える。

「それで、対価の件なんですけど」

「あ、ああ。いくら払えばいいんだ?金なら心配いらない、今の女が社長令嬢で俺にぞっこんなんだ。いくらでも支払える」

「あー、そういう」

「な、なんだよ」

「そういえば一つ思い出したんですけど、あなた僕に嘘つきましたよね?」

「え」

「喫茶店で何回も確認しましたよね? 言っていることに嘘はないのかって」

「い、いやあれは」

「ショックだなあ。何回も何回も確認したのになあ」

「わ、わかったよ! 対価を払う! いくらだ!いくらならいいんだ!?」

「それって嘘を許してもらうための対価ですか?」

「ああ、なんでもする!だから許してくれ!」

「あはは、言ったね?」

「な、何を……」

「何でもすると、今言ったね」

「あ、ああ! だから……」

「それじゃあ……」

 そう言って指を鳴らす無頼。すると再び部屋中の物が飛び交い、電灯が激しく明滅し、PCやテレビには「呪」という文字が無数に浮かび上がった。

「うわあああ! お、おい! どういうことだよ! 解決したんじゃないのかよ!?」

「あ、長岡さん。嘘についての対価は今から支払っていただきますが、怪異についての対価は不要です」

「?」

「悪霊、まだ退治してませんから!」

 無頼が笑い声をあげると同時に綾子が姿を現した。

「ぎゃあああああ!!!」

「嘘を許す対価ですが、簡単です。彼女に大人しく殺されてください」

「おい! おい嘘だろ!? やめてくれえええ!!」

「自分で言ったじゃないですか、なんでもするって」

 一歩、また一歩と綾子は長岡に歩み寄る。

「あ、ああああああ」

 失禁しながら震えている長岡に綾子は言う。

「色々、あなたのわがままを聞いてあげてきた。だから最期くらいは私のわがままを聞いて」


「死んで」


※※※

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