第11話 無音の裂け目:濁音殿崩壊のはじまり
ガの間を突破し、
黒い階段を登っていた和光は、
ふと足を止めた。
――音が、消えた。
いや、足音が消えたのではない。
城全体から、
あらゆる響きそのものが“奪われて”いく感覚。
アンの光も震え、
インの形の線も乱れ、
ウンの流れも止まりかける。
そして……
世界から“ん”の残響だけが、
かろうじて微かに残っていた。
和光は思わず胸を押さえた。
無音の裂け
階段の上方で、
空間がねじれ、
黒い縦長の傷のようなものがゆっくりと開き始めた。
それはまるで、
世界の布にナイフを入れたような“亀裂”。
しかし、
そこからは何も聞こえない。
風もなく、光もなく、揺らぎもない。
“無音”だけが存在している。
和光は震えた。
「……音がない……?」
宇宙は音(振動)で成り立つ。
音がなければ、存在は意味を失う。
裂け
まるで世界を「無」に戻そうとしているかのようだった。
濁音殿が崩れはじめる
突然、
城の壁がひび割れ、
黒い岩が粉々に砕けた。
ガ行の守護符に刻まれた音も、
次々とかき消されていく。
ガ →(音が奪われる)
ギ →(震えて消失)
グ →(沈黙へ)
濁音殿そのものが
「存在を維持するための音」を奪われている。
和光は叫んだ。
「これは……ガンの力じゃない。
濁音でも清音でも半濁音でもない……
音の外側の力……!」
胸の巻物が激しく波打った。
ガンの気配が乱れる
そのとき、
奥の闇からガンの声が響いた。
だがその声には、
怒りではなく、 恐怖 が混じっていた。
「和光……
来るな……
ゼロが……目覚める……!」
和光の背筋を冷たいものが走る。
ゼロ――
それは噂程度にしか語られない存在。
すべての音が生まれる前の“無”
全音をかき消す、根源の沈黙
世界が音に分化する前の原初の空白
三柱でさえ恐れ、
話題にすることを避けた存在だ。
ガンが続ける。
「憎しみですら……飲みこまれる……!」
無音が迫る:和光、音の消失に直面
ゼロ・クラックから放たれる無音の波が、
和光の足元まで迫った。
その瞬間、
和光の身体の“音”が奪われはじめた。
心臓の鼓動が聞こえない。
呼吸の音がしない。
自分の思考の振動すら弱まっていく。
――このままでは、自分も「存在」が薄れてしまう。
パルス環が強く揺らぐ。
ポ……ン…………
半濁音の鼓動が
無音に食われかけている。
和光は必死で清音融合を展開した。
だが――
光(アン)が消え、
形(イン)が崩れ、
流れ(ウン)が止まる。
それら清音すら、無音に吸い取られていく。
和光の身体がふらつく。
突然あらわれた“影の音”
その時だった。
和光の背後で、
何かが“鳴った”。
――キィィィ……
それは音とも無音ともつかぬ、
不自然な振動。
和光自身の中に潜んでいた、
“影の音(シャドウ・トーン)”が
無音に反応して動き出したのだ。
影の音は和光の耳元で囁く。
「……消えるくらいなら……
すべてを壊せばいい……」
和光は青ざめた。
影の音は、
怒りでも悲しみでもなく、
存在を守るための“原始的な破壊衝動”
そのものだった。
和光の手が勝手に震える。
影の音が形になりかける。
ガンの焦った叫び声が響いた。
「和光!
その音はゼロを呼ぶ!!
止めろ!!!」
しかし、
無音はさらに広がり――
和光の影が、
ゼロ・クラックの前で揺らめいた。
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