第7話 三柱の神々の修行、清音を超える道
村を出た和光は、
巻物の微かな光に導かれながら、
山と森を越え、深い霧の谷へ入った。
その谷の奥に、
世界の音が生まれる場所――
音の源郷(おんのげんきょう)
があると言われていた。
和光が一歩足を踏み入れると、
霧は静かに割れ、
中央に三つの渦が姿を現した。
アンの光。
インの形。
ウンの流れ。
三柱の神々が、
ついに姿をあらわした。
アンの修行 ― 光の音を聴け
最初に和光に近づいたのはアンだった。
アンは、太陽の先のような金色の光をまとい、
和光に手を差し出す。
「和光。
光とは“見るもの”ではない。
光は“聞くもの”だ。」
アンが指を鳴らすと、
無数の光の粒が和光の周りを舞い始めた。
光の粒は
声なき声で歌っていた。
――ぱらら
――ひゅるり
――からん
和光は耳を澄ませた。
だが、まだ何も理解できない。
アンが言う。
**「光とは、感情の最初の震え。
人が怒る前に、悲しむ前に、
心の奥で最初に揺れる“微光”だ。
その揺らぎを聴けるようになれ。」**
アンの修行は、
“感情が生まれる前の音”を聞き取る訓練だった。
和光は日が暮れるまで光の音に集中し続けた。
少しずつ、
光の粒が、
喜びや悲しみの前兆で震えるのを
理解できるようになった。
インの修行 ― 世界の形を読む力
次に現れたインは、
透明な板のような姿になっていた。
風が吹くと、
インの身体は
幾何学の線を響かせる。
「和光。
世界は形の音で満ちている。
木々の枝、川の流れ、人の思い……
すべて“線”だ。」
インが地面に指を走らせると、
空間に無数の線の軌跡が浮かび上がった。
その線は
音のように震え、
和光に語りかけてくる。
しかし和光には、
混乱した線の渦にしか見えなかった。
インが静かに告げる。
「形を“見よう”とするな。
形を“読め”。
形は意識の残した言葉だ。」
和光は目を閉じ、
形の持つ音を感じ取ることに集中した。
すると――
混乱していた線が、
ある秩序ある“音の地図”に変わり始めた。
形は静かに語っていた。
「ここは悲しみ」
「ここは怒り」
「ここは願い」
和光は初めて、
世界の“無言の言葉”を読めるようになっていった。
ウンの修行 ― 流れをつかむ者となれ
そして、
最後に和光の前に現れたのはウンだった。
ウンは水と風をまとい、
常に動き続ける存在だった。
「和光よ。
怒りも争いも“流れ”が滞った時に生まれる。
流れを回せる者が、
争いを静める真の力を持つ。」
ウンが手を振ると、
周囲の空気と水は渦を巻いた。
和光はその中で、
風の流れを感じ、
水の鼓動を読み取ろうとした。
だが――
ガンの濁音に吹き飛ばされた記憶がよみがえり、
身体が強ばる。
ウンは静かに言った。
「恐れを流せ。
“ん”とは、
閉じて終わりながら、
次の始まりを呼ぶ音。」
和光は震える心にそっと呼吸を合わせ、
胸の中でひとつの音を響かせた。
「……ん」
その音は
風を柔らかく回し、
水を静かに揺らし、
世界の滞りをほどいていった。
ウンは満足げに微笑む。
「よくやった。
おまえは“流れ”をつかみ始めた。」
三柱からの試練の結果
日々、血がにじむほどの修行。
光を聴き、
形を読み、
流れを動かし、
和光の中で
“ん”の響きはより深く、強く、静かに成長していった。
三柱は和光の前にそろい、
こう告げた。
「清音を超える時が、近い。」
そして和光の巻物に、
新たな一行が浮かび上がった。
《濁音を悪ではなく、音の一部として受け入れよ》
和光は悟る。
「ガンを倒すには……
怒りを否定するのではなく、
“流れ”に戻さなければならないんだ。」
和光の本当の修行は、
まだ始まったばかりだった。
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