第9話
「屋上に涼みに来ていた、あるいは酔い覚ましのつもりがあったかもしれないが、南さんは荒川さんとの通話の途中にスマホを柵の外に落としてしまった。その際に通話が一度切れてしまったが、再度荒川さんから着信が入る。電話がなっているので慌ててスマホを取ろうと思った南さんは自ら柵を乗り越えてスマホを取りに行ったが、酔っぱらっていることもありバランスを崩して転落してしまった。つじつまはあってますよね? 地面に落ちているスマホを拾おうとしたなら体勢的に頭から突っ込むような形で落下したことも納得がいく」
よくできましたとでもいうように軽く磐田が拍手をする。その態度がかえって馬鹿にされているようで譲をいらっとさせた。
「警察が考えているストーリーもほぼ同じだ。南の司法解剖でアルコールが検出されて、死因に転落によるもの以外の原因が出てこない限り事故として処理されるだろう。そうなれば、捜査は一気に制限されてしまう。できれば今日中にある程度の目星はつけておきたいところだな」
「そんなものあるんですか?」
譲の質問に神崎は困った顔を見せる。さらに両手を広げて首をひねってみせた。
「そんなものがあるんだったらこっちが知りたいよ。正直、俺もさすがにこれはただの事故かなって思っている」
譲にとっては複雑な気持ちだった。南が亡くなったと話を聞いたときにはどうしてという気持ちだった。そこに訳があるなら知りたいと思い捜査に協力してきたが、今はできればこのまま有力な他の情報が出てこないでくれという気持ちも芽生えてきた。不慮の事故も残念なことだが自殺や他殺よりはずっといい。
譲と神崎の会話など微塵も気にせず磐田は先ほど落とした譲のスマホを見つめている。顎のあたりに左手をあててしばらく何やら考えていたが、突然柵に両手をかけて勢いよくそれを跳び越えた。
そのあまりにも軽やかな身のこなしに「危ない!」と叫ぶ暇もなかった。この人こんな動きができたのかと驚く。よく考えたら普段は研究室で数学の定理相手にぶつぶつ言っているところしかみていない。
磐田は譲のスマホを拾い、親指と人差し指で挟むようにして持ちながらそのスマホを眺める。折り畳みのスマホカバーを開けた時、スマホの画面に陽の光が反射する。
「おい、危ないからさっさと戻ってこい」
神崎が磐田に向かって言う。これで事故が起こったらたまったものではない。
譲も早く自分のスマホを返してもらいたいと思っていた。そんなこともお構いなしに磐田がスマホの画面の上に指を滑らせる。
再び柵を軽やかに乗り越えた磐田が譲に向かってスマホをトスした。それを受け取った譲が「何で⁉」と驚く。スマホにかかっているはずの画面ロックがいつの間にか外されている。しつこく何でわかったのか問いただす譲を無視して磐田は神崎に声をかける。
「南さんのスマホが落ちていた時どういう状況だったかわかるか? できれば写真とかの記録があるといい」
磐田の質問に「ああ、それなら」と言いながら、神崎は自分のスマホを操作する。写真を順にフリックして目当ての画像を見つけると、二人の方に画面を示した。
「鑑識の方に回す前に現場を保存した画像だ。これで何かわかるのか?」
そこにはバツ印の場所に横たわる薄いピンクのスマホカバーに包まれたスマートフォンが映っていた。落とした時に着いたものか所々に擦り傷のようなものがあるが、先日の懇親会のときに譲が見たものと同じものだ。自分の記憶が間違っていなかったことに安心する。
神崎は「他にも何枚か写真がある。少し引きで撮ったやつとかも」と言いながらスマホをフリックして数枚の写真を見せる。
「……なるほどな」
磐田がつぶやいてから「もう大丈夫だ」と声をかける。
「何かわかったのか?」
「いや、あくまでまだ仮説をたてるための材料だ」
「何だよ。もったいぶらずに教えろよ!」
思わせぶりな磐田の態度に神崎はやきもきしている。早く手がかりを見つけなければならない焦りもあるのだろう。
「だからまだ仮説をたてるための材料の段階だと言っただろう。そのレベルで人に伝えるほど愚かではない」
神崎は「手がかりのヒントぐらい教えろよ」と食い下がるが磐田は相手にしない。譲も同じ画像を見たが特に気になるところはなかった。
粘ってみたが磐田から何のヒントももらえそうにないので神崎は少しふてくされたような態度になる。いつも磐田に振り回されている譲もその気持ちはわからないではない。
そう言えば振り回されているで由香のことを思い出した。朝にラインをしようかと迷ってやめておいたが情報の早い由香のことだ、もう何かしらの連絡が来ているかもしれない。素早くスマホのロックを外し、確認してみるが特に何の連絡も入っていない。あとで一応連絡ぐらいしてみるかと譲はスマホの画面を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます