第4話 孤立させない。無視しない。

 収録は一度、短い休憩を挟んで再開された。成瀬も伊吹も、無言でペットボトルの水を飲み干す。


「これまでの説明を聞いて思ったんですが……。」


 MCが少し前のめりになって指を組む。


「Sofiaが動き出せば、隠蔽は事実上不可能……そう思って良いんですかね?」


 成瀬は一気に畳み掛ける。


「ええ、なぜ隠蔽が起きるかといえば、組織の内部を通すからです。」


「Sofiaなら組織内を通さず、公平・公正に判定可能です。」


「そして、本当に助けが必要な人の声を、最短・最速で、届けるべき場所へ届けてくれるんです。」


 ――早口になり過ぎないように。そこだけ気をつけろ。成瀬は自分に言い聞かせる。


「組織側からすれば、不正や不法行為・人権侵害があれば、それがいつ明るみになるか分からなくなります。」


「その結果、隠蔽はリスクが大きくなり過ぎて、隠したところで誰も得しない。」


「組織は自浄努力をするしかなくなります。」


 そこまで一息で言い切って周囲を見回した。

 一瞬、スタジオが静まる。


 アシスタントの女性が小さく息を呑んだ。

「……壮大なお話ですね。」


 そして間を取るように笑顔を戻す。


「でもAIって、本当に現場の“人の声”を理解できるんですか?」


「理解、ですか……」

 成瀬は記憶を探るように少し目線を上げた。


「そこが開発当初、いちばん苦労したところです。」


「やっぱり?」

 アシスタントが首を傾げる。


 伊吹が苦笑混じりに引き継ぐ。

「テキストだけじゃ限界があるので、音声相談と映像解析のテストをしたんです。

社員の家族や知り合いにお願いして、模擬相談をやってもらって。」


「でも……これが難しくて。」


「どう難しいんです?」


「家族は、まぁ当然ですけど台詞が“棒読み”なんです。感情が乗らない。」


「でも劇団員を呼んだら、今度は演技が……なんて言うんですかね……“過剰”で。」


 スタジオに笑いが起きる。


「ちなみに、どちらの劇団の?」


 俳優業もこなすアシスタントの女性は、悪戯っぽい表情で身を乗り出す。


 成瀬が、「私の知り合いに下北沢で劇団をやって……」


「下北の劇団に声かけちゃダメよぉー!」


 女性アシスタントは腹を抱えて笑う。


「私もお芝居やるから分かるんですけど、“リアル”と“リアルな演技”って、ちょっと違うんですよねぇ。」


 伊吹の目が輝く。


「そう、それです。AIは“言葉や表情の密度”は測れても、“痛みの深さ”までは測れない。だからこそ、実際の現場で検証する必要があるんです。」


 彼の語気が熱を帯び、早口でまくし立てる。


 MCが、少し真顔に戻って尋ねる。


「で、その課題は……乗り越えられたんですか?」


 成瀬は伏目がちに言う。


「技術的には完成しています。あとは多くのケースを学習する機会が欲しいですね……。AIにも私たちにも、もっと経験が必要です……。」


 そして顔を上げ力強く言い切る。


「だから、乗り越えるために、どうしても……どうしても、もう一度、実証実験が必要なんです。」


「孤立させない。無視しない。それがSofia-Coreの存在意義です。」


 アシスタントが静かに頷く。

「素敵ですね。好感持てるわー。応援してます。」


 成瀬が軽く会釈し、伊吹は短く息を吐いた。


 こうして収録は終わった。



 ――――編集後記――――



 収録を終えて、黒田省吾はこんな事を考えた。


 6年前(株)ソフィアは郊外のガレージ付き倉庫で誕生したそうだ。

 しかし、創業から数ヶ月ほどでクラウンウイルスの蔓延、いわゆるクラウン禍に巻き込まれる。

 せっかく開発したソフィアβの展開にも行き詰まる。

 そして2年後、今度は行政の壁に打ちのめされた。

 悔しかったに違いない。

 しかし、彼らは折れなかった。

 そして今、Sofia-Coreを携えて戻ってきた。


 “さぁ、議論を始めよう”

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