第5話 扉の向こうへ

 照明が落ち、スタジオに静けさが戻った。

 MCが立ち上がり、眠たげな目で笑う。


「いやぁ、いい話でしたよ、成瀬健二くん。AIの話ってどうも冷たく聞こえるけど、今日は違った。」


 差し出された手を握り返しながら、成瀬は少したじろいだ。

「ありがとうございます……こんな話、テレビで大丈夫でしたか?」


「プロデューサーに頼み込んで、強引に捩じ込んでもらった手前、結果は欲しいが……」


「まぁ数字にはならんでしょうね。」

 MCは肩をすくめた。


「でもね、以前から君たちのことは注目していたし、必要だと思うんですよ。こんな風に“考える番組”が、1つぐらいは。」

 そう言ってMCは、スタッフに呼ばれ、軽く手を振って去っていった。


 スタジオには成瀬と伊吹だけが残る。


――――


「前から俺たちのこと、知ってたみたいな口ぶりだったな。」

 成瀬が呟く。


「何言ってんだナルケン?」伊吹が呆れたように返す。

「本当に黒田さんのこと、覚えてないのか?」


「え? ……誰だっけ?」


「俺たちが参加したスタートアップ支援のイベントで、審査員だったじゃないか。」


「……そうだっけ?」


 成瀬は先ほどの分厚い手の感触を思い返す。

 皺の刻まれた掌。

 そして、その奥にあった眠たげな目。

 天井を見上げながら、ぽつりと言った。

「……眠たそうにしてるから、興味持たれてないのかと思ってた。」


 伊吹は腕を組んで笑い、成瀬の頭を軽く小突く。

「バカ。あれは優しい目って言うんだよ。」


 成瀬は苦笑する。


 伊吹が軽口を叩く。

「頑張れ。俺がいなかったら、お前はすぐに誤解されるタイプだ。」


「お前がいたら、別の意味でややこしいけどな…」


 ガラス越しに見えるスタッフたちの影が、淡く反射して揺らいでいる。


――――


 テーブルには、誰かが忘れていった台本が残っていた。


《カンブリアの夜明け/議論を再開しますか?》


 台本に記された仮タイトルに、成瀬が目をやる。

 そして、ぼそりと呟いた。


「……再開しないとな。」


 伊吹が頷く。

「ここからが正念場だ。」


 二人は出口へ向かい、扉の向こうの光へ歩き出した。

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