第3話 行政版トリアージ

「……つまり、完成形のSofia-Coreが行うのは、“行政版のトリアージ”なんです。」


 成瀬は丁寧に言葉を選びながら続ける。


「生活相談から、イジメやDV、企業からの内部告発まで、相談内容をAIが分析。緊急性・専門分野・地域性を判定します。」


「同時に別のAIがクロスチェックを行い、結果を照合して最適な機関へ案内するんです。」


 成瀬は一息で言う。

 まるで止まることを恐れているかのようだ。


「ふむ、“AIの多重チェック”ですか……。」

 MCが頷きながら腕を組んだ。

 眠たげだった目が、わずかに光を宿す。


「もしAIの意見が割れたら?」


「その場合は、法テラスを通じて相談者を弁護士へ繋ぎます。」

 伊吹が自然に答える。


 MCは軽く笑い、

「なるほど、AIと人間のハイブリッドということですか。」と呟いた。


 カメラが伊吹を捉える。

「ええ。緊急通報が必要な場合は、警察や消防へ直接 ―― それ以外は通常報告として、福祉事務所や児童相談所、労基署などに送られます。個人情報は伏せたままで。」


「そして、担当者が報告を確認したかどうか、Sofiaが自動で追跡します。行政の見落としや遅延を、仕組みの側で防ぐんです。」


 そう言って伊吹は、苦い記憶を押し殺す。

 

 構想自体は立派だが、Sofia-Coreはまだ“民間主導の試験段階”に過ぎない。

 行政との本格的な連携は、承認待ちのまま止まっていた。


 伊吹は言い切ると、わずかに息を吐いた。

 アクリル越しに、ライトの熱が肌を刺す。


 アシスタントの女性がメモを見つめながら尋ねた。

「個人情報を伏せたままなら、担当者さんはどうやって相談に応えるんですか?」


「その時は、Sofiaを介して相談者に繋ぎます。個人が特定されない形で、やり取りできるようになっているんです。」


「あー……なるほど。よく考えられてますねぇ。」


 モニターに映る二人の横顔が、淡く照らし出される。

 熱のこもった静けさが、しばし場を包んだ。

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