第18話:39度の高熱と、6畳間に設置されたICU(集中治療室)
「……うぅ、頭いてぇ……」
季節の変わり目。
激動の体育祭とカラオケの疲れが出たのか、俺、佐藤カイトは39度の高熱でダウンしていた。
体は鉛のように重く、喉は焼けるように痛い。
学校を休み、一人寂しく布団にくるまっていると――
ガチャリ。
玄関の鍵が開く音がした。
幻聴ではない。俺は一人暮らしだ。鍵を持っているのは俺だけ……いや、待て。
一人だけ、合鍵(違法コピー)を持っている奴がいた。
「カイト君!! 生存していますか!?」
ドカドカと部屋に入ってきたのは、綾小路シズクだ。
しかし、その格好がおかしい。
制服ではない。純白のナース服だ。
しかも、ドンキで売っているようなコスプレ用ではない。生地がしっかりした、ガチの医療用ユニフォームだ。
「あ、綾小路さん……? なんでナース服……?」
「形から入るタイプです。……それより、顔色が悪い! バイタルチェック!」
彼女は俺の額に非接触型体温計を突きつける。
『ピピッ。39.2℃』。
「なんてこと……! これは緊急事態宣言です!」
彼女はスマホを取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。
「あ、もしもし? お父様の病院ですか? ええ、今すぐ救急救命チームを寄越してください。機材はECMO(エクモ)と人工呼吸器、あとAEDも念のため3台。ヘリで搬送? いいえ、私の部屋(カイト君の家)に機材を運び込んでください」
「やめて!! 6畳間にECMO入らないから!! ただの風邪だから!」
俺は熱に浮かされた頭で必死に止めた。
◇
結局、大型医療機器の搬入は阻止したものの、俺の部屋は完全に「無菌室」に改造された。
窓は目張りされ、高性能な空気清浄機が5台稼働している。
「さあ、カイト君。栄養補給です」
綾小路ナースは、湯気の立つお椀を持ってきた。
看病といえば「お粥」。
俺も少し期待して体を起こす。
「ありがとう……ふーふーして……」
「はい、あーん」
彼女がお匙で掬ったそれを見て、俺は固まった。
米じゃない。
琥珀色に輝くゼリー状の物体と、金色の粒々。
「……これ、なに?」
「特製お粥です。フカヒレの姿煮をベースに、ツバメの巣とスッポンの生き血を混ぜ、金箔をあしらいました」
「滋養強壮が過ぎる!! 風邪の胃腸がびっくりして死ぬよ!」
「1杯5万円です。残したら点滴で直接血管に入れますよ?」
「食べる! 食べます!」
俺は泣く泣く、超濃厚な「お粥(精力剤)」を流し込んだ。
全身がカッカと熱くなる。熱が下がるどころか、エネルギーが暴走しそうだ。
「よし。次は体を拭きますね(清拭)」
綾小路さんは、濡れたタオルを手に、妖しい目つきで布団を剥ごうとする。
「脱ぎなさい」
「自分でやる! 自分でやれるから!」
「大人しくしなさい! 患者に人権はありません! 貴方の身体の隅々まで消毒するのがナースの務めです!」
「消毒っていうか、ただ触りたいだけでしょ!?」
もみ合いになっていると、俺の意識がふっと遠のいた。
高熱と、フカヒレの消化活動で限界が来たらしい。
「あ、カイト君!? しっかりして!」
薄れゆく意識の中で、俺は彼女が慌てふためく姿を見た。
そして、最後に聞こえたのは――
『座薬! 座薬を持ってきて! 私が入れます! 私が!!』
(……終わった。俺の尊厳が)
俺は絶望と共に気絶した。
◇
……数時間後。
俺が目を覚ますと、熱はすっかり下がっていた。
体も軽い。あの謎のお粥が効いたのか、それとも……(お尻の違和感については考えないことにした)。
部屋には、椅子に座ったまま眠っている綾小路さんの姿があった。
ナースキャップが少しズレている。
手には、冷え切ったタオルが握りしめられていた。
一晩中、看病してくれていたのだろう。
「……ありがとな、シズク」
俺は寝ている彼女に小声で礼を言い、スマホを確認した。
未読通知が一件。
【 ¥100,000 】
死ね死ね団:
生きてるか? 死んでたら許さない。地獄まで追いかけて蘇生させる。……早く元気になって、また私の悪口にツッコミを入れろ。待ってる。
送信時間は、俺が一番苦しんでいた深夜3時。
いつもの罵倒の中に、隠しきれない心配が見え隠れしている。
「……素直じゃないなぁ」
俺は苦笑し、彼女の肩に自分の掛け布団をかけてやった。
最強のアンチに看病されるのも、まあ悪くないかもしれない。
……医療費の請求が怖いが。
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