第17話:カラオケの打ち上げと、絶叫するシャンパンタワー

「イェーイ! 体育祭お疲れー! 乾杯ー!」


体育祭の夜。

俺たち2年B組の一行は、駅前のカラオケ店に来ていた。

ドローン演出や金塊騒動など、数々の伝説(トラブル)はあったものの、結果的に我がクラスは優勝したのだ。

その立役者である俺、佐藤カイトは、当然ながら注目の的だ。


「佐藤くん、こっち座りなよー!」

「ねえねえ、あのドローンの裏話聞かせてよ!」


クラスの女子たちが、キャピキャピと俺の周りに集まってくる。

こんなモテ期、人生で初めてだ。

俺がデレデレしそうになった、その時。


ドォォン!!


重厚な音が響いた。

マイクがハウリングしたのではない。

綾小路さんが、テーブルにドンペリのボトル(30万円)を叩きつけた音だ。


「……静粛に」


一瞬で部屋が凍りつく。

彼女は俺の隣(指定席)に座り、氷のような視線で女子たちを一掃した。


「カイト君の半径1メートル以内は『立ち入り禁止区域』です。呼吸も控えてください。二酸化炭素が増えます」


「空気が薄いよ! 俺を真空パックする気か!」


「それと、この部屋の選曲権は私が買収しました。履歴に『西野カナ』とか入れたら法的措置を取ります」


「会いたくて震える権利くらいくれよ!!」





始まったのは、地獄のカラオケ大会だった。


「まずは私が歌います。……聴きなさい」


綾小路さんがマイクを握る。

彼女が選んだ曲は、アニメの主題歌でも流行りのJ-POPでもない。

『昭和歌謡・怨み節(リミックス)』だった。


「♪〜雨の降る夜は〜 お前を埋める〜」


「選曲が怖いよ! 打ち上げのテンションじゃないよ!」


しかし、驚くべきはその歌唱力だ。

普段のボソボソ声とは違う、腹の底から響くようなビブラート。

演歌歌手顔負けのコブシ。

そして、歌詞の一言一言が、俺の周囲にいる女子たちに向けた「呪詛」のように聞こえる。


「♪〜他の女を見たら〜 眼球くり抜く〜」


「歌詞アレンジしすぎ! オリジナルより物騒になってる!」


クラスメイトたちは、タンバリンを叩くことすら忘れ、直立不動で震えている。

歌い終わった綾小路さんは、満足げに俺の方を見た。


「どうですか、カイト君。私の情念、届きましたか?」


「届きすぎて重いよ! 胃もたれするわ!」


「次は貴方の番です。……デュエット曲を入れました」


「え、デュエット? 何歌うの?」


画面に表示されたタイトルは、

『3年目の浮気(※尋問ver)』。


「尋問バージョンって何!?」


曲が始まる。

俺が恐る恐る男パートを歌う。


「♪〜馬鹿いってんじゃないよ〜 お前と俺は〜」


すると、綾小路さんが女パートで割り込んでくる。


「♪〜馬鹿言ってるのはどいつだ〜 証拠は挙がってんだ〜」

「♪〜昨日のLINEの履歴〜 全部復元したぞ〜」


「歌詞がリアルすぎる!! ただの修羅場だよ!」


「♪〜両手をついて謝ったって〜 許してあげない〜」

「♪〜慰謝料300万〜 今すぐ耳揃えて払え〜」


「メロディに乗せて請求しないで!!」


歌い終わる頃には、俺は汗だくになっていた。

クラスメイトたちはドン引きを通り越して、「これガチのやつじゃん……」「佐藤、強く生きろよ……」と哀れみの目で俺を見ていた。



「ふぅ……喉が渇きましたね」


綾小路さんはインターホンを押した。


「店員さん。追加注文です」


数分後。

店員たちが台車を押して入ってきた。

そこに積まれていたのは、大量のグラスと高級シャンパン。


「え、なにこれ」


「シャンパンタワーです」


「カラオケボックスでやるもんじゃないよ!! ここホストクラブ!?」


「優勝祝いです。さあ、注いでくださいカイト君。貴方が主役(ホスト)なんですから」


綾小路さんは俺にボトルを握らせる。

俺は震える手で、積み上げられたグラスに酒(ノンアルコール)を注いだ。

キラキラと輝くタワー。

その頂点で、綾小路さんが恍惚の表情を浮かべている。


「素敵です……。貴方が稼いだ金(私が投げた金)で、貴方に貢がせる……この永久機関こそが愛の形……」


「歪みきってるよ!!」


その時、俺のスマホが、シャンパンの泡のように弾ける音を立てた。


チャリン♪




【 ¥50,000 】


死ね死ね団:

歌が下手すぎる。音程が迷子だ。聴いてて鼓膜が腐るかと思った。……でも、私の隣で歌う姿は悪くなかった。喉のケア代として5万やるから、蜂蜜なめて寝ろ。




「目の前でデレるな!! そして飴と鞭の使い分けがプロ級か!」


結局、この日の会計(タワー代含む100万円)は全て綾小路さんがブラックカードで支払った。

クラスメイトたちは「綾小路様!」「一生ついていきます!」と平伏し、俺のカースト順位は「綾小路様のペット」として完全に固定された。


店の外に出ると、夜風が涼しい。

だが、俺の懐(精神的な意味で)は、極寒の冬のようだった。

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