第2話 そして謎は全てとけた。オーク百匹なんていなかったんだ。とか思うのも束の間、いたわ、オーク百匹的な話

「えー、点呼とります。今回、オーク百匹討伐のリーダーを務めさせていただきます。私様こと、ルチア・ガトです」

「ルーちゃんさぁ、ボクを呼んだってことは、それなりに面白い仕事ってことだよねぇ?」

 

 視線を向けると、そこには極東の民族衣装である着物姿の美少女……もとい、女の私様が泣きたくなるくらいの美少年、雪之丞くん。元クランのメンバーであり、アポカリックでは“黄泉送りの嫉妬”の異名を持つ。

 遠く離れた地域の殺しの技を極めた体術と武器術のスペシャリストで、シーフ的な立ち回りもできるらしい。ボスが連れてきたので私様も細かいところはよくわからないけれど、何にせよ強い。雪くんがいれば、少なくとも戦闘面では安心だ。

 そしてもう一人、今回欠かせない存在がいる。

 

「ルチア。何を殺せばいいの?」


 殺意暴食――と呼ばれる虚ろな漆黒の瞳に黒髪の少女、クロ。魔法が使えるわけでも戦闘訓練もしていない。なのに、彼女は魔物だろうと人間だろうと、自分の“食欲”のためなら容赦なく殺戮しすぎ処刑を待っていた元死刑囚。


 かつて王国壊滅の危機と言われたデーモンの大量襲来事件では、たった一人で多くのデーモンを滅ぼし、罪を帳消しにされたという伝説を持つ。その後、どうやってボスが連れてきたのかクランに所属する事となった。

 普段は食欲に支配されているので何か食べていれば静かでマスコット的に可愛い。けれど、そもそも理屈が通用しない彼女の暴力性を忘れてはいけない――それがクロだ。

 

「ウチの単独物理最強戦力の二人を連れてきたけど、本当は魔法で一掃できる面子がよかったんだよな。全員クランホームにいなかったので……まぁ、到着したら各々のタイミングでやりましょう」

 

 二人のやる気は十分だし、まぁいいか。

 王宮の魔導士にお願いして、アララト山脈近郊まで転移魔法で飛ばしてもらう。仕事が終わったら、探知の魔法道具で位置を確認しつつ、王宮に転移して戻す段取りらしい。

 少し眠そうに欠伸している魔導士を見て、内心イラッとする私様。手際は良いけど、やる気の欠片も感じられない。


「ふぁーあ……じゃあ、オークの件よろしくお願いしますね。転移!」

 

 思わず心の中でツッコミを入れる。

(お前たちがやれよ……!)

 

 けれど現実はお役所仕事。私様たちは、国の一部隊というより、下請けの冒険者扱いだ。仕方なく、魔導士の指示に従い転移魔法を受ける。

 ――瞬間、世界が光に包まれ、視界が白く揺れる。

 

 着地と同時に、周囲を警戒する私様。

 

 すぐに耳に飛び込んでくるのは、かぶっ、ぐしゅ、ばくばく……とクロの咀嚼音。

 どうやら、パンとトマトを齧っているらしい。

 

(……まったく、いつも食べることだけは忘れないな)

 

 周囲を見渡すと、昼下がりの山脈は静かで、魔物の気配はゼロ。

 雪之丞くん、もとい雪くんが呟く。

 

「どう考えても、オーク百匹とかいなくない?」

(あぁ……やっぱりそう思うよね……)

 

 現在昼間で、オークが夜行性で、活動時間じゃなかったとしても、百匹いるなら一匹くらい目視できてもいいはずだ。それに魔物特有の匂いも感じない。クロは指をペロリと舐めながら、遠くの小さな集落を指差す。

 

「あそこ、食べ物がありそう」

 

 視線の先には、粗末だけど人が住んでいそうな集落。それにやたら高台に作られた住居は、この地域特有のものなのだろうか?

 

「オークが百匹いる場所に人が住めるのだろうか? いや、盗賊か、討伐兵の簡易キャンプかもしれないよね」

「前者なら皆殺しだし、後者なら楽できるね。でもさぁ? 生活感が凄いよ?」

 

 そう、雪くんの言う通りなんだよなー。つぎはぎだらけの粗末な服を着た人々が、突然訪ねてきた私様達を見て不安と怯えの表情を浮かべる人々、ざわざわと集落内は騒がしくなる。

 子供、大人、老人――男女も均等くらいの比率だ。

 

 私様はできる限り笑顔を作って話しかけた。

 

「すみません。私様達は王命でこのあたりに生息しているオークを討伐しにきました。怪しいものではありません。この通り、王国宣伝小隊です」

 

 うーん。

 私様も含めてクロも雪くんも悪人面でも見てくれが悪いわけでもないと思う。そんな声かけをすると人々の中から貫禄のある男性がやってきたのでこの集落の代表者なんだろう

 

 

「兵隊さんですか、このあたりでオークなんていませんよ? いたらこんな小さな村一発で滅ぼされてしまいまさぁ」

 

 むむ、現実的な意見だ。

 

「確かにそうですよね。一体何情報だったんだろう。あの、厚かましいお願いなのですが、少し食料を分けていただけないでしょうか? もちろん代金はお支払いします。連れの燃費が古代兵器より悪くてですね……」

「そうでしたか! 粗末な村ですから、兵隊さん達の口に合うかは分かりませんが」

「大丈夫です。私様達、元々ダンジョン攻略クランですから、味にこだわりはありません」

 

 

 私様の言葉に代表の老人は頷き、保存食のパンや肉の塩漬け、水まで分けてくれた。お金は受け取ってもらえず、厚意としてありがたく頂く。何なら離れまで貸してくれると言われたけど宿泊は遠慮し、近くで野営することに。

 もちろん、夜に魔物が現れたら、オークでなくても無償で討伐することを約束しておいた。


「魔物はあまり出ませんが、夜は暗くなります。転んで怪我でもしたら大変ですから、あまり出歩かない方が良いですぞ」


 心配してくれる老人に、私様は微かに頭を下げる。雪くんは簡単なキャンプ地を設営し、グラグラと水を沸かす。クロは、分けてもらった食料に睨みつけるように視線を落としている。

 

「お二人はモンスターの気配とか感じた? どう考えてもオークなんてこの地域には生息してないように思えるけど」

「感じない」

「右に同じぃ! なんならここ、かなり安全に感じるけどぉ?」

 

 ……だよね。

 私様もそう思う。基本は野生のモンスターが生息するダンジョン内に逃げ込んだ指名手配モンスターを討伐する事を生業にしていた私様のクラン。時には高い山脈や深く暗い森に入ることもあった。そんな場所は魔物に気配と香りがする。

 それは魔物としては近づいて欲しくないからわざとアピールしているのだろう。そんな中に指名手配モンスターは逃げ込む。

 溶け込む。

 そんな経験をしてきた私様達ははっきりと言える、オーク百匹とか、まずここにはいない。

 

「だよね。じゃあ、もう一日周囲を探索して、王国に一旦報告するとしますか?」

 

 まぁいいんじゃない? 

 という風にウィンクする雪くん。そして私様の言葉に反応せずにクロは集落よりわけてもらった食料を黙々と食べ続け、集中力はそこにだけ向けられている。

 ここに連れてきたのがこの二人でよかったかもしれない。傲慢や強欲を連れてきたら面倒くさがって周辺一帯を焼き払い焼土にしかねない。

 しかし狂暴さという意味ではピカイチの雪くんとクロだけど、無駄なカロリーを消費しないというのがある種扱いやすい。

 

「巣作(寝床)りする? やることないなら寝たいんだけど?」

「そうだね。クロもそれ食べたら塩で歯磨くんだよ?」

「分かった」

 

 

 三人が寝られるように柔らかい草を敷き詰める。夜目が利く雪くんは木に登り、柔らかい葉を採取している。

 すると、突然スタッと降りてきた。


「ルーちゃん」

「ん? まだ葉っぱ足りないけど」

「オークいたわ」

「は?」

「何草生えてんのさ? オークがいたんだって! めちゃくちゃ!」

「今の“は?”は葉っぱの“は”じゃなく、疑問系の“は?”だよ! そんなことより、どこにオークが?」

「昼間に立ち寄ったあの集落」

 

(えっ……? それって……集落の人、ピンチじゃん)

 

「行こうよ。まだ誰か救えるかもしれないよ」

「……ん? んん?」

 

 雪くんとクロ、走るの早すぎですが?

 私様、これでも魔銃使いとして身体能力の強化には力を入れているんだけど、とてもじゃないけど追いつけない。

 昼間の集落がオークに襲われている? だとしても、昼間はオークの群れはどこにもいなかったはず……私様だけでなく、敏感な二人も気配を感じていなかった。

 作為的な何か……?

 

 十分以上遅れて私様があの集落に到着すると、そこには雪くんの獲物、クナイとかいう武器をフォークで止めているクロの姿だった。

 クロの後ろには、頭を押さえて蹲っているオークが一体。

 

「ちょっとちょっと、何やってんの! 二人の喧嘩とか洒落にならないから!」

「ルーちゃん、僕がオークを始末しようとしたら、クロが襲ってきたんだよ。何? クロ? 僕と戯れあいたいの?」

 

 ほら! ほらぁ! 雪くんの目の色が好戦的になって、比例するようにクロの瞳が澱んでいく。だめよダメダメ!

 

「分かった! 分かったから、二人とも獲物を片付けて。で、状況は? なんでクロは雪くんにこんなことしたの?」

 

 クロはチラリとオークを見て一言。

 

「クロは食べ物の礼はする」

 

 食べ物の礼と言った。クロに関しては洒落にならないくらい食べ物の恨みは怖いが、施してくれた相手には礼を尽くす方だと思う。

 ……まさか、オークから施しを受けたのか? そして今日施しをしてくれたのは……

 

「もしかして、村の人がオークだってクロは言いたいわけ?」

「雪、そのとーり。同じ匂いがする」

 

 ……いや、さすがにそれは……そしてヤバい事になった。

 気がつくと、私様たちはオークに囲まれている。その数、確かに百頭近い。

 身構える私様を見て、雪くんがため息をついた。

 

 

「確かに村人の数と同じだね。どうする? やっぱ殺した方がいい?」

 

 しかし、獰猛なオークのはずが、襲ってくるそぶりはない。皆、怯えているようだ。その中の一頭が口を開いた。

 

「私が説明させていただきまさぁ」


 しゃがれ声だが、オークの声帯で無理やり人語を話しているらしい。どうやら知能と知性はあるようだ。

 私様はこう言うしかあるまいよ。

 

「喋れるんですね?」

「村長の人と同じ喋り方だよ」

 

 雪くんの指摘に、クロも無言で頷く。

 ……オークが人間に擬態していた? そんなこと聞いたこともない。そもそも可能なの?

 私様は自然に、魔銃に指をかけた。

 

「ザーレンという魔法国家が、西の果てにあるのはご存知ですか?」

「あー、なんか噂には聞いたことが」

 

 魔法先進思想を持った連中によって建国されたとかなんとか、魔法使いって基本ちょっと頭がアレな奴が多いので、当然頭がアレな国だという事もちらほら。

 

「そこでは大きな問題が起きたんです。それぞれ魔法の研究を好きにするような連中だらけで構成されていると、子孫を残すという事に関して、優秀な遺伝子が残るようにとばかり気にするとザーレン国民達の出生率は極めて低くなりました」

「うわー。なんか分かるよねー。魔法使いってプライドだけは高いから」

 

 さっきまでオークを殺そうとしていた雪くんはクナイをしまってオークの、おそらくは村長の話に耳を傾けている。クロは欠伸なんかしてどうでも良さそう。私様もこんな長そうな話いちいち耳を傾けてられない。

 

「結論、あなた達はなんなんです?」

「ザーレンの魔法使いに受胎率が高いオークと合成された実験で生まれた人間の末裔です」

 

 いやいやいや、怖い怖い怖い。

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