第3話 戦闘をするわけでもなく、勇者様から貰った伝説の剣の複製も使わずに写真を撮って終わったよ。さすが、プロパガンダ小隊

 村長の話はこういう事らしい。

 魔王国家のザーレンは高齢者が多く、出生率が低い。さらに悪いことに、国のあり方も高齢者ばかりの「高齢者ファースト政治」。

 結果、若者の流出が止まらず、労働力不足が深刻化。

 

 しかも高齢者の魔法理論は古く、買い手がどんどん減っていった。

 そこで、労働力確保のために――奴隷や身寄りのない人間を国に集め、労力として使うための魔法実験を始めたという。

 魔法使いたちは、生殖能力の高いオークに目をつけ、人間との特性を合成。

 結果、それは「大成功」とされた。労働力どころか、軍事転用も可能で、養殖人間として他国への出荷も行われたらしい。

 

「その国さいってーじゃん」

 

 雪くんがあぐらをかいて呆れたようにそう言った。思わず声に出たんだろう。

 どこの国にも闇の部分はあるけど、これは群を抜いてクソったれだ。

……って、こんな事案に首を突っ込んでしまったけどこれどうやって報告すればいいのよ。

 

「事情は分かりました。ですが私様たちは、“オーク百頭狩ってこい”って言われてるんですよ。ただのギルド依頼ならどうとでもなるんですが、これは王命なんです。背けば、私様たちもタダじゃ済まない」

 

 私様の言葉に、最初に反応したのは集落の人たちではなく、クロだった。

 スカートのポケットに手を突っ込み、何かを掴んでいる。

 ……戦闘準備だ。

 クロと私様が戦ったら、生存できる確率は五割――いや、よくて四割ってところか。

 そこにクロ大好きな雪くんまで敵に回ったら、私様の生存確率は余裕で一割切るな。

 そもそも私様はミドルレンジ職だし。

 

「どうにか見逃していただくことはできませんか? 私たちは夜になるとこんな姿になりますけど、ただ平和に暮らしたいだけの人間です」

「あー、それは私様も存じてます。襲うつもりなら、もうとっくに襲ってきますもんね? どうしたもんかな、これ……」

 

 勇者様が“オーク百頭を討伐した”という報告が形になればいい。

 つまり、私様たちは――それを“演出”すればいいだけだ。

 クロがふーふーと息を荒げている。

 おいおい、完全に私様を敵認定しかけてるじゃん!

 

「ちょ、分かった! 落ち着けクロ! 私様もここにいる人を討伐したりしないから! はい、深呼吸! 吸って、吐いて! ジェノサイドの呼吸とかやめて! はい、“深呼吸”に全集中!」

 

 私様の深呼吸を見て、クロがゆっくり深呼吸を真似した。

 ヤベェヤベェ、なんでこんな死刑囚そのままにしてんだよほんとヤベェなおい! 

 

「ルーちゃん、言うは易しだけど、どうするの? 魔物じゃないけど、確かに“オーク”は百頭……いや、百人いるけど?」

 

 私様は基本、魔銃でみんなをフォローする役職。

 だから殆ど指名手配モンスターを仕留めることは少ないけど、回復弾を撃ったり、麻痺弾を撃ったり、常に状況を把握している。

 いつだって、どんな時だって、切り抜けてきた。

 

「えー、この集落の皆さん、今から私様の言うとおりに従ってください! 痛いことはしません! もちろん殺したりもしません!」

 

 勇者様の写真と合成する為の素材だけでも手に入ればいいよね? 

 知らんけど。

 私様は何人かの住人に重なり合ってもらったり、そこら中で倒れてもらったり、百人のオークと合成された人々に指示を出して、勇者様があたかも百頭のオークを仕留めたかのような情景を作り出していく。

 

「兵隊さん、こういう鍬とか、無造作に転がしてみたらどうだべ?」

「あー、いいですね! やりましょう!」

 

 なんか、集落の人たちもノリノリで手伝ってくれた。クロは集落の人にもらった氷砂糖をぺろぺろ舐めてるので落ち着いてるらしい。

 そんなクロを、にこにこ眺めてる雪くん。

 ……いや、手伝えよ!

 お前ら!

 このメンツ選んだの、私様だけどさ! 

 

「じゃあ、写真撮りまーす! みなさん、迫真の“死んだふり”お願いしまーす!」

 

 パシャ!

 

 ――終わった。

 とりあえず、これで大丈夫……だと思いたい。

 でも、何これ? 私様、何しに来たの?

 勇者様から複製して作られたフェニックスブレードを渡された意味もないし、ローンで買った魔銃も使ってないし。

 やったことといえば、クロと雪くんとキャンプして、小規模集落の人たちの写真撮っただけ。

 

「ルチア。お腹すいた」

 

 ……ねーよ。

 食いもんはクロが全部食っちまっただろーが!

 

「あっ、みなさん! ご協力ありがとうございました! もう大丈夫ですので! はい! 私様たちはこれで!」

「兵隊さんたち、大したもてなしはできませんが、何か食べていってくださぁ!」

 

 ゴクリ。

 クロの喉が鳴った。

 粗末な集落の中で、きっと頑張ってもてなしてくれたんだろう。

 ふっくら焼き上がったパン、この近辺で育てた野菜の蒸し物。

 流石に断る理由もないか……

 

「では、ご相伴に」

 

 私様の言葉に、集落の人たちが笑った。

 私様たちも笑った。

 食べて、歌って、踊って。

 そして私様たちは集落を後にする。

 クロは保存食の硬いパンをいくつかもらってご満悦。

 本来、水で戻して食べるやつを、ご自慢の歯でバリバリ噛み砕いていた。

 仕事が終わったらあとは帰るだけなので人目のつかない場所まで移動して――。

 

「それじゃあ探知魔道具使うね。私様の身体に触れて」

 

 クロは私様の袖を、雪くんは私様の頭にぽんと手を置いた。

 

 …………

 …………

 …………

 

 なんで転移しないんだよ、オイ!

 

「絶対王宮魔導士、見てないだろう」

「まぁ、走って帰れない距離じゃないけど」

 

 走って帰れない距離だよ!

 君たち超人と私様を一緒にすんな!

 

「一時間おきに探知魔道具使ってみるので、少しここで待機するよ」

  

 

 バリバリ、もぐもぐ。――クロの咀嚼音。

 シャキシャキシャキシャキン。――雪くんの獲物を研ぐ音。


 いくらか野生の動物が顔を出したけど、私様たちの殺気を感じたのか、一定距離から近づいてこない。

 

「あぁ、早く王都に戻ってコーヒーゼリー食べたい」

「ルーちゃん、あれ好きだよね?」

「クロも食べに行く」

「あー、うん。帰れたらね」

 

 雪くんとクロが突然反応。

 私様も遅れて気配を感じた。

 

「誰かいるのか?」

 

 四人の武装した男たち。傭兵ではなさそうだ。

 このままだとクロと雪くんが飛び出してぶち殺しかねないので、私様が前に出て説明する。

 

「王都からの依頼で、“オーク百頭狩り”とかいうわけ分からない仕事を受けた宣伝小隊です」

「……あー、そうか。お前たちがそうか。ここで何をしている?」

 

 事情を説明すると、男はうなずいた。

 

「探知魔道具が壊れているのかもしれんな。私たちが使った馬車がある。それを使って帰るといい。ご苦労だった。念のため、我々はそなたらの報告に相違ないか確認することとしよう」

「え? あー、皆さんのお帰り方法は?」

「そなたらの気にすることではない。さぁ、行け」

「なら、私様たちも一緒に――」

「結構だ! 早く帰り、王への報告を!」

「あー、はいはい」

 

 ったく、めんどくせーな。

 これだから、城勤の連中は気に入らないんだ。偉そうに上から!

 

「クロ、雪くん。行きますよ。私様たちがいると邪魔らしいので」

 

 ほんと、こいつら私様たちのこと、下請けか何かと勘違いしてんじゃねーの?

 私様は少し苛立ちながら、王国兵から引き継いだ馬車に乗り、少しばかり時間のかかる帰路についた。

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