荒稼ぎしすぎて王から目をつけられた元Sランククランの末路-勇者様のプロパガンダ小隊の日常とか冒険とか-
アヌビス兄さん
第1話 引きこもり勇者の為に代行冒険とかする王国宣伝小隊の日常とか事件簿
「アララト山脈近郊で勇者様がオーク百匹狩ったってよ。やっぱすげーな、勇者様」
新聞――通称“勇者速報”を読みながら、行儀悪くパンを齧っているのは、私様が所属するクラン、【アポカリック】の団長だ。
クランのメンバーは全員が最上級ハンター、プラチナランク。数々の指名手配モンスターを葬り、危険なダンジョンをいくつも攻略した。王国推薦ギルドとして“世界を救えるほどの力”を持ち、他のクランからは「根こそぎ賞金を持っていく厄災」と呼ばれている。
信じられない額の報奨金をいくつも手にしてきた代わりに、王国から依頼があれば必ず受けなければならない。それが【アポカリック】の掟だ。
本日、王都へ馬車で向かっているのも、また王国からのやりたくもない“お仕事”を受けるためである。
「勇者様なら、そのくらい余裕でしょうよ。ワンパンでドラゴン倒せるんでしょ?」
「シャチ猫ぉ。いくらなんでも無理だろ。勇者様だって、一応人間だろーが」
「ボス。その呼び方、ほんとやめてくれません? カスハラですけど? 私様にはルチア・ガトという名前があるんですよ」
ルチア――つまり私様は、“憤怒のシャチ”の異名を持つ魔銃使い。猫獣人(ミロハーフ)なので、ボスは私を“シャチ猫”とかいう意味不明な名前で呼んでくる。
「いやこの前、指名手配モンスター倒したあとにギルド酒場で全員に一杯奢った時、シャチ猫コールだったじゃん?」
「……あの時はテンション上がってただけですっ!」
この話題はまた今度にしておこう。
王国の専用駐馬場に馬車を停め、私様たちは軽く身だしなみを整えると、従者に案内され王の間へ。
今回はどんな無理難題を押し付けられるのか、ボスも真顔で覚悟を決めていた。
「よくぞ来た、アポカリックのクランマスター。怠惰の毒、フォーチュン・ザ・ラッキーライラック。そして憤怒のシャチ、ルチア・ガト。面を上げよ」
……ボスってそんな名前だったんだ。
めちゃくちゃ運が良いし、名前負けしてないな。
女王の従者の言葉に従い顔を上げると、そこにはいつも通りの女王陛下のお姿があった。
もう五十を超えるはずなのに、若々しくお美しい。ギリギリ二十代でも通りそうなその風貌に思わず見惚れていると――
「フォーチュン。貴様らのクラン、本日をもって閉店とせよ」
「……はい? 王様、ちょっと何言ってるか分からないんですけど」
ボスが豆鉄砲でも喰らったような顔をした。たぶん、私様も似たような顔をしていたと思う。
女王は頬杖をつきながら、私たちの反応をおもしろそうに見ている。
一体どういうことだろう。確かに荒稼ぎはしたけれど、悪いことはしていない。むしろ平和のために命を懸けて魔物を狩ってきたはずなのに。
「本日の勇者速報は読んだか?」
「えぇ。勇者様がオークを百匹狩ったとか」
「狩ってないんだ」
「……え?」
「狩ってないんだ」
二度、同じ言葉。
その瞬間、私様とボスは意味を理解した。
「……嘘が書かれてると?」
「事実になれば嘘ではなかろう? お前たちアポカリックの力なら、オーク百匹くらいどうとでもなろう?」
うわ、出たよ。出た出た。
私様たちを化け物か何かと勘違いしてる外野の声。
どれだけ研究と作戦を重ねて危険な魔物を狩ってきたと思ってるんだ。
……というか、そんなことより。
「王様、まさかですが……勇者様という存在は……」
「――引きこもった」
「「は?」」
声が揃った。
勇者が? 引きこもった? いやいや、なにそれ。
実は勇者様というのはプロバガンダで存在しないとかという言葉を予想していたのに、斜め上の回答が返ってきたんだけど。
「王様、今なんと仰いました? 勇者様が?」
「引きこもった。これだ」
女王陛下が投げてよこしたのは、小さな箱。最近子どもや一部のマニアの間で人気らしいボードゲームだった。
『ゴーレム戦記 最強テイマーへの道』
「ゴーレム作成キットを使い、自分の育てたゴーレムを転送魔法で戦わせるゲームにどハマりしてな。冒険をしなくなったのだ。……外を見てみろ。勇者の育てたゴーレムが待機している」
外を見ると――いた。
城よりも大きい、金色の三つ首ドラゴンのような巨大なゴーレムが、ピクリともせず佇んでいた。
……あんなの暴れたら、王国の危機じゃない? ていうか、それを城に置くなよ!
「勇者は一度何かにハマると、一切こちらの干渉を受けなくなる。ドラゴンを単独で殺し世界を救える存在だ。私たちがどうこうできる相手ではない」
まぁ、そうなんだろうけど……というかやっぱりドラゴン一人で倒せるんだ。
そこをどうにかするのが女王の仕事じゃないの?
「まぁ、勇者様が動かないのは分かりました。それと私様たちがクランを解散するのと、どういう関係が?」
「解散しろとは言っておらぬ、冒険者を閉店せよと申している。貴様らには、我が王国の宣伝小隊として――勇者の代わりに冒険を代行してもらう。とりあえず、今朝の勇者速報にある“オーク百匹狩り”を実行せよ。良いな? いかなることがあろうと王命に背くことは許さぬ」
要するに、勇者様が動かない時、勇者様の冒険を代行しろと? もちろん、お金を頂いて……今回提示された報奨金は破格。
……但しオーク百匹狩りなんて頭おかしい依頼でなければ、即決で受けてたんだけど。
「王様。勇者様を説得できれば、討伐は行わなくても?」
「それでも構わぬが……あの勇者を説得できるなら、世界平和も容易だろうな」
勇者様、すごい言われようだな……。
とはいえ、オーク百匹討伐なんて死刑囚レベルの拷問だし、ボスの言う通り、まずは説得を試みることにした。
そして私様達は女王陛下に教えてもらった勇者様の滞在場所。王都の宿屋街の一角。レンガ造りの古びた建物が並ぶ中、目的の宿屋はどこかのんびりした雰囲気を漂わせていた。
外観は地味だけれど、客入りは悪くない。……まさかここに“世界最強”と呼ばれた勇者様がいるとは、誰も思わないだろう。
「ここに……勇者様が?」
看板に書かれた“宿り木亭“の文字を見上げながら呟くと、ボスが肩をすくめた。
「まぁ、豪華すぎる宿に泊まるタイプでもねぇだろ。勇者様って、なんか人ん家勝ってに入って宝箱漁るとか聞いた事あるし」
「それただの泥棒ですよ。というかそういう問題じゃないと思いますけど……」
勇者って、王城に専用部屋とかあるんじゃないの? なんで庶民派。
疑問を抱きつつ扉を押すと、カランとベルが鳴った。
「あら、いらっしゃい。旅人さんかい?」
カウンターの奥にいた女将さんがこちらを見て微笑む。けれど、私様が「勇者」という単語を出した瞬間――
「ミカンちゃんなら四階の角部屋だよ! あ、今日の晩ご飯は好物のチキン南蛮だからって伝えておくれ!」
声のトーンが三段階くらい跳ね上がった。
……勇者様、ミカンちゃんって呼ばれてるんだ。チキン南蛮好きなんだ。かわいいかよ。
「は、はい……伝えます」
私様たちは顔を見合わせ、階段を上がる。
上の階に行くほど廊下は静かで、少し薄暗い。
……なんだろう。空気がピリッとしている。これは接触禁忌種の魔物とかのプレッシャーと比べ物にならない。
勇者様って、やっぱり規格外の存在なんだなと、背筋が自然に伸びた。
そして目的の部屋の前に到着。
私様は深呼吸してから、ドアをノックする。
コンコンコン。
……反応なし。
コンコンコン、コンコンコン。
「勇者様、いらっしゃいますかー! 勇者様ぁ!」
声を張り上げるが、やっぱり反応はない。
代わりに――ドアの向こうから、空気が変わった。
圧倒的な“存在感”が部屋の内側から溢れ出す。息を呑むほどの重圧。
(っ……すご……これが勇者様……!?)
私様は思わず視線を横に動かし、ボスを見る。
ボスも小さく頷いた。間違いない。この部屋にいる。
普通の冒険者なら足がすくむ。けれど、私様は一応、プラチナランクの魔銃使いだ。
このプレッシャーを前に立っていられる。
……ちょっとだけ、誇りをもっておこう。
「りっ?」
……え?
今、ドアの向こうから“りっ”って言わなかった? 鳴き声? いや、たぶん言葉……。
「ゆ、勇者様ですか? 私様は王国からの依頼で、勇者様の説得に来たクラン【アポカリック】のクランマスターです!」
返事はすぐに来た。
「アポカリック! 勇者、知ってり! この前のクラン人気投票に入れたり!」
えっ、知ってるの!?
しかも人気投票って、そんなファン文化あるの!?
脳内が混乱する私様をよそに、ボスはというと――
「え、マジ? うちに!? やったぁああ! 勇者様に推されるクラン! 最高だろ、ルチア!」
めっちゃ嬉しそう。ボス、逆にもう勇者様の完全にファンの顔してる。
ボス、あなた団長でしょ……落ち着いて。
「え、えぇっと、ありがとうございます! おかげさまで、今年も人気投票一位に輝きました〜!」
その人気投票、私様知らないんですが?
「良きにはからえり! 勇者、忙しい故に巣に戻りたり!」
「あ、はい。お疲れ様です」
「いやいやいや、ボス! 終わらせないで!? まだ説得してませんから!」
慌ててドアに向き直る。
「勇者様! 女王陛下の命により、私様たちは北の山脈に発生したオーク百匹の討伐依頼をお持ちしました! 勇者様に出陣していただきたく――!」
「えー、無理かもー。今日からゴーレム戦記のイベントかもー。勇者、全力で挑めり! ぶたやっつける時間なき!」
イベント!? ぶた!? いや、何!?
この勇者、完全に引きこもりゲーマーじゃん!?
「で、ですが勇者様が動かれないと、近隣の街が――!」
「それって、勇者が生まれなかったらどうせり? 勇者一人しか無き。ゆえに複数箇所で事件起きたらどっちか切り捨て御免なりにけり。王国、準備不足なりけり。勇者、慈善事業にあらず」
屁理屈が……すごい。
というか、逆にめっちゃ理屈っぽい。思ってた勇者像と違う。
もうちょっとこう、キリッと「行こう!」とか言ってほしいんだけど!?
(どの口が“世界を救う存在”とか言われてんのよ……!)
私様はぐっとこぶしを握った。
勇者様は、くっそ力を持って生まれたけどただの面倒くさがりで理屈こねる天才だ。
「勇者、ミカン・オレンジーヌなりにけり。訪問者は?」
「えっと……ご丁寧にどうも。私様はルチア・ガト、魔銃使いです。こちらがクランマスターの――」
「フォーチュン・ザ・ラッキーライラックっす!」
「ボス、テンション高いです」
「良きテンション! これを勇者献上せり!」
そう言って、扉の下からスッと差し出されたのは小さなナイフのような刃物だった。
え、何これ、物騒。
「これは……?」
「勇者の剣【フェニックスブレード】なりにけり」
「えぇっ!? そ、そんな大事なものを!?」
「勇者、複製スキル極めり! 勇者の剣、複製にて候!」
「複製!? そんな簡単に伝説量産しないで!?」
私様は受け取った剣を恐る恐る手に取る。
確かに、ただの模造品とは思えない。持つだけで体の奥から熱が湧き上がる。
ヤバい。私様の魔銃が泣いてる。五年ローンで買ったのに。
……この勇者様、やる気ないけど、ガチで強いのだけは間違いない。
でもたぶん、外出る気ゼロ。
「勇者様。最後に、一つだけお願いがあるんですが……」
「なに? 勇者、そろそろゴーレムテイマーしたいかも」
「私様たち、王国宣伝小隊として“勇者様がオーク百匹狩った”という報告を出さないといけなくて……その、プロバカンダ用の写真を撮らせていただけませんか? あとで合成しますので!」
ガチャリ。
「よきまる水産!」
……え?
勢いよく扉が開いたかと思うと、そこにいたのは――
寝癖で髪が跳ねまくってる、朱色ショートカットの少女。
部屋着のまま、ゴーレムのコントローラーを片手にして、なのに、やたら可愛い。
(……あ、ダメ。思ってたより全然かわいい)
寝起きでこのビジュアル、ずるくない?
しかも目がキラキラしてる。これで「勇者様」と呼ばれても納得する。
「じゃ、じゃあ勇者様……もうちょっとこう、かっこいい感じでポーズを――」
「こう? それとも、こう!? 必殺技構えたりせり!?」
「ちょっ……近い近い近いっ! 顔が近いです勇者様!」
距離感バグってる勇者様が、ぐいぐい顔を寄せてくる。
……あれ、なんかいい匂いする。シャンプー? え、やめて集中できない!
私様、そっちじゃないけど、これだけ可愛いとちょっとクラっとするよ。
「じゃあ撮りますよ……はい、デーモン!」
パシャリ。
その瞬間、シャッター音とともに、勇者様が満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は、さっきまでの屁理屈勇者とは別人みたいに眩しくて――
私は思わず、少しだけ息を呑んだ。
……これが“勇者”か。
見た目だけは、完璧に。
こうして、最強クラン【アポカリック】はこの瞬間、勇者様の代わりに冒険と討伐を代行する“王国プロバカンダ小隊”になったのだった。
オーク百匹討伐とか、生態系どうなるんだろ……と思いつつ。
『勇者様の代わりにオーク百匹討伐』
――正式に、受注された。
そして私様のハートは勇者様に射抜かれた。帰りに勇者様のブロマイド買いに行こ。
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