悪役令嬢ですが、副業で聖女始めました

碧井 汐桜香

第1話

「おーほっほ! わたくしに相応しいドレスをお持ちなさい!」


 自室で高飛車な態度で侍女にそう命じる。侍女たちは慌てたように出ていって、新しいドレスを次々と持ち込む。

 この世界が小説『私を愛してくれたあなたは』の世界だと気がついたのは、学園入学直前。元平民で優秀なヒロインのアイリア・ダゲットーン男爵令嬢が高位の貴族令息と恋に落ちるお話。わたくしは、どのルートでも立ちはだかる悪役令嬢。悪役令嬢と言っても、恋のスパイスになる程度で断罪も何もない。ヒロインが王子と恋をすれば、この国はより豊かになり、騎士団長の息子と恋をすれば、防衛力が上がる。他の攻略対象との恋も大体そんな感じで、ヒロインと恋をした方が国が良くなるというパターンだ。実際、ヒロインは努力家で優秀で性格もいい。転生ヒロインとかならどうしようかと思ったけど、見ていても物語通りのヒロインだった。ならば、わたくしは悪役に徹するのみ。そう思って恋のスパイス役を楽しんでいる。




 ただ、ヒロインが発現するはずの聖魔法。あれの発現の気配が全くなくて、このままだと次のイベントで学園が魔物に襲われてしまう……。チラッとスキルを鑑定したら、なぜかわたくしに聖魔法♾️がついていた。これは、わたくしが聖女をするしかない……? わたくしの本業は悪役令嬢だから、副業として。いや別に決して前世からの推しの神官ダビエルに会いたいわけじゃない。決して。



 悪役令嬢が聖女だなんて人聞きが悪いから、わたくしは目立つ金髪をスカーフに隠して、前世でいうシスターみたいな服装で神殿に向かうことにした。これでわたくしがわたくしだなんてバレないはずですわ!





「ミリアージュ・フィゲリナ侯爵令嬢!?」


「イ、イエ。人違いデス。ワタク、わたし、そんな横暴な方ではありません」


「横暴……? わかりました。何か事情があるのですね。ミリアージュ・フィゲリナ侯爵令嬢と別人のお方」


 なぜか神殿の入り口で正体がバレそうになったけど、うまく誤魔化して神殿内に入った。聖魔力が出現したと伝え、神官の到着を待つ。


「聖魔力が出現したとお伺いしましたが……」


 ふっほー! 推し! うわぁ。実物イケメンすぎて目が死ぬ。まつげフッサフサで目の透明感がわけわからない! まつげふさふささせてもらえないかな……。



「……ご令嬢」


「はっ! 失礼いたしました。わたく、わたし、ミリアと申します。しがない平民ですわ!」


「ミリア嬢……」


 名前をそのままにしたのは、あえてだ。悪役令嬢が聖女なんて誰も思わないだろうし、わたくしも実名に似ていないと反応できない。


「け、決してミリアージュ様という悪役令嬢とは別人ですからね! 名前が似ていてよく間違えられますの!」


 うふ、と笑いながらそう伝えると、ダビエル様の横にいた神官見習いが困った表情をして、ダビエル様を見上げた。でも、ダビエル様は笑顔で受け入れてくれた。


「わかりました。ミリア嬢。あなたは平民のミリア嬢ですね。では、聖魔法の確認をお願いします」


 そう言われて、ダビエル様にエスコートされる。推しの手、わたくし、手汗すごくないかしら!? スマートでかっこいいわ!


「……ダビエル神官。聖魔法の確認の際に本名がわかること、教えて差し上げた方がいいのでは……」


「……面白いからこのままにしておけ」


 斜め後ろを歩いている神官見習いが、ダビエル様になにか囁いたけど、わたくしはダビエル様のお手をみるのに夢中で何も聞こえておりませんでした。大きな手……。






「ミリア嬢! 聖魔法が♾️と出ています! 聖女として認定しましょう!」


「ほ、本当にこのままでいいのですか? ダビエル神官!」


 ダビエル様が笑顔で聖女として認定してくださいました。神官見習いが何か焦っています。は! もしかして、普段の所業が悪すぎて、聖魔法になにか影響が!?


「わたく、わ、わたしの聖魔法に何か問題が?」


「いえ。何でもありませんよ。ミリア嬢」


 美しく微笑むダビエル様に見惚れ、わたくしは最初の聖女の仕事として、人々に癒しをかけることになりました。









「お疲れですね。ミリアージュ様」


「えぇ。いつもありがとう、ケイト」


 わたくしが帰宅して、疲れを取るためのマッサージを受けています。わたくしのマッサージをするのはダイエットになるからか、侍女たちに人気なのです。意識が高くて素晴らしいことだわ。


「ケイト、お茶をとってちょうだい。一緒に飲みましょう?」


「ミリアージュ様。いつも申しておりますが、」


「いいじゃない。ここにはわたくしたちしかいないのだから。バレないわ」


「では……」


 こうして、真面目な侍女を悪の道に誘う……わたくしったらとんでもない悪役令嬢ですわね!






「ケイト、ミリアージュ様のマッサージ、この間もしていたじゃない! ずるいわ!」

「そうよ! ミリアージュ様のお肌に触ると何故か肌が綺麗になるから、わたしもしたかったのに!」

「ミリアージュ様のご指名よ。仕方ないじゃない」










「おーほっほ。アイリア嬢。あなた、服装が乱れておいでよ! 服装の乱れは生活習慣の乱れ! きちんと食事を摂っていて!? も、もしよろしければ、わたくしの食事を共に摂らせて差し上げてよ!」


 わたくしは、こうして学園ではアイリア嬢に苦言を呈したりしているのです。食事中もぐちぐちということで、彼女の気は休まらない! なんと非道なことでしょう! これこそ、悪役令嬢の鑑! 高笑いしながら、アイリアと別れ、教室に向かいます。


「……ミリアージュ様。いつもありがとうございます。元平民で浮いているわたしを、ミリアージュ様が一緒に食事に誘ってくださるから、友人もできました」


 アイリアがそんなことを言っているのを知らずに。




「あ、ミリアージュ様! あの平民に今日も嫌がらせして差し上げましょう!」


「おーほっほ。フェリシア様。何をなさろうとお考えで?」


「わたくし、思いましたの。あの平民の制服。既製品でサイズが合っていませんこと。ご覧になって? 帰りにサイズを計らせてもらって新しい制服を仕立ててやりましたわ!」


「まぁ! なんと非道な! これではフェリシア様に悪役令嬢の座を奪われてしまうではありませんか!」


「ほほほ! ミリアージュ様もまだまだね!」


「きぃぃぃぃ!」


 わたくしはハンカチを噛み締め、引っ張ります。


「……あれってどこが悪役令嬢なんだ?」

「しーっ! 聞こえるだろ!」


 教室の隅でわたくしたちに怯える生徒たちの声が聞こえますわ。今日もしっかりとした悪役令嬢っぷり! これでこの国も平穏ですわ!









「きゃー! 魔物よ! 誰か! 助けて!」


 ついに恐れていたイベントが始まりました。これは高位貴族の令嬢として、生徒たちを避難誘導してから、聖女の姿に着替えて戦わなければ! でも、時間が……。


「……ミリアージュ様。避難誘導はわたくしに任せて。お行きなさい。なにか成さねばならぬことがあるのでしょう?」


「フェリシア様……! あとを、あとを頼みますわ!」


 フェリシア様のご厚意に感謝して、わたくしは人気のない場所に駆け込みます。


「皆様! こちらですわ! 学園内には安全な避難場所があります! 落ち着いて行動するのですわ!」


 フェリシア様の声に背中を押されながら、わたくしはいつものシスター服に着替えます。


「聖女、ミリア。到着いたしました!」


「ミリア嬢! 助かった」


 いつの間にか魔物と戦い始めていたダビエル様のお声が聞こえました。


「あれって……」

「嘘だろ」

「まさか」


 動揺した生徒たちの声が聞こえます。ふふふ、そうでしょうそうでしょう。まさか聖女が平民とは、誰も思いませんわ!


「ダビエル様。わたくしの魔法を補助してくださいまし!」


「わかった。ミリア嬢」


 わたくしの聖魔法をダビエル様が繊細に操作するように魔力を添えてくださいます。こんな状況なのにドキドキと高鳴る胸を抑えながら、わたくしは魔物に向かって聖魔法を打ち込みます。


「これで! おしまいですわ!」


 聖魔法が当たった魔物は霧散し、消えていきました。生徒たちの中から第一王子殿下の声が聞こえます。


「我が国の民を救ってくれて、感謝する! 聖女ミリア! ……もしよかったら、私の妃に」


「ミリア嬢。お手を。あぁ、少しお顔に汚れがついておいでですよ」


「まぁ。ありがとうございます。ダビエル様」


 顔についた汚れをダビエル様に拭ってもらい、わたくしは皆様に頭を下げます。


「わたく、わたし、しがない平民ですが聖女をしているミリアと申します! 皆様がご無事で何よりですわ! では、ごきげんよう」


 そう言って、ダビエル様の手を取って学園を後にします……。この後どうやって学園に戻ろうかしら。











 自宅まで逃げ帰っていたことにして、学園に戻りました。校門のところで仁王立ちに立っている第一王子殿下が、わたくしの顔を見ると目を釣り上げて言いました。


「ミリアージュ・フィゲリナ! 貴様、侯爵令嬢のくせに生徒の避難誘導もせずに逃げ帰るとは、はん、さすが悪役令嬢と名乗るだけある」


「恐れ入りますわ」


 突然の褒め言葉に動揺してしまいました。わたくしのことを正面から悪役令嬢と言ってくださるのは、フェリシア様くらいですから。やっと悪役令嬢として認めてもらい始めたのね、と胸が熱くなります。


「せ、聖女ミリアをみよ! 平民なのに突然起こった危機にも駆けつけ、生徒たちを守った。あの高尚な心を!」


 顔を赤く染めてそう宣言する第一王子殿下に思わずぽかんとしてしまいます。


「……アイリア嬢ではなく、ミリア?」


「お前! 平民だからと言って、聖女ミリアを呼び捨てで呼ぶなど! 以ての外だぞ! アイリア嬢は保護すべき民だ。それだけだろう」


「兄上。いい加減にしてください。学園関係者でない聖女ミリアがこの学園に無断で立ち入れるわけないでしょう」


 横に立っていた第二王子殿下が、ついに第一王子殿下を叱ります。……もしかして、第二王子殿下にミリアの正体がバレてます? そんなわけないですわよね、うん。


「ミリアージュ嬢。あなたに最大の感謝を。この兄から継承権は奪います。ぜひ、僕の妃になってください」


「ええーと、第二王子殿下?」


「あぁ。答えは急ぎませんよ。僕も超えなければならない人がいますし、ね」


 そう言って、第二王子殿下はわたくしの後ろを見た後、第一王子殿下を引きずって去っていきました。






「ミリア嬢。ミリアと呼んでもいいかな? 一度、共に神殿に戻ろうか」


「はい。ダビエル様」


 声が聞こえて後ろを振り向いたら、迎えに来てくれたダビエル様いらっしゃいました。嬉しくて、その手を取ります。あれ? わたくしって今シスターの服を着ていたかしら?

 ダビエル様のお手にドキドキして、そんな細かいことは頭から飛んでいってしまったわたくしは、意気揚々と神殿に戻るのでした。





「ダビエル神官。ミリアージュ嬢を出してもらおうか?」


「第二王子殿下。いやですな。神殿にミリアージュ嬢はいませんよ?」


 そんな応酬が交わされていることなど知らずに、わたくしは神殿で準備された美味しいお菓子を楽しんでいたのでした。

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