女神への尋問と、八海山への『直通回線』

魔王城、作戦会議室。

 重厚な円卓を囲むのは、ハルト、澪、セシリア、リリス、そして女神ハルモニア。

 その視線が一点に集中する先には――。

 ちょこんと椅子に座らされた、銀髪の幼女・スイカ(破壊の女神エリス)がいた。

「……な、なによ。みんなして怖い顔して」

 スイカが居心地悪そうに身じろぎする。

 隣には、同じく正座させられた鉄平がいる。

「スイカちゃん。怒らないから、正直に教えて」

 澪が、真剣な眼差しで切り出した。

「どうして貴女たちは、あの時『新潟県』に飛ばされたの?

 異世界なんて星の数ほどあるはずなのに、ピンポイントで私たちの故郷に繋がった理由。

 ……女神である貴女なら、何かわかるでしょ?」

   ◆   ◆   ◆

 スイカは、チラリと姉のハルモニアを見た。

 ハルモニアは静かに頷く。

「……はぁ。分かったわよ」

 スイカは観念したように溜息をつき、腕組みをした。

「結論から言うわ。

 あの時、ゲートが開いたのは偶然じゃない。

 『引力』が働いたのよ」

「引力?」

 ハルトが眉をひそめる。

「ええ。魂の引力よ」

 スイカは鉄平を指差した。

「こいつ……鉄平は『特異点』。世界の理(ルール)を書き換える力を持っている。

 でも、その力の根源はどこにあると思う?」

「それは……俺と澪の子供だから……」

「そう。異世界人であるアンタたちの血よ」

 スイカが、ホワイトボード(リリス製)に図を描き始める。

 二つの丸。一つは『エリュシオン』、もう一つは『地球』。

「鉄平の魂は、半分はこの世界、もう半分はあちらの世界の性質を持っている。

 そして、まだ力が不安定だった時……無意識に『一番安定する場所』を求めたの」

 スイカの赤い瞳が、ハルトと澪を射抜く。

「アンタたちの魂の故郷。

 最も記憶が濃く、未練が残り、魂が帰りたいと願っていた場所。

 それが、あの雪国だったってわけ」

 しん、と場が静まり返る。

 ハルトと澪は顔を見合わせた。

 未練なんてないと思っていた。

 でも、心の奥底では、ずっと求めていたのかもしれない。

 あの白い雪景色と、美味しいお米と、故郷の山々を。

「……なるほどな。俺たちの想いが、鉄平の羅針盤になったわけか」

 ハルトが納得すると、ハルモニアが口を開いた。

「加えて、あちらの世界の『地脈』も関係しています」

「地脈?」

「はい。鉄平たちの話によると、転移先は『霊峰・八海山』の麓だったそうですね」

 ハルモニアが神妙な顔つきになる。

「山岳信仰のある土地は、次元の壁が薄くなりやすいのです。

 ハルト様の魂の結びつきと、土地の霊的な力が共鳴し……一時的な『直通回線』が開通したのでしょう」

   ◇   ◇   ◇

 理論は分かった。

 次は、実践だ。

「鉄平。もう一度、あの場所へ繋げることはできるか?」

 ハルトが息子に問う。

 鉄平は、少し考えてから力強く頷いた。

「うん、できると思う!

 一度行った場所だし、スイカちゃんも手伝ってくれるなら、座標を固定できるよ」

「ふん、仕方ないわね。私の神気(エネルギー)を貸してあげるわ」

 スイカがツンとしつつも、鉄平の手を握る。

「よし。では、実験だ」

 魔王城の広い中庭。

 ハルト、澪、そして護衛としてセシリアとリリスが待機する。

「いくよ、スイカちゃん!」

「ええ、合わせなさいよ!」

 鉄平の背中から、デジタル紋様の翼が出現する。

 スイカの身体からは、紅い神気が立ち上る。

 二つの力が混ざり合い、空間を切り裂く。

 ズズズズズ……ッ!

 空間に、黒い亀裂が走った。

 その亀裂が、徐々に広がり、楕円形の『ゲート』を形成していく。

「開いた……!」

 澪が息を呑む。

 ゲートの向こう側。

 そこに見えたのは――。

   ◆   ◆   ◆

 モヤがかかった視界が、徐々に晴れていく。

 見えたのは、青々とした水田。

 遠くに見える、ギザギザとした特徴的な稜線を持つ山々。

 そして、日本語で書かれた看板。

『八海山ロープウェー ↑こっち』

『魚沼コシヒカリ 直売所』

「あ……」

 澪の目から、涙が溢れ出した。

「間違いない……。あれは、八海山よ。

 私たちの、地元の風景だわ……!」

 ハルトも、胸が熱くなるのを感じた。

 高校時代、自転車で走り回ったあぜ道。

 部活帰りに見上げた夕暮れの山。

 紛れもない、俺たちの故郷だ。

「繋がったな」

 ハルトが呟くと、セシリアが感動したように手を組んだ。

「素晴らしいです……! 本当に、異世界への道が開かれました!」

 だが、リリスが冷静に分析データを告げる。

「ゲートは安定しています。ですが、維持できる時間は限られています。

 現状の魔力供給量では、約一時間といったところでしょうか」

「一時間か……」

 ハルトは、ゲートの向こうの景色を見つめた。

 今すぐ飛び込みたい衝動に駆られる。

 実家の両親は元気だろうか。

 行方不明になった俺たちのことを、どう思っているだろうか。

 だが、無策で行くわけにはいかない。

「……よし、一旦閉じるぞ」

「えっ!? ハルト、行かないの!?」

 澪が驚いて振り返る。

「行くさ。必ずな。

 だが、こちらの世界の服装や、持ち物、それに『戸籍』の問題もある。

 10年経ってるんだ。俺たちは向こうじゃ死んだことになってるかもしれない」

 ハルトは冷静だった。

 いや、冷静さを装っていた。

 そうしないと、感情のままに走り出してしまいそうだったからだ。

「準備を整えて、万全の状態で『里帰り』する。

 ……俺たちの両親に、孫(鉄平)の顔を見せてやるためにもな」

 その言葉に、澪の表情が和らぐ。

「……そうね。お義父さんたち、鉄平を見たら腰抜かすかも」

「うちの親父もな。いきなり10歳児連れて帰ったら、卒倒するぞ」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 その笑顔には、もう迷いはなかった。

「鉄平、スイカ。閉じてくれ」

「うん!」

 ゲートがゆっくりと閉じていく。

 最後に小さく見えた「魚沼」の文字を、二人は網膜に焼き付けた。

   ◇   ◇   ◇

 その夜から、魔王城では極秘プロジェクトが始動した。

 作戦名『実家への帰還(ホームカミング)』。

 リリスが日本の通貨や服飾の偽造(錬金術による生成)を担当。

 セシリアが、日本での活動中に魔力が漏れないような認識阻害結界を開発。

 そしてハルトと澪は、10年間の空白を埋めるための「言い訳」を必死に考え始めた。

「『海外で記憶喪失になってました』で通るかな?」

「無理があるわよ。それより『極秘任務で音信不通でした』の方が……」

「どこのスパイだよ」

 あーでもない、こーでもないと相談する二人の姿は、まるで修学旅行の計画を立てる学生のようだった。

 異世界最強の性魔術師と、その妻たち。

 彼らの次なる戦場は――現代日本、新潟県南魚沼市。

 最強の「里帰り」が、今、始まろうとしていた。

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