望郷と葛藤。南魚沼からの『呼び声』
ギャグ時空のような騒動が一段落した後。
冷静さを取り戻した澪が、ふと、鉄平の持ち帰った「笹団子」の包み紙を見て、凍りついた。
『名産:越後南魚沼』
その文字を見た瞬間、澪の顔色がサァッと変わった。
隣にいたハルトも、その包み紙を覗き込み、息を呑む。
「……おい、澪。これ……」
「ハルト、嘘でしょ……?
新潟県、南魚沼市……?」
その地名は、ただの日本の地名ではない。
ハルトと澪にとって、魂の根幹に関わる場所。
「俺たちの……故郷(ふるさと)じゃないか」
◆ ◆ ◆
ハルトと澪は、南魚沼市の『城内(じょうない)』地区の出身だった。
山々に囲まれた、雪深いけれど美しい場所。
二人が幼馴染として育ち、通学し、そして……過労死や召喚によって引き離された、始まりの地。
十年。
この世界に来てから、十年が経っていた。
あまりにも濃密な日々に、元の世界のことは記憶の彼方に追いやられていた。
二度と帰れないと、諦めていたからだ。
「て、鉄平! ちょっと来なさい!」
澪が切羽詰まった声で息子を呼ぶ。
笹団子を頬張っていた鉄平とスイカが、ビクッとして振り返る。
「な、なに? もう怒らないって約束したじゃん」
「怒らないわよ。……ただ、確認したいの」
ハルトが、震える手で鉄平の肩を掴んだ。
「鉄平。お前たちが飛ばされた場所……具体的にどこだか分かるか?
どんな景色だった? 近くに何があった?」
父親の真剣な眼差しに、鉄平も居住まいを正す。
「えっとね……山の中だったよ。
すごく雪深くて、近くにキャンプ場みたいなのがあった。
あと、看板が立ってたよ。『しゃくなげ公園』って」
「……ッ!!」
ハルトと澪が顔を見合わせる。
「『五十沢(いかざわ)』地区だ……」
ハルトが呻くように呟いた。
五十沢地区。彼らの地元である城内地区とは、八海山を挟んで隣接するエリアだ。
しゃくなげ公園といえば、地元では有名なキャンプスポットである。
「間違いないわ……。
あの子たちは、本当に……私たちの地元の、すぐそばまで行ってたんだ」
澪が力なく椅子に座り込む。
もし、鉄平の「特異点」の力が、意図的にゲートを開けるとしたら?
もし、座標を固定できるとしたら?
――帰れるかもしれない。
その可能性が、脳裏をよぎった瞬間。
二人の胸に湧き上がったのは、歓喜ではなく、強烈な「葛藤」だった。
◇ ◇ ◇
その夜。
ハルトと澪は、魔王城のバルコニーで並んで夜風に当たっていた。
「……どう思う、ハルト」
「何がだ?」
「とぼけないでよ。……『帰る』ことについてよ」
澪が手すりを強く握りしめる。
「正直、考えないようにしてた。
向こうには、両親もいる。友達もいる。
突然いなくなった私たちが、どう思われているか……心配じゃないわけがない」
「ああ……。俺も、向こうの親父とお袋のことは、ずっと気になってた」
ハルトは夜空を見上げた。
この世界の星空は美しい。けれど、見慣れた星座はない。
「でもな、澪。
俺たちには、もうこっちに『家族』がいるんだ」
城の中からは、赤ん坊の泣き声や、妻たちの笑い声が聞こえてくる。
百人の妻。百人の子供たち。
そして、この世界の人々。
ハルトが築き上げた、愛すべき楽園。
「俺たちが帰るってことは……この子たちを置いていくことになるのか?
それとも、全員連れていくのか?
百人の妻と子供を連れて日本に帰還? ……現実的じゃないな」
「そうね……。戸籍どうすんのよって話だし」
澪は寂しそうに笑った。
「私……この世界のみんなが大好きなの。
リーナちゃんも、セシリア様も、スイカちゃんも。
ここが、私の居場所なのよ」
「俺もだ」
帰る方法があるかもしれない。
でも、それを見つけてしまったら、今の幸せが壊れてしまうのではないか。
「帰りたい」という望郷の念と、「離れたくない」という愛着。
二つの想いが、心を引き裂く。
「……調べるのは、やめようか」
ハルトがポツリと言った。
「このまま、何も知らなかったことにして……ここで生きていくのが、一番幸せなのかもしれない」
「……そうね。それが、いいのかも」
二人が、調査を諦めようとした、その時。
「いいえ。それは違います」
凛とした声が響いた。
振り返ると、そこには聖女セシリアが立っていた。
◆ ◆ ◆
「セシリア……聞いていたのか?」
「はい。お二人の心が、あまりにも強く揺れ動いていましたから」
セシリアは静かに歩み寄り、二人の手を包み込んだ。
その手は温かく、迷いを溶かすような光を帯びていた。
「ハルト様、澪様。
過去に蓋をして生きるのは、いつか後悔を生みます」
「でも……もし帰る方法が見つかったら、俺たちは……」
「見つかったとしても、すぐに『さようなら』にはなりません」
セシリアは、真っ直ぐにハルトを見つめた。
「ハルト様は、百人の妻を愛し、世界を救ったお方です。
そんな貴方様が、故郷との縁(えにし)をただ断ち切るだけで満足するはずがありません」
彼女は、魔王城の空を指差した。
「鉄平君の力は『世界を繋ぐ』力です。
もしかしたら……こちらの世界とあちらの世界を、自由に行き来する道だって、作れるかもしれません」
「行き来……?」
澪が目を見開く。
「はい。どちらかを選ぶ必要なんてないのです。
ハルト様の愛が、種族の壁を超えたように。
今度は、世界の壁さえも超えて……二つの故郷を愛せばいいのです」
セシリアは微笑んだ。
それは、すべてを許容する聖母の微笑み。
「調べてください、ハルト様。
あなたのルーツを。あなたの始まりの場所を。
私たちは、どこにも行きません。ここで、いつでもハルト様を待っていますから」
その言葉が、最後の一押しとなった。
ハルトと澪の目から、迷いが消える。
「……そうだな。俺は欲張りな性魔術師だ」
ハルトはニヤリと笑った。
「あっちの家族も、こっちの家族も。両方大切にする方法を、見つけてやる」
「うん。……ありがとう、セシリアちゃん」
澪が涙を拭って、セシリアに抱きつく。
「じゃあ、決まりね」
ハルトは、拳を握りしめた。
「鉄平とスイカを呼べ!
南魚沼への『ゲート』について、徹底的に解析するぞ!
目指すは、二つの世界を股にかけた、超・大ハーレム計画だ!」
こうして。
異世界での冒険は、次なるステージへと進むことになった。
目指すは、故郷・新潟県南魚沼市への道。
現代日本への帰還の手がかりを探す、新たな調査が幕を開ける――。
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