第1話 行動開始

 XXXX年――

 科学技術は発展し続け、人体に機械パーツを組み込む改造技術が珍しくもなくなった時代。




 レックスと怪人の対峙から時間は遡り数時間前某所ーー


「あー平和だ」

 そんな時代にヘルザー・ストラスことオレは事務所でダラダラしていた。

今の時刻は昼なため仕事は休みだ。チェアに腰かけ机に突っ伏してだらだらと過ごしている。



「あははは、この街が平和だったためしなんてないだろう?ヘル?」

 ぼんやりと束の間の平和を噛みしめる俺に水を差してきた女をジロリと睨みつけてやる。


「はぁ…そりゃそうだけど、たまにはそうでも思わなきゃ生きてけないだろ、ラクネ」


 横にちょこんと座り、嘲笑うように口を挟んできた見かけ白髪の幼女こそオレの上司であるラクネ・A・ニュートラルだった。


「おいおい、美少女と話せているんだからもっと嬉しそうにしたらどうだい?」


 顔を傾けて首元をみせて子供らしからぬ色気づいた仕草をしている。


「………」

 しかし、こいつが全身改造済の本来の性別年齢体形が一切不詳の狂人であることを知っていたためオレは冷めた目で見てやるだけだ。


「ぶぅー、全くつれないのぉいけず~」

 かわい子ぶって頬を膨らませているのが逆にイラつく。

気を紛らわせるためにごくり、と手に持っていたカップの中身の茶色の液体(砂糖とミルクはたっぷり入れた)を飲む。


「君はコーヒーが好きだねぇ……傭兵だったらアルコール類でもとりたまえよ」


「他人の目を気にして飲み物を決める気はなくてね」


「ちっちっち、案外イメージというのも大事なものだよ、傭兵といえど客商売だからね」


 飲み物で一つで判断する客なんざこっちから願い下げだ。言ったら揉めそうなのでその言葉は心中で留めておく。


「いつ仕事が来てもいいようにシラフの状態を維持するプロ意識の高さの方を評価してくれ」

 

「サイボーグは大して酔わないだろ……ん」

 突然ラクネが顔をあげると虚空に焦点を向けると一人で話し始めた。


「~~~んなるほど~~~なら~~で~~」


 幻覚が見えているのではない。身体に直接組み込んだICチップによって本人だけに見える画面で離れた場所の相手と会話しているのだ。ほぼ間違いなく仕事の話だ。

 オレはこの連絡にイヤな予感を隠せなかったが、自分の身体の維持費用のため金が要り用だ。仕事が入ったのであれば断るわけにもいかない。

 邪魔にならないよう話が終わるまで横で黙っている。


「ヘル、仕事の時間だよ☆」

「………OK」

 未練がましくコーヒーのカップをしばらく眺めてから仕事へ意識を切り替えた。


 オレの仕事は傭兵…まあ主に荒事処理の何でも屋だな。

傭兵と言っても戦争に行くわけではない、未来都市サイバレイオンで悪党(クズ)の掃除、金持ち(クズ)の護衛、企業(クズ)の雑用等等を金を貰ってする何でも屋のようなものだ。

 もちろん好き好んで行っているわけではない。


 2年前まで警察に勤めていたオレは異形改造者の襲撃に遭って生身を欠損。マッド科学者(ラクネ)の手によって化学の肉体で一命をとりとめた。


 身体の7割が機械や生体人口パーツで構成され維持費のために毎月多額の金が必要で生きるために裏稼業に身をやつすしかなかったのだ。


 通り魔はまだ捕まっても死んでもいない、奴に復讐するためにも裏社会は好都合ではあった。いや…復讐と言える程の熱量はもうないな。ただ、やられっぱなしで終わるのは気分が悪いという子供じみた性分や犯罪者が今も大手を振って歩いている現実に納得はいっていないというだけの話だ。


 ラクネは命の恩人と言えるかもしれない。では何故オレは彼女に優しくないのか何も知らない人間は疑問に思うだろう。


 答えは通り魔に使用されている人体改造パーツが昔作成したラクネの作品だという話だからだ。ついでに警察に要られなくなった理由の一つにラクネが行った改造手術で違法パーツを大量にオレの身体に組み込んだことがあるからだ。


 ラクネは生かすために仕方ない処置だったと言っているが、人を容易く貫き斬り裂く武装が生命維持に必要だったか甚だ疑問だった。今更言っても仕方ないので蒸し返す気はないが。



 さて、今回の仕事の内容の確認でもしよう。


「薬の売人のチンピラ退治?」

 珍しくもない話だ。薬の売人も、犯罪者の捕縛、殺害の依頼もありふれていた。


「ふむ、昨晩恋人と浮気相手を殺害してから行方知れずとなったのだ。精神に異常をきたしている可能性もあるとのことだ」


 売人だからではなく殺人の犯人として追われているのか。


「そりゃあ………ついてない話で」


 殺人犯といえど一応は理由ありきのため少し同情してしまう。あまり気乗りのしない仕事になりそうだ。


「その日は薬がいつもより早く捌けたんだよ。それで早く自宅に帰ったら浮気現場に遭遇したみたいだねぇ……楽しい修羅場だったろうねぇ☆」


 ペロリと舌で自分の唇を舐めて笑っている。ラクネはこういった下世話な話が大好物だった。


「あー、それでこの報酬か?」

 オレはつきあう気はなかったので話を変える。


 空中に四角い画面には「10万ゼン」表示されていた。新車が一括で買える値段だ、小物にしては高すぎる報奨金だった。

 ちっちとラクネが舌を鳴らす。


「話はそれだけじゃあ終わらない……こいつ違法人体改造者<イリーガル・MoD>の可能性がある♪」


「……」


 自分で言ってて悲しくなるが人体改造者にマトモな奴がいない。警察等の治安維持部隊、企業のお抱え傭兵等の正規の認可を受けた人体改造者ですらイカレていた。違法人体改造者ならなおのことだ。


 マトモじゃないから人体改造するか、改造したからマトモじゃなくなるのかは分からないが…。


「巷で噂になっている闇医者が手術したという情報もあがっている」

「ああ、聞いたことがあるな、格安で改造するという餌で釣って頼んでない所まで弄る闇医者がいると」 

 「ソイツに手術された被験者は暗青色の煙を出したり、ある日突然暴れて人を襲うこともあるらしいよ~。まだウラはとれてないんだけどね」


 腕を組んで少し考え込んでしまう。


「奴に…関係あると思うか?」

 かつてオレに瀕死の重傷を負わせた通り魔に繋がるのであれば嬉しい。


「んん!わからないなぁ…」


 とぼけている訳でもなさそうだった。これ以上ラクネに訊いても意味はないと諦める。まあいい、どちらにせよ危険人物であるのであれば野放しにはしておけない。


「場所は補足できるのか?」

「今晩中には」

 即答だった。


 ラクネは性格はともかく科学技術は一流。街の監視カメラの映像をのぞき見してすぐに突き止められるだろう。


「おーけー、なら見つけたら教えてくれ」

 そう言うとオレは踵を返して夜まで寝て待つために自室に向かうことにした。



 夜になり、

 オレは仕事着である黒いコートに身を包みフードを被る。顔は仮面のようにホログラムで身元を隠す。


 フードの奥で黒い闇に8つの丸が赤く浮かび蜘蛛の目のように不気味に光る。

 恨みを買うことが多い仕事だ、個人情報を知る人間は少ない方がいい。危険な違法改造者の相手をする時は威圧と情報隠蔽を兼ね、このスタイルで仕事をすることが多かった。


「いってらっしゃい、ボクのヘル」

「………」

 背を向けて無言で手だけ振って返事をする。



「さて、と」

 ラクネからチンピラーーーレックスの居場所は教えられていた。この格好で深夜とはいえ表通りは歩けないため建物の屋上を跳んで移動する。


(できるだけ体内に溜めている電力は節約しときたい、武装デバイスの展開は接敵してからだな)


 改造パーツを動かすには血肉以外に電力が必要だ。戦闘中に充電する余裕があるわけないため使うタイミングに考慮する必要があった。


「発見、接触を開始する」


 考えながら移動するうちにレックスと思しき人影を見つけた。人影がおぼつかない足取りでゆらゆらと揺れている。


(…ふらついてるな…)


 思っていた以上にヤバい状態かもしれない。

 チンピラは嫌いだが積極的に殺したいわけでないし、手術を施した闇医者に関する情報も得たかった。


(一応、穏便に済ますことも選択肢の一つとしておこう)


 恋人が浮気していたことは同情するし、闇医者の違法改造の影響で正気を失っていた可能性もある。


 第一目標は生け捕りを優先することに決めると屋根の上から飛び降りてぼんやりとしているレックスの前に降り立った。





 そして現在、

「他の誰がっ殺したって言うんだ!!」

 オレはレックスを指さす。


「君が」


「っあ゛あ゛っ??」

 怒りが頂点に達した状態で残酷な真実を突き付けられたレックスは固まっていた。

「…様子から察するに君は正気を失っていたんだろう」


 オレが殺したと言っていたことから記憶が混濁しているか幻聴、幻覚の症状がでているかもしれない。


 静かにオレはレックスに話しかける。


「今更手遅れかもしれないが、忠告する。そのパーツは外した方がいい」


 斬り飛ばしてない方の左腕も皮膚が破れ機械の部分が露出し痛々しい。右腕の付け根と腹部からは血だけでなく改造部位が肉体からまろびでて火花を散らしていた。


 ラクネと違って科学知見はないがオレには数々のパーツを見てきた経験がある。彼を観察した結果長期運用するためのパーツではなく短期間動けばいいといったような雑なパーツを取りつけられたような印象を受けた。


「……がう…」

 ぼそりとレックスの口から何か言っている。


「何だ?」

 聞こえなかったので聞き返すと、


「ちがうぅぅぅぅぅぅぅう、お前がぁっ!!殺したんだっっ!!ミシェルの仇がぁぁぁ!!」


 絶叫と共にレックスの身体が膨れ上がる。


「くっ!?」


 オレはレックスから目を離さず背中の4本の武装を身体の前面で交差させ守りの体勢をとりながら、後ろに飛びずさる。


「これは」


「あ…あ゛あ゛…あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 レックスの服が弾け飛び、オレと同程度だったはずの身長が2mを超える。

 右腕はなくなったままだったが、残った左腕が身長以上に巨大化し胴体よりも太い鋼の剛腕となった。


 脚も改造部位を基点として同様に肥大化。つま先が鉤爪のように尖り大型肉食獣のそれを思わせた。また胴体からは太いケーブルが飛び出して肉体に纏わりつき身体が一回り大きく見える有様だ。身体からは薄っすらと暗青色の光と煙が出ている。

 顔にはまだ人間らしいレックスの面影が残っていることが却って痛ましい。


 レックス…いや先ほどまでレックスだった存在は異形改造者<サイバー・モンスター>の名にふさわしい姿に変形していた。


(っ!?この…姿は…)


 脳裏にかつてオレを襲った殺人犯の姿が浮かぶ、そいつと今のレックスはどこか似ている気がした。

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