第2話 蜘蛛脚刀<‐スパイダー・エッジ‐>

「っ」


(今は目の前の脅威に集中しなければ)


 フラッシュバックした過去の影を振り払う。


 鋼の巨漢に変形したレックスに気圧されながらもオレは背中から展開された4本の刃先を油断なく突きつける。これこそオレに内蔵された武装デバイス蜘蛛脚刀<‐スパイダー・エッジ‐>だ。身体にはいくつものデバイスが組み込まれているが最も信頼し愛用している得物がコイツだった。


 

「ぐぅぅぅぅぅぅっ」


 涎を垂らしながら低い唸り声を上げるレックスにさっきまで少しはあった理性は完全に消し飛んでいた。


(会話はできそうにない)


 正気を失い暴走した異形改造者<サイバー・モンスター>の末路だ。いつか自分がこうなってしまわないか暗澹たる気持ちになる。


「随分と立派になったな……いいトレーニングジムにでも通っているのか?」


 少しは感じていた同情を心の名から排除する。冷徹な傭兵として対象を見据えると敵を煽る。


「お゛ま゛えのせいでぇっっっ!!」


「何でも人のせいするのは感心しないな」


 肥大化した金属の塊が激高しながらタックルで突っ込んでくる。剥き出しになった機械部分が激しく蠕動し先ほどの比でない程速くなっている。

 

「ぐっっっ!!」


 回避は不可能と判断、4本の<蜘蛛脚刀>を前で交差させタックルを正面から受け止めた。


 だが勢いが止まらない。オレは靴と地面との間で火花を散らせながらも耐え切れず、廃屋へと突き飛ばされた。間にあった塀も壁も粉々だ。


「るぉぉぉぉぉぉぉ!」


 廃家の外でレックスが勝ち誇るかのように雄たけびを上げていた。


(やれやれ、そりゃ常人なら今の十分にミンチだが)


 人体改造者はそう易々と死んだりしない。コンクリでできた塀を壊すほどの勢いでタックルを喰らっても少し痛む程度である。


 レックスにはもうそこまで考える知能も残っていないのだろう。


「……………」

 ふらりと立ち上がると服についた埃を払う。軽量の形状記憶合金でできた糸で編まれたコートだ。こいつは防弾性な上に服を貫いて武装を展開させても時間を置けば元の形に戻るので重宝していた。


(狙うなら生身の部分だ)


 鋼鉄製の左腕と両脚を攻撃するのは効率が悪い、人の形状がまだ残っている胴体に目をやる。


(可哀想には思う、だが手加減する余裕はない)


 それに、一度完全に正気を失った人体改造者は真面に戻る可能性は低い。こいつを街に放ったままなのはリスクが高すぎるのだ。


「なんて、オレが言えた義理じゃあないけどな」


 そこまで考えて今の自分もまた異形改造者と呼ばれる存在であることを自嘲した。せめてこれ以上罪を犯す前に介錯をしてやろう。


 レックスを完全に破壊する意思を固めたオレは<蜘蛛脚刀>で廃家の床を叩きつけて勢いをつけて跳ね飛ぶと戦場である道路へと舞い戻る。


「ハーフタイム終了。続きといこう」


 敵を殺しきったと思ったのか後ろを向いてどこかに行こうとしてた怪物に声をかける。


「うぅぅぅぅぅ!!」


 果たして今の彼にオレがさっき吹き飛ばした相手だと理解しているかは不明だ。しかし、唸りながら振り返った様子を見るに壊す対象であるとは認識していてそうだった。


「せめてもの情けだ。さっさと終わらせてやる」


 お互いの間に距離は2mほどしかない。


(これなら助走が必要なさっきのタックルは使えない、鉄蜘蛛の間合いだ)


「!!」

 再びオレを認識したレックスが左腕で殴りつけてくる。


「おっと」


 オレは右側上部の<蜘蛛脚刀>を動かし、左腕を弾いて攻撃をいなす。


「し゛ね゛ぇっ」


 怒りのまま拳や蹴りを放ってくる。だが感情任せの攻撃が当たる程、こちらも素人ではない。


 オレは<蜘蛛脚刀>でレックスの攻撃を捌き続けて胸にブレードを突き立てる隙を伺い続ける。


「んお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」

 轟音を立てる拳が身体を掠めた。

「スパーリングなら別の相手を探せ」


 そしてその瞬間が訪れる。怪物と化したレックスが巨大な腕を大きく振りかぶり胸との間に刃を通す隙が生まれた。


「じゃあな」


 オレは自分の左手をレックスの身体へと指揮するように振る。手に連動して動いた左側下部の<蜘蛛脚刀>のブレードを敵の腕の下を掻い潜らせる胸に迫らせた。


「うがぁっ!!」


 レックスが放った拳は右側2本のブレードを盾のように構えてガード、オレには届かせない。こちらが放った左側下部のブレードの突きはレックスの胸の中心部を貫いていた。


「っが、あっ…ああ…」


 緩やかにレックスの身体から力が抜け脱力していく。


 ブレードを引き抜くと、鈍い断末魔の声を上げながらレックスは地面へ崩れ落ちた。


「………」


 オレは無言で動きを止めたレックスを見下ろす。

 こんなことは偽善だと思いながらも。死体となった彼の横に屈むと瞼を閉じさせる。


 顔のホログラムにある6つの赤い目もまた目を閉じ黙祷するように勝手に丸から横に伸びた長方形に変わっていた。


 

「やぁやぁやぁ、私のヘルは今回も大活躍だったじゃあないか」


 空気を読まずに場違いな明るい声をかけてきたのは通信してきたラクネだ。とはいえ慰めて欲しかったわけでもないので何事もなかったかのように返答をする。


「本人から直接闇医者のことを聞きたかったが無理だった」


 正気を失った彼と会話は成り立たなかった。


「君が破壊したのは心臓部だけだろう、電脳チップを回収できれば情報を得られるかもしれない」


 確かにレックスの身体からチップを抜いて記憶データを読み込めれば改造した人間のことがわかるかもしれない。


「任せてくれたまえよ♪ここからがボクの仕事だ」


 ラクネは戦闘能力はなかったが、こうした技術的サポートに関しては超一流だった。


「ああ、回収頼む」


 直にラクネが手配した回収業者が来るだろう。その場を後にすることにする。

 今回の仕事の依頼者についてはオレは知らない。大方、ことを大きくしたくなかったレックスの所属していたマフィアか、ミシェルとかいう女性の知り合いだろうとは予想している。しかし、詳しく知ろうとは思わなかった。


 この街で生きるには他人に深入りしないことが重要だ。報酬さえ支払われれば問題はない。手首をトンと叩き、空中に口座画面を表示、額面通りの取り分が口座に入ったことを確認する。 


「今度こそ正体不明<アンノウン>の尻尾でも掴めると良いよね、キミもそう思うだろ?」


「………」


 返事はせずに歩き出す。


 正体不明<アンノウン>はオレを襲った通り魔の犯人のことだ。死体が何体も出ていても犯人の詳細な情報がわからないことから世間でそう称されるようになっていた。


 2年前、警察だったオレは殺人事件を捜査していたのだ、しかし途中で上層部から捜査打ち切りを命じられる。


 しかし、納得の行かなかったオレと相棒は独自に捜査を続けていた。単独で勝手に捜査を進めていたのだが、ある日の張り込み中に現れた異形改造者の手によって致命傷を負わされてしまった。それこそが正体不明<アンノウン>だった。


 犯人が去った後、同じように事件を追っていたラクネが致命傷のオレを見つけて治療し、現在にいたるといわけだ。捜査を始めて1年が経つが一流のハッカーである彼女ですら未だに奴の居所が掴めていない。


 だが、逆にラクネですら調べられないということである程度分かることがある。

 彼女と同程度の技術もしくは治安維持部隊である警察を動かさせない権力を持っているということだ。つまり、バックに組織がついている。


 未来都市サイバレイオンでは堂々と法を犯しても罰せられず、高度な技術を有している者は企業関係者である可能性が最も高かった。


 オレは都市の中心部にある高層ビル群を挑むように見上げる。ビル群の中央には己の力を誇示する摩天楼のように空高くそびえ立つタワーが鎮座していた。


「今度こそ、勝ってやるさ」

 かつてのオレにはなかった力が今はある。好きで手に入れた力ではなかったが使える物は全て使う。


 復讐したいのではない、ただ終わらなかった事件に終止符をうつのだ。そう改めて自分自身に誓い、冷たい未来都市へ歩き出す。

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2025年12月10日 07:00

鉄蜘蛛 佐口木座九 @naroukizaku

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