拗れた恋の行方

第1話 仮の恋人 前編


 5月22日


 朝のホームルーム前の時間中、俺はぼうっとしていた。

 昨日の緊張が尾を引いているのかも知れない。


 でも、隆俊が以前の様子に戻っていたので安心した。

 美桜の力添えが無ければ、どうなっていた事か。


 彼女の役に立てるなら、俺も力にならないとな。

 恩返しくらいは俺にも出来るから。


 それにしても― ―


 俺はチラッと視線を葵に向ける。


「……っ……」


 今日は葵の様子が特におかしい。


 妙に目が合うのだ。

 その癖、今のようにすぐに目を逸らす。


 やっぱり、葵が何を考えているのか分からない。


 いや、美桜は放置すれば解決すると言っていた。


 言う通りにしよう。


 そう考えていると、チラチラとこちらを窺っていた葵が席を立つ。


 視線を向けなくとも、足音でこちらに向かって来ている事が分かる。


 俺は視線を隣の席の隆俊に向ける。


 コイツもコイツで、回復したのは良かったけど― ―


「うん? どうした?」


 妙に浮かれてるんだよな……。


 どうなってんの……本当に。


「……いや、葵が来るけど。お前平気なのか?」


「もう平気だ。俺が勝手に勘違いしてただけだから」


 うん。

 この満面の笑みを見れば、嘘じゃ無いのは分かるな。

 それなら良いか。


 でも……本当にどんな魔法を使ったんだよ、美桜。


 隆俊と会話をしていると、遂に足音が止んだ。


「……その、湊斗さ。今日の放課後……時間ある?」


「放課後?」


 マズい。

 確認していなかった。


 仮の恋人って、どう振る舞えば良いんだ?

 コイツらには明かして良いのか?


 ― ―ダメだな。


 美桜は葵に不信感を抱いていた。

 勝手な行動は美桜の信頼を裏切る事になる。


 まずは意思確認。

 俺が2人を信じる事と、美桜が2人を信じるかは別なんだ。


「……えっと、返事は後でも良いか?」


「……何か、用事あるの?」


 不安そうな表情を浮かべる葵


 あれ?

 コイツって、こんなに可愛かったっけ……?


 不覚にも勝ち気さが鳴りを潜めた葵にドキッとしてしまった。


 なるほど。

 これが俗に言うギャップか。


「あー、無いような……有るような」


 酷い言い訳もあったモノだ。


 俺、語彙力無いな……。

 だから、友人が少ないんだよ。


「……どっちなの?」


 今日の葵は妙に真剣だ。

 それなら、俺なりに真剣に返す必要があるだろう。


「ごめん、まだハッキリしなくて。遅くとも昼休みには返事出来るから、それからでも良いか?」


 スマホでメッセージは飛ばしたし、すぐに返信があるだろう。

 念の為に昼休みまで、と言っておけば確実だ。


「……うん、分かった」


 それ以上の詮索を葵はして来なかった。


 妙だな。

 いつもの葵なら執拗に訊いて来るだろうに。


 それに緊張した様子が葵からは伝わって来る。

 疑っていたワケでは無いが、本当に真剣な内容なのだろう。

 もしかしたら、美桜が不審感を抱いた件に関する事かも知れない。


 踵を返し、葵が去ろうとした時だった。


「なあ、葵」


 意外な事に隆俊が声を掛けていた。


「……何?」


 振り返る事こそ無かったが、葵はキチンと返事をした。


 最近の険悪さを考えると十分な進歩だろう。


「悪かった。勝手に分かった気になって、土足で踏み込んで。俺は葵を友人だと思ってるからさ。悩んでるなら相談に乗るから」


 隆俊、本当に回復したんだな。

 以前のコイツらしさを取り戻してる。


「……わたしこそ、ごめん。別に隆俊を嫌いになったとかじゃないから。その……考えたい事があって、それで距離を置いてただけ。もう解決したから大丈夫。心配してくれてありがとね」


 葵はバツが悪そうに振り返り、手を合わせて謝罪を口にする。


「気にしないでくれ。俺は大丈夫だからさ」


「うん。仲直り……で良いよね」


 そう告げる葵に俺は違和感を覚えた。


 嫌だな。

 最近、違和感を覚えてばかりだ。

 俺が疑り深くなっているのか、それとも周囲が変わり始めたのか。


「ああ、勿論」


 笑顔の隆俊だけが、この場で浮いて見えた。

 その理由は……俺には分からなかったが。


「うん、ありがと」


 しっかりと目を合わせて頷く葵。


 俺だけだったのだろう。

 その姿に不安を覚えたのは。


『本物の嘘吐きはね。相手の目をしっかり見て嘘を吐けるんだ』


 アイツのセリフを思い出したからだろうか。


「……それじゃ、わたし席に戻るから」


 軽く手を振ると葵は席に戻って行った。


「……なあ、隆俊。葵の様子おかしくないか?」


「そうか? 気まずさは残ってるけどさ。長期間の喧嘩明けなんて、こんなもんじゃないか?」


 それもそうか。


 そうだよな。

 一カ月以上も喧嘩していたんだ。

 はい、すぐ元通りなんて行かないよな。


 俺が焦り過ぎだったのかも知れない。


 そろそろ返信が着ている頃合いかと、俺はスマホに視線を落とす。


(……あれ……まだ返信が無い?)


 まあ、今は忙しいのかも知れない。


 お昼休み前には返信が来るだろう。


 俺は、そう考えた。


 でも― ―


 結局、美桜から返信が来る事は無かった。


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