第4話 変化はいつだって 前編


 4月も下旬。


 ヨシキの問題発言から一週間。


 ギクシャクするかに思えたが、ヨシキと隆俊が普段通りだった為、事なきを得た。


 クラス内の空気も表面上は落ち着いた。

 が、心の中までは窺い知る事は出来ない。


 絶交した女子もいるようだし、浅野が残した爪痕は未だに大きい。


「葵、最近は勉強ばっかりしてるな」


 隆俊が食堂でカレーうどんを啜りながら切り出した。


 ……ほら、跳ねるんだって。


 こっちにまで飛んで来たカレー汁にゲンナリしながらも、俺は返事をする。


「ヨシキに言われた事気にしてるんだろ。……まあ、成績が悪いのは本当だったし、良い機会かもよ」


 葵は運動は得意だけど勉強は嫌いな典型的なタイプだ。

 隆俊は、そこそこ成績良いし、俺だって平均はある。


「単純なヤツだねぇ。僕の言葉を真に受けちゃって」


 うん。

 まあ、ヨシキも居るんだよな。

 普通に。


 コイツは友達か、と訊かれると微妙なところだ。

 知人以上友人未満とでも言うのだろうか。


「そうは言うけど、お前。意外と真剣だったよな」


 隆俊の指摘には俺も同意だ。

 もっと、適当に生きているヤツだと勝手に思っていたのだから。


「別にー? 僕、山本みたいなヤツが嫌いだし。嫌がらせで適当に言っただけさ。馬鹿だから言いくるめられそうだと思ってね」


 何となくだけど。

 

 今だけは。

 ヨシキの言葉には本音と嘘が混じっていると分かった。


 葵の事が嫌いなのは、きっと本当。

 でも、適当だったワケじゃ無いんだろう。


 コイツなりの考えの元に生きているんだ。


 心の何処かでヨシキを馬鹿にしていたけど、人生設計はコイツの方が出来ている気がする。


『キミは人を見る目が無いよね。本当に』


 まただ。

 また、アイツの言う通りだった。


 毎日を怠惰に生きていたのは俺達だ。


 ヨシキは全力で生きている。

 クズでゲスでも、自分で決めて、しっかりと歩んでいる。


 あの時、ヨシキからは昔を懐かしむような気配がした。

 それが葵に対する嫌悪感の原因なのかも知れない。


「そっか。……で、お前のエビフライ多くない……?」


 空気を読んだ隆俊が話題を変えた。 と言うより気になるのは本当だろうな。


「エビフライ定食を二人前頼んだんだから当然さ。……あげないよ」


 やたらとエビに執着を見せるヨシキ。


 俺は少し……。

 いや、かなり引いていた。


「そんなに良く食えるな……」


「あっちに居た時に食べた白いうねうねが凄く美味しくてね。似たヤツがエビしか無いんだよねぇ。本物が食べたいんだけどさ。ホイホイ行ける場所でも無いし」


 そう言いながら、エビフライを口に運ぶ。


 なっ、エビフライに何も掛けないだってっ⁉


 コイツ、素材の味を楽しんでいるのか。


 ……ちなみに俺は醬油で食べたい派。


 コイツとは、分かり合えそうに無いな。

 目玉焼き論争と同じくらい激化しそうだ。


「……おい、異世界妄想は良いけど……その表現はやめてくれ」


 分かるよ、隆俊。


 一瞬、倒木を捲ったら出て来るアレを想像したよね。


 次から頭を過りそう。


 ……恨むからな、ヨシキ。


「で、湊斗はカレーライスどれだけ好きなの? 最近毎日食べてない?」


 ヨシキが俺のカレーを指差しながら疑問を投げて来た。


「……考えるの面倒臭くて、毎回カレーにしちゃうんだよ」


 最近は食べるモノを考えるのが面倒臭い。


 悩んでいる内に時間は過ぎてしまうし、かといって気分じゃないモノを食べると微妙な気持ちになる。


 だから、無難なカレーを選択しているのだ。


「せめて、カツカレーとかさ。変化ないとキツくないか?」


「そういう隆俊も大差無いじゃん。大体がカレーうどんか唐揚げ定食だろ」


 コイツも他人の事は言えない。


 毎回決まった物しか食べないのだ。


「一緒じゃない。俺は甘いもの以外どうでも良いだけだ。栄養バランスとか、親が五月蠅いから食ってるの」


 栄養バランスもクソも無いだろ。


 偏りしかないじゃんか。


「流石は幼馴染だねぇ。妙なところがそっくり」


 厭味ったらしい笑みをヨシキが向けて来た。

 しょぼい顔と言うよりは、ゲスな顔をしている事が多い。

 コイツは、それで良いんだろうか。


「……ん? あれ、葵じゃないか?」


 隆俊が視線を一か所に固定したまま告げた。


「え? ……本当だ。いつもの女子グループと一緒じゃ無いのか。珍しい」


 普段なら複数の女子達と昼食を取っているはずだ。

 しかし、視線を向けると一人の女子と食事をしているのが確認出来た。

 誰なのかは距離があって判別できないが。


「へぇ、グループとは距離をおいて、あっちと行動する事にしたわけねぇ」


 相変わらずのゲス顔でヨシキが頷いていた。


 どうやら、この距離でも顔が見えるらしい。

 性格は残念だが、凄い男である事は否定できないな……。


「誰と一緒なんだ?」


「2-Aの大橋。単純なヤツだね、本当にさ」


 意外な名前に俺も隆俊も言葉を詰まらせた。


 大橋おおはし 美桜みお


 一年の時から有名な優等生。


 人当たりが良く、容姿も可愛い事から男子人気は非常に高い。

 女子とも上手く付き合っているし、隙の無い人物だ。


「……大橋さんか。確かに彼女なら適任だな」


 隆俊の言う通りだろう。


 大橋さんは教えるのが上手い、と勉強会に参加した事のある女子が話しているのを耳にした事がある。


「気にしてるんだな……」


 選んだのか。

 アイツは友人関係より勉学を。

 確実な人生設計を優先したんだ。


 応援すべきだし、尊敬すべき事だろう。

 女子のしがらみを断ち切るのは、生半可な覚悟じゃ出来なかったはずだ。

 それでも葵は決断し行動に移した。


 それなのに……。


 この寂寥感はなんだ?

 隆俊が振られたと聞いた時と同じだ。


 奇妙な虚しさに苛まれる。

 何なんだ、この自分勝手な気持ちは。


「ふーん、そういう事ねぇ。やっぱり嫌いだね。僕は」


 ヨシキは何かに気付いた様子で眉をひそめた。

 発する声にも不快だという感情が籠っている。


 何かが変わって来ている気がする。


 そう、俺達の関係性も。


 隆俊とは、あの件で微かに溝が出来てしまった。

 どう接すれば良いか互いに迷っている感じだ。

 正直……ヨシキの存在には助けられている。


 コイツを間に挟む事で会話が弾んでいると認めざるを得ない。


 葵もそうだ。


 俺達に話しかける事が極端に減って。

 友達と雑談ばかりしていたのに、机で黙々と勉強をするようになった。


 妙だった。

 確かに勉強は大事だけど……。

 あの葵が、そんな簡単に変わるだろうか?


 ヨシキに指摘された中に他の事が隠されていたんだろうか。


 その時、最後のやり取りを思い出した。


『いい加減選んだら?』


 あの台詞が関係しているのかも知れない。


 変わらないのは、ヨシキだけ……。


 いや、言い訳は止そう。


 ヨシキが変わらないんじゃない。

 影響を受ける人間。

 つまり、俺達はそれに値しないんだ。


 しっかりと自分を持ったヨシキの心に何かを残せるほど、俺達の言葉には重みが無いんだ。


『わたしは誰の影響も受けない。 例え― ―』


 その後は、どう続いたんだっけ。

 珍しいな。アイツの台詞は大抵覚えているのに。


「声でも掛けて来たら?」


 思考の渦に囚われていた俺をヨシキの声が引き戻した。


「は? 俺達が?」


 隆俊が困惑した様子で視線を向けて来る。


 俺の意思を確認しているのだろう。


「隆俊が良いなら、声かけて見るか……」


 このまま葵と疎遠になるのは嫌だ。


 例え― ―


『人との繋がりなんて、砂上の楼閣。どれ程時間を掛けても、簡単に崩れ去る。そんな虚しいモノだよ』


 アイツの言う事が真実だったとしても。


 俺達の数年間が、こんな簡単に消えてしまうなんて悲しいじゃないか。


「俺は良いよ。行くか」


 隆俊の返事に頷き、俺は席を立つ。



 エビフライを食べながら、一瞥すらせずにヨシキは告げた。


「? ああ」


「……ああ」


 俺達は、2人顔を見合わせて葵の元に足を向けるのだった。



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