第3話 始まり 後編
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その声の主に視線を向けると、ヨシキは露骨に顔を顰めた。
「直樹だよ。……で、何?」
ヨシキがウンザリした態度で応じている女生徒は、
俺や隆俊とは中学からの付き合いだ。
背後で揺れるポニーテールが特徴の活発系女子で、発言権も大きい。
言わば、我がクラスの女子を纏め上げるボスである。
「いや、アンタ。さっき如月有希と同級生だったって言ってたけど、本当? いつもの妄想じゃ無くて?」
酷い言い様だけど、仕方ない。
普段からAランク勇者様とか言ってるから。
「ふんっ、ほんの短期間だけどね」
不機嫌そうにするヨシキ。
でも、全然可哀想じゃないんだよなぁ。
「つまんない。あの如月有希の貴重な話が聞けると思ったのに」
「残念ながら、僕は知らないよ。本当に何もね」
そう答えるヨシキの表情は強張っていた。
血の気が引いてるし、微かに身体が震えてもいる。
珍しい。
コイツとの付き合いは1年以上になるけど、初めて見る姿だった。
「まあ、良いや。ヨシキ、今回は良く言ってくれたよ。わたし達の鬱憤を晴らしてくれた」
当然だろう。
毎回、マウントばかり取って来る浅野を皆嫌っている。
かと言って、口を出せる者も居なかった。
女子のしがらみとは厄介なのだ。
そこを我らがAランク勇者様のヨシキが一矢報いた、というワケ。
「葵……結果的に爆弾落とされてるから。置き土産で、ギスギスしてるし」
隆俊は呆れた声を上げた。
その言い分も分かる。
ヨシキが下手に煽った結果、クラスの空気は悪くなったのだから。
「ま、陰口のツケだし。仕方ないでしょ」
陰口の代償か。
確かに陰湿な事をしていたのは自分だ。
暴露されて困るなら胸の内に秘めていれば良いモノを。
そういう誰かに共感して欲しいって感覚は理解出来ないな。
俺が男だからか?
『他人の顔色を窺わないと生きて行けないの? キミは退屈な人間になるね。きっと』
ああ……俺は、アイツの言う通り退屈な男に育った。
今日だってそうだ。
隆俊の顔色を窺った。
幼馴染なのに嫌われるのが怖くて。
だから、踏み込まなかったんだ。
そんな俺に女子を非難する資格は無いな……。
「お前は暴露されてもノーダメージだもんな。陰口も気にしないし」
「隆俊の言い方は腹立つけど、まあね」
葵はメンタルが強い。
悪口くらい特に気にもしないだろうな。
「面白い内容だったよ。誰が誰を好きとか、そんな情報まで置いて行ったから」
ヨシキは楽しそうに語る。
本当に良い性格してるな、コイツ……。
「それ……好きな男子が被ってる女子とか……」
ギスギスしてそう。
彼女達の心中は、さぞ穏やかじゃないだろう。
「湊斗は馬鹿だな。それが面白いんだろ? 応援してくれてると思ってた友達が、実はライバルでした。なーんて、滑稽で面白いじゃないか。友情ごっこって傍から見る分には面白いからね」
最低最悪の発言を平然とするヨシキ。
コイツ、本当にゲス野郎だな。
「直樹、流石に言い過ぎだ。悪ふざけにも限度があるだろ」
真面目な隆俊がヨシキに苦言を呈した。
ありがとう、流石に俺もどうかと思ったよ。
「……はぁ。悪ふざけって、本当に凡人だね。良いかい? アイツら、友情も恋も中途半端じゃないか。僕はね、そういう輩が大嫌いなのさ。隆俊も、そんな下らない事を抜かしてるから捨てられるんだよ」
その最後の言葉に隆俊の表情は凍り付く。
横目で見ると、葵も気まずそうに顔を逸らしていた。
「暴露内容にあったよ。キミが振られたって話が。ま、妥当でしょ。綺麗ごとしか言わないし、何か確固とした信念があるワケでも無い。他の人間との差異が少ない。替えが幾らでもいるんだよ。そりゃ、“退屈”って言われるよね」
ヨシキのセリフは、俺にも深く突き刺さった。
もし……あの時に何か出来ていたら。
アイツは、今も傍に居てくれたんだろうか。
「ヨ、ヨシキ。それくらいで良いじゃん。ね?」
葵がフォローする為に割って入った。
俺も隆俊も動けなかったから。
「はぁ? “それくらい”って、どのくらいさ。この際だから言わせて貰うけど、自分達を漫画の主人公か何かと勘違いしてない? 全部捨てずに大事にしたいですーって、確かに耳障りは良いけどさ。でも、“僕達”は凡人なんだよ?」
俺は言葉を失った。
あのヨシキが自分も凡人だと口にしたからだ。
コイツは、ふざけてなんていない。
真面目に聞いていなかったのは― ―
俺達だ。
「凡人には10の力しかない。漫画の主人公みたいに、20、30って上限を引き上げられるとか本気で思ってる? だったら、キミ達の方が子供じゃん」
そうだ。
俺達は凡人だ。
その与えられた10の力をどう割り振って生きて行くのか。
それを真剣に考えなきゃいけないのに。
努力で上がるって、何処か漠然と信じていた。
「10の力だって、努力しなきゃ発揮できない。その為に努力が必要なんだろ? 10の力を全て引き出す為にさ。努力っていうのは、自分の能力を最大限に引き出す行為だ。上限が20に変わるわけじゃない。履き違えてるんだよ、キミ達」
そう言い終わると、ヨシキは溜息を吐いた。
「それ……おかしくない? そんな事言ってたら、何も出来ないじゃん」
言われっぱなしではいられない葵がヨシキに噛み付いた。
葵の苛立ちも分かるけど、俺には反論する気が起きない。
何故なら― ―
「出来るじゃん。例えば、山本。キミは成績が悪いよね」
「そ、それが何よ」
「勉強しなよ。遊んでばかりいないで。友達付き合いがーとか言っちゃってるけど、ちゃんと考えた? 進学と友人のどちらが大切か。学歴は一生モノだ。でも、友達はどうだろうね? 一生モノの可能性もあるけど、縁が切れる可能性だって大いにあるでしょ」
こういう返しが来るって容易に想像が付いたからだ。
これは反論し辛い。
勉学は学生の本分であって、将来を決める大事なモノだから。
それを疎かにして繋ぎ止めようとしてるのが……。
「……この状況を見たら、一生モノとは安易には言えない……よな……」
黙っていた隆俊が疑心暗鬼に陥っている周囲を見渡し、強張った表情で呟く。
「別に、僕だって勉強だけしろって言っているワケじゃ無い。真剣に考えろって言ってるんだよ。全力で努力するのは当然として、その配分くらいは自分で考えなよ」
ヨシキは言い終わると同時にカバンから総菜パンを取り出す。
あ、コイツ、自分の分だけ昼食用意してたな。
「それと、山本。いい加減決めたら? 正直、見ててかなり不快なんだよ」
コロッケパンを頬張りながら、辛辣な事を言い放つヨシキ。
コイツのメンタル、どうなってるんだ?
「は……? 何の事?」
一瞬だけ葵が硬直した。
だが、すぐ普段通りに戻っていて。
今のは錯覚だったのか、そうじゃないのか。
「あっそ。なら、ご勝手に」
話は終わったとばかりに、ヨシキは話を打ち切った。
ヨシキの考えは分からない。
何を思ってそんな事を言ったのか。
それを知る日は来るのだろうか?
「あ……昼飯」
昼休みを終えるチャイムの音と共に、俺は腹に恨まれる事が決定したのだった。
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