第2話 依存度を下げよう

 リーシャを守るため、そしてなによりも私自身を守るために破滅フラグを回避しなければならない。


 とはいえ、私はまだ五歳児。

 貴族の中でも有力なメレシー家と強固な繋がりを持つマルシア家の長女という大きなハンデがあるとはいえ、所詮は五歳児。

 できることはたかが知れている。


 五歳児で動かせる権力などはないし、お金もない。これがリーシャであれば話は変わってくるのだろうが、私……ラフィーにはなにもない。


 今私にできること。


 それはたった一つ。

 リーシャが私に依存しない環境を作ることだった。



 ストーリー:大恐姫リーシャ・メレシー



 において、リーシャが破滅を迎える元凶はリーシャが私に依存したことだろう。ゲームをプレイしただけ。しかも一度っきり。

 だから、実際どうなのかは知らない。


 ただ一度プレイした所感としてはそうだった。


 お金も権力もまともに行使できない、五歳児の私にできることはそれくらいだ。


 「やっほー、ラフィー。今日も来たわよー!」


 八日連続という記録を達成する。

 ここでバシッと断る。

 そういう小さな積み重ねが、きっと破滅フラグを回避するという大きな結果に繋がるのだ。


 「リーシャ、今日はしないよ」

 「ええ、なんで?」

 「八日も連続でお茶会をしているから」

 「それはダメなの? なぜ? 悪いことじゃないと思うのだけれど」


 普通ではないだけであった、決して悪いことではない。

 だから、そう問われてしまうとこちらとしてはなにも言い返せない。決して悪いことではないから。そうだね、としか言えなくなってしまうのだ。


 「ほら」


 リーシャは隣に連れていた侍女へ目配せをする。

 侍女は持っていた紙袋から、缶箱を取り出した。


 「それは……?」


 説明もなく取り出された缶箱を見つめ、首を傾げる。

 侍女はリーシャに缶箱を手渡す。

 リーシャは文句を言わずにそれを受け取った。私の知っているリーシャならば、この一つの行動にさえ、日が暮れるほどの文句を口にしそうなものだが。まだ悪役令嬢っぷりは熟成していないということなのだろう。


 閑話休題。


 リーシャは缶箱を受け取り、その缶を撫でる。

 コツンと音は響く。


 「お父様が帝都へ出張したお土産として買ってきてくれたのよ」

 「お土産」

 「ええ、とても美味しい、帝都では有名なクッキーなのだそうよ」

 「有名で……美味しい……クッキー……」


 魅力的な言葉がこれでもかと並ぶ。


 「せっかくだから、ラフィーと嗜もうと思っていたのだけれど」


 缶箱を抱きしめる。そしてちらちらとこちらを見る。

 その眼差し、表情、オーラには淋しさが宿っていた。


 「残念だけれど、仕方ないわね」

 「仕方ない、仕方ないって。クッキーはどうするの?」

 「持ち帰って食べることにするわ。残すのはもったいないもの」

 「また明日とかはどう? 明後日とか。とっておこうよ」

 「……恥ずかしいのだけれど」


 リーシャはなぜか頬を赤らめる。

 ぎゅっとさらに缶箱を抱きしめた。

 べこっと缶箱は音を響かせる。


 そして、ちらりと私を見る。


 「このクッキー、かなり楽しみにしていたの。我慢できる自信が……ないわ」


 耳まで真っ赤にしていた。

 リーシャ・メレシーという悪役令嬢にこんな一面があったのかと驚く。

 羞恥心とは無縁な人間だとばかり思っていた。子供の頃から高慢ちきで我儘放題、迷惑千万な厄介娘なのかと。


 「だから、今日……ラフィーと食べれたらいいなと思ったのだけれど」


 缶箱を抱きしめたままもじもじする。

 言葉もしどろもどろで、恥ずかしさが前面に押し出されていた。


 「ラフィーが嫌だと言うのなら仕方ないわ」


 今のリーシャはあまりにも素直だ。

 人を従えよう、という気概は一切感じられない。

 相手の気持ちをしっかりと汲み取り、折れるということをしている。


 とてもこれから悪役令嬢として名を轟かせる人物とは思えない。


 高慢さも、我儘も、迷惑も、なにもない。


 破滅フラグなんて本当に訪れるのか?

 こんな素直で可愛らしい女の子が殺人鬼になるのか? 悪役令嬢になってしまうのか?


 そうは思えない。


 むしろ、こんな子を悲しませている私の方がよっぽど悪女だ。


 「わかった。ごめん、リーシャ。やっぱり、やろう? お茶会!」

 「やったっ、ラフィーとお茶会」


 リーシャの顔は、ぱっと花みたいに咲いた。

 満開だ。


 さっきまではあんなにも泣き出しそうに曇っていたのに。私の言葉ひとつで、こんなにも明るくなる。


 嬉しさと同時に、もう既に私への依存度はかなり高いなと認識させられる。

 この前と好きだなんだと激しくアピールされていたし。


 「ラフィー、大好きっ! お茶会だいすきっ!」


 また好きだと告げられた。


 リーシャは勢いよく抱きついてきて、私はよろける。

 侍女さんがセッティングしてくれていた、テーブルの上のティーセットがカタカタと震えた。


 「ちょ、ちょっと、リーシャ。落ち着いて。紅茶こぼれちゃう」

 「こぼれてもいいわよ! ラフィーが隣にいるから!」

 「良くないよ。絶対に関係ないよ!?」

 「ラフィーがいるならわたくしはいくらびしょびしょになろうが構わないわ」

 「そ、そういう問題ではないような……」

 「では、どういう問題なのかしら?」


 缶箱を侍女に返して、ううむ、と考え込むリーシャ。


 「えーっと、ほら、侍女さんに迷惑かかっちゃうよ? 片付けとか大変だし」

 「そうなの?」

 「いいえ、些細なことでございます」


 侍女はなぜか否定した。

 ここは私に乗って肯定しておけばいいところなのに。


 「では、なにも問題ありませんわね?」


 リーシャは素直だ。

 素直すぎて、私に依存しすぎている。


 そして私は私で甘くてちょろい。


 無垢な顔で見つめられ、あざとくアピールされただけで簡単に屈してしまう。


 この調子では……いつか、破滅は訪れる。


 どうにか、どうにかしなければ。

 そう思いながら、クッキーを頬張った。

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