幼馴染である悪役令嬢は破滅まっしぐら!!!

皇冃皐月

第1話 プロローグ

 乙女ゲーム『エデン』に登場するキャラクター、ラフィー・マルシアに転生していた。


 「おぎゃーおぎゃー」


 と、生を受け、ふと前世の記憶が脳内を駆け巡り、我に返る。

 ピタリと泣き止んで、私のことを抱き抱えている母親を驚愕させてしまった。

 近くにいる産婆も大層驚いているようだった。

 産まれたばかりの赤ちゃんが突然泣くことをやめたのだ。驚くのはごくごく自然なことであろう。


 産婆は私の背中を叩く。

 とりあえず泣かせようという気概を感じた。


 まだちっちゃい身体なのに、バシバシと叩かれる。このままだと骨が折れそうだったので、「おぎゃーおぎゃー」と泣き真似をしておく。


 とにかくそういうわけで、私は乙女ゲームの世界に転生してしまった。


◆◇◆◇◆◇


 ラフィー・マルシア、というキャラクターは決してメインキャラクターとは言えなかった。ポジションとしては脇役。流しプレイをしている人は名前は疎か、存在さえも忘れてしまっているのではないだろうか。それほどに、存在感は薄い。


 というのも、ラフィー・マルシアはこのゲームのいわゆる悪役令嬢、リーシャ・メレシーの幼馴染であった。


 『幼馴染である』というだけでたまに登場する程度。リーシャの誕生日会の隅っこでケーキを食べているのが唯一の出番、みたいな存在だ。


 ストーリーの進行上、核になるわけでもなく、ただそこにいるだけ。ある意味NPCみたいな存在だった。

 でも悪くないと思う。


 ゲームのヒロインだったり、悪役令嬢リーシャだったり、攻略対象だったり、そういうメインキャラクターに転生してしまったらさぞ大変なことだろう。

 元ある知識のせいで、より苦しくなる。


 それに比べて、このモブキャラ、ラフィー・マルシアなら、この世界をのほほんと楽しむことができる。

 夢に見たスローライフだってわりと現実的だろう。


 「ふふふふふふ」


 さあ、待ってろ!

 スローライフ!


 「あなた……リーシャがおかしいの」

 「お祓いでも行った方がいいのかもしれないな」


◆◇◆◇◆◇


 そんなわけで転生して数年。私は順調にモブとしての人生を歩んでいた。

 ……はずだったのだが。


 「ラフィー! 今日は一緒にお茶会をするの」

 「えー」

 「もちろん拒否権はないわっ!」


 勢いよく扉が開き、金髪を揺らして飛び込んできたのは、私の幼馴染であるいわゆる悪役令嬢、リーシャ・メレシーだった。


 女の子らしい服が好きで、気位が高くて、勝ち気で、そしてプライドが高い。

 ゲームではヒロインを妨害しまくって破滅してしまう……はずの人物。


 幼馴染という設定上、こうやって接点が多々あるのは織り込み済み。上手く生きていくために、たまにはお茶会をするのも処世術だろうが。


 今日のお茶会で七日連続のお茶会であった。もはやルーティンの域である。


 「ほら、ラフィーの隣はわたくしの定位置なんだから。そこは誰にも譲らないわ」


 当然のように私の腕を抱きしめ、離れる気配ゼロ。

 最近はいつも私にベッタリだった。


 正直、違和感しかない。


 ゲームでのラフィーって、リーシャの幼馴染ではあったけど、もっとこう……ドライだった気がする。

 学校で話しても「そうですか」くらいの距離感だったはずだ。


 それが今のリーシャは……


 「ラフィーは可愛いわ。今日も天使。好き。ほんと好き。永久に好き」


 口説き文句がうるさい。攻略対象へ向けるべき愛を精一杯こちらに向けてきている。

 ちっちゃい子は、友達にこういう好意を向ける……というのはよくある話なのだろうが。相手がリーシャだと大きな違和感になる。


 「あ、ありがとう。リーシャ」


 リーシャが相手ということ。なによりも私の知っているリーシャではないということに気付き、つーっと背筋に嫌な汗が伝う。


 「ずっと一緒よ、ラフィー。大人になっても、結婚しても、ずーっと」


 ゾクッ。


 リーシャは天使のような笑顔で言う。


 「わたくし以外を好きになるなんて絶対に許さないわ」


 ――その瞬間、ようやく思い出してしまった。

 というか、なぜ忘れていたのだろうか。

 あった。


 一つだけラフィー・マルシアが死亡するルートが。


◆◇◆◇◆◇




 ストーリー:『大恐姫だいきょうこうリーシャ・メレシー』


 リーシャ・メレシーには大好きな幼馴染、ラフィー・マルシアがいた。

 リーシャの愛を一身に受けるラフィーであったが、ラフィーはリーシャに興味がなかった。幼馴染としての愛は持っているが、それ以上のものはない。


 八歳になった、ラフィーに縁談のお話がやってきた。相手は公爵家の息子だった。

 メレシー派に属するマルシア家との関係性を築きたい相手の意向が反映されたお話だった。マルシア家としても公爵家との縁談は悪い話ではない。

 ラフィーは承諾し、無事円満に婚約が決まった。


 だが、一人だけそれを絶望の面持ちで眺めていた者がいた。

 それがラフィーを愛していたリーシャ・メレシーだった。

 リーシャ・メレシーはラフィーがその縁談を断るものだとばかり思っていた。だが現実は違う。


 リーシャはラフィーに絶望した。世界に絶望した。裏切られた、と落胆もした。


 そして、リーシャはラフィーを誰にも盗られたくないと願った。


 嫉妬心を芽生えさせたリーシャはラフィーに手をかけた。愛でるように、ゆっくりと、ラフィーの命を乞う声を恍惚な表情で楽しみながら命を絶やした。


 メレシー家の力ですべては揉み消されてしまう。

 ラフィーは、不治の感染症に犯され、あっという間に死んでしまったということになっていた。


 リーシャは知ってしまった。人を殺す快感を。

 リーシャは知ってしまった。人を殺す楽さを。

 リーシャは知ってしまった。人を殺す解決策を。


◆◇◆◇◆◇


 「うわー、忘れてたあ……」


 殺人鬼、リーシャと呼ばれている鬼畜なルート。ヒロインと結ばれる攻略対象以外全員が死んでしまう最低最悪なルートだ。

 公式が壊れたとか言われているルートである。

 ルートの解放条件がかなりマニアックな上に、難易度も高く、また一度ストーリーを攻略すると、ゲームを初期化しなければまたストーリーを始めることはできない。

 私も一度しか遊んでいなかった。だから、すっかり頭から抜け落ちていた。


 このルート、『大恐姫リーシャ・メレシー』はリーシャがメインの話でありながら、過去話はしっかりと描かれていない。だが、多分今のルートはその片足に突っ込んでいる。


 ス、スローライフ。私のスローライフ……。


 グッバイ、スローライフ。フォーエバー、スローライフ。

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