治水と創造(レギュレーション)
水脈庁の処理室。湊は、零の暴走する『カスケード』と、神崎が解放した世界の負の奔流『最終的な濁流(グランド・ストリーム)』を、自らの『回路』に流し込み、世界の法則を書き換えようとしていた。
「ぐあああああッ!」
湊の肉体は限界を超えていた。全身の血管が浮き上がり、彼の『回路』は焼き切れ寸前だ。零の「救済の願い」を核にチューニングを行っているが、神崎の「グランド・ストリーム」に凝縮された世界の「絶望」のエネルギーが、あまりにも強大すぎた。
「無駄だ! 破壊には、より大きな破壊をぶつけるしかない! 君の『治水技術』は、この奔流には耐えられない!」神崎は、勝利を確信した狂気の笑みを浮かべていた。
その瞬間、拘束ネットに包まれたままの涙(るい)が、激しい光と音に反応して、ゆっくりと目を開けた。
「う…ここは…」
涙は、目の前の信じられない光景に混乱した。光に包まれながら苦しむ湊と零。そして、その二人を見下ろす神崎。状況は理解できないが、彼の心には、湊の『回路』から漏れ出す、「誰も犠牲にしない」という強い「意志の残響」が、激しく響いていた。
湊は、その微かな残響の変化を捉え、血走った目で涙の方を振り返った。
「涙…! 目を覚ましたのか!」湊は、もはや言葉を絞り出すのも困難だった。「頼む…俺を…助けてくれ!」
涙は、全身を縛るネットの中で震えた。自分はまた、誰かを傷つけるのではないかという恐怖が彼を襲う。
「俺は…俺の力は、濁流なんだ…破壊しか…」
「違う!」湊が叫んだ。「お前の『濁流』は、破壊じゃない! 世界に絶望したくないという、誰にも届かなかった悲願だ! その『意志』を…俺に流せ!」
湊の必死な呼びかけと、彼の回路から伝わる「救済」の純粋な意志が、涙の凍り付いた心を溶かした。涙は、初めて自分の力を、破壊ではない、誰かを助けるための力として意識した。
涙は、全身の力を振り絞り、零へと震える手を伸ばした。
【カスケード共鳴:涙の悲願の注入】
涙の体から、微かに紫色の光が立ち上る。それは、彼の「世界に絶望しない」という切実な願いの結晶だった。その紫の光は、湊の『回路』を媒介とし、零の『カスケード』と、神崎の『グランド・ストリーム』へと流れ込んだ。
湊は、涙の悲願という、極めて強靭で安定した「意志の核」を得た。この核は、零の「救済」と、グランド・ストリームの「絶望」という、二つの巨大な力を結びつけ、破壊ではなく、統合へと向かわせる。
「融合しろ…! 誰も否定しない、新しい世界の法則を創るんだ!」
湊は、零の願いと、涙の悲願の融合体を、神崎が解放した『グランド・ストリーム』全体へと、最後に残された全エネルギーを込めて流し込んだ。
その瞬間、処理室の壁は光の奔流に耐え切れず砕け散り、青、黒、そして紫の光が、地下から東京の夜空全体へと噴き上がった。
神崎は、自らが解放したはずの『グランド・ストリーム』が、自らの支配を完全に離れ、「静止」ではなく「創造」の波動を放ち始めたことに気づき、初めて絶望に顔を歪ませた。
「バカな…バカな! 私の法則が…私の『静止計画』が、たった三人の子供如きの感情に敗れるだと!」
神崎の傲慢な「意志の法則」は、湊がチューニングした、「すべての『意志』が、そのままで世界に存在する価値を持つ」という新しい法則に、完全に上書きされた。
光が収束する。
処理室は崩壊し、瓦礫の山と化していた。神崎は、全身の力を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。彼の顔は、世界を掌握する者の傲慢さから、すべてを失った敗者の虚無へと変わっていた。
湊は、床に倒れ込みながらも、意識を保っていた。彼の右腕の『回路』は、エネルギーを放出しすぎて、光を失い、単なる古びた紋様に戻っていた。隣には、疲弊しきっているが、静かに眠る零と涙がいた。
そのとき、瓦礫の中から、御影沙織が姿を現した。彼女は追跡部隊の目を逸らし、この中枢へと戻ってきたのだ。
沙織は、神崎に近づき、冷たい目で見下ろした。「神崎様。あなたは、世界のバランスのために、弟を切り捨てた。そして今、あなた自身が、『誰も切り捨てない世界』という新しい法則に、排除されました」
彼女は、零と涙を静かに見つめた。
「新しい水路は、開かれたわ」
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