訓練と監視
神崎による「世界の開示」を終えた湊と零は、御影沙織管理官に導かれ、水脈庁の訓練施設へと連行された。施設は、巨大なドーム状の中枢からさらに地下深く、防音とエネルギー吸収に特化した無機質な空間だった。
「ここが、あなたたちが力を安定させるための『調整室(レギュレーション・ルーム)』よ」
沙織は、壁一面が特殊な青い金属で覆われた部屋を指差した。
「あなたの『カスケード』は、感情と直結している。まずは、あなたの『意志』の純度を保ち、破壊的な放出ではなく、安定した創造のエネルギーとして維持することに慣れてもらう」
「湊。あなたの役割は、零の『流れ』が不安定になった時、即座に『回路』でチューニングを施し、暴走を防ぐこと。あなたの『治水技術』は、零の生命線よ」
沙織の指導は、学校での姿とはかけ離れて、冷徹で厳密だった。
訓練が始まった。零は部屋の中央に立ち、目を閉じて意識を集中する。
「湧き上がらせて。あなたの『カスケード』を。ただし、破壊衝動ではなく、存在証明の願い、あの夜空に翼を描いた時の感情だけを」
零の体から、青い光の粒子が立ち昇り始める。しかし、その光は安定しない。彼女の心にわずかでも孤独や不安がよぎると、光は瞬時に濁り、部屋の壁を叩くような衝撃波を放つ。
「ダメよ、零。その濁りは、周囲の物質の法則を乱している。この訓練室の外に出れば、ガラス一枚簡単に砕くわ」沙織は冷静に警告する。
零は汗だくになり、力を制御できない自分に苛立ちを覚えた。
「くっ…できない! 溢れる!」
零の『カスケード』が暴走しかけた瞬間、湊は反射的に右腕を零に向けた。
【チューニング開始:パターン:安定(スタビライズ)】
湊の右腕の「回路」が、わずかに光を放つ。彼は、自らの意識を零の奔流に接続し、その濁った流れの波長を読み取る。濁りの原因は「恐怖」だ。
彼は、その恐怖の波長に、自分が昨夜感じた「導き」の情報を流し込む。流れを止めず、その方向だけを上向きに修正する、繊細な作業。
「怖がるな、零。流れは止めなくていい。ただ、俺に預けろ。俺が、その流れを、形にする」湊は、心の中で零に語りかけた。
すると、零の瞳に一瞬だけ力が戻った。彼女の奔流は、濁りを失い、再び純粋な青い光へと変わった。その光は、湊の「回路」から流し込まれた「形」に沿って、零の周囲に、小さな水の膜のような安定したフィールドを構築した。
「成功よ」沙織が記録端末を見ながら言った。「二人の能力は、驚くほど連動する。湊の『治水技術』は、零の強すぎるエネルギーの受水槽(レシーバー)として機能する。これを繰り返せば、実戦投入も可能になる」
湊は、激しい疲労を感じながらも、零の安定した光を見て安堵した。
その日から、二人の訓練は続いた。昼間は、表面上は高校生として過ごし(沙織が担任教師にうまく手を回していた)、夜間は地下の調整室で、世界の管理者となるための訓練を重ねる。
訓練の中で、湊は零の感情の流れを読み解くことが、自分の能力にとって不可欠であることを知った。零が不安であれば、彼の回路も不安定になる。零が純粋な願いを持てば、彼のチューニングは完璧な力を発揮する。
二人の間には、単なる協力関係ではない、能力と意志を共有する強い絆が生まれつつあった。
しかし、水脈庁の監視は厳しかった。訓練を終え、ベッドで横たわっている時でさえ、沙織の「アンダースタンド」の能力は、常に二人を監視し、その感情の揺らぎを記録しているかのようだった。
ある日の訓練後、零が静かに湊に尋ねた。
「湊。神崎さんは、私たちの力を『世界の平和のため』と言ったけれど…」
零は不安そうに、湊の顔を見上げた。
「もし、この力が、本当に誰かを傷つけることになったら、私たちはどうすればいいの? あの夜の翼は、救済だった。でも、この水脈庁で、私たちがやらされることが、もし『濁流』を排除する破壊だったら…」
湊は、右腕の「回路」を静かに見つめた。彼は、あの夜の感動を忘れていない。彼の「治水技術」は、破壊のためではない。
「俺は、俺たちの流れを、破壊に使わせるつもりはない。俺の回路は、流れを導くものだ。もし、この水脈庁が、俺たちの意志に反する使い方を強要するなら…その時は、その流れごと、世界を変えてやる」
湊の決意を聞き、零はそっと微笑んだ。彼女の青い光は、その決意に呼応するように、僅かに強くなった。
二人は、水脈庁という巨大な管理体制の中で、互いの能力と意志を支え合いながら、世界の秘密と、組織の真の目的へと、深く踏み込んでいくのだった。
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