世界の開示
巨大なドーム状の空間「水脈庁」の中枢。統括責任者である神崎 悟は、青白い水晶体のコアの前で、湊と零を迎え撃った。
「世界の『浸水(インフレーション)』…」湊は、黒い亀裂の映像に釘付けになったまま、呟いた。
「そうだ。世界の法則が、人々の『意志の残響』によって作られている以上、その残響が暴走すれば、現実そのものが不安定になる」神崎は冷徹な口調で続けた。
「我々『水脈庁』は、この都市、そして世界の『意志の残響』を安定させるための機関だ。日々、人々の無意識の願いや感情をこの巨大なコアで計測し、過剰なエネルギーを『整流(レギュレーション)』している。それによって、世界はかろうじて『現実』として機能できている」
神崎は、零を見た。
「君の『カスケード』は、あまりに純粋で巨大だ。それは、この整流のプロセスを完全に飛び越えてしまう。制御されなければ、一晩で渋谷を、一週間で東京を、『浸水』による崩壊に追い込むだろう。故に、君の力は特異点であり、我々の監視下に置かれる必要がある」
次に、神崎は湊を見た。
「そして君だ、雨宮 湊。君の持つ『回路』。それは、暴走する奔流に法則を流し込み、破壊を創造へと変換する、極めて希少な『治水技術(チャンネル)』だ。この世に、君のように直接『残響』に干渉し、その流れの質を操作できる人間は他にいない」
湊は、自らの能力が持つ重要性を初めて具体的に理解し、体中に電流が走った。彼の孤独な「積み重ね」は、世界のバランスを保つための唯一無二の鍵だったのだ。
零は、静かに聞いていたが、ここで一つの疑問をぶつけた。
「待って。神崎さん。あなたは、湊の能力が極めて希少だと言いました。なら、なぜ、この御影沙織先生は、私たちが何も話していないのに、湊の『回路』の存在を知っていたんですか?」
零の鋭い指摘に、神崎はわずかに微笑み、隣に立つ沙織を一瞥した。
「良い質問だ。君も『カスケード』を持つだけあって、洞察力が高い」
沙織は一歩前に進み出た。その表情は、依然として冷静そのものだった。
「私は、あなたたちと同じ『残響』に干渉する能力者よ。ただし、戦闘や制御のための力ではない」
沙織は、静かに自分の胸を指した。
「私の能力は、『アンダースタンド(理解)』と言って他者の『意志の残響』の流れを読み取りその性質や、隠された能力の有無を、瞬時に正確に把握できる」
「つまり、あなたが湊を最初に見たときから…」
「ええ。あなたの『カスケード』は、あまりに巨大で、誰にでもわかる。だが、雨宮君の『回路』は、意図的に力を抑え込んでいるため、普通のエージェントでは気づけない。私は、そのわずかな『流れの差異』を読み取り、彼が世界を『チューニング』できる人間だと、一瞬で理解した」
沙織は、冷たい目で湊を見据えた。
「だから、雨宮君。あなたが私に嘘をつき、逃げようとした時点で、すべては無駄だったの。私は、あなたが『特異点』を連れ込んだことを、あなたの『残響』の揺らぎから知っていたわ」
湊は、世界に開かれた自らの秘密が、これほど身近な人物に、すべて見透かされていた事実に、深い戦慄を覚えた。彼の孤独は、この瞬間、完全に終わりを告げた。
神崎は、再び中央のプラットフォームへと戻った。
「さあ、世界の真実を知った君たちに、拒否権はない。君たちの力は、世界の平和のために使う義務がある。今日から、君たちは水脈庁のエージェントとなる」
「まずは、君たちの力の安定化だ。特に零。君の『カスケード』は、創造的なエネルギーとして安定しなければ、いつまた世界を浸水させるかわからない」
神崎は、厳かに告げた。
「御影管理官。彼らを訓練施設へ。今日から、治水技術者と流れの担い手としての訓練を開始する」
沙織は無言で一礼し、湊と零に背を向けた。
「行きましょう。世界の裏側で、あなたの『流れ』をどう使うか、見定めてもらうわ」
湊と零は、重い使命と、沙織という恐るべき監視者を伴い、世界の核心で、新たな戦いのための第一歩を踏み出したのだった。
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