教師の審問と取引
湊は、冷ややかな視線を向ける御影沙織先生を前に、完全に言葉を失った。
「違います、先生! 僕はただ…彼女が本当に危険な状態だったから…」
「危険な状態、ね」沙織は、ベッドで眠る零に再び目を向けた。「急病で倒れたという割に、彼女は息をするたび、まるで体内で熱を燃焼させているかのように高熱を帯びている。そして、外部で倒れていたというにしては、服の乱れも汚れも一切ない」
沙織は、冷静に、しかし一切の容赦なく湊の矛盾を突く。彼女の鋭い洞察力は、まるで湊の心の中の嘘を、一つ一つ指差しているかのようだった。
「雨宮君。あなたは普段から、誰にも見えない何かにおびえているような、奇妙な空を見上げている生徒だったわ。そして今、あなたは、見知らぬ少女を深夜の学校に運び込んだ。正直に答えなさい。この子の異常な状態と、あなたの行動には、どんな繋がりがあるの?」
湊は、額に冷や汗が伝うのを感じた。沙織先生は、ただの保健教師ではない。その尋問は、まるでベテランの捜査官のようだった。ここで曖昧な言葉を続ければ、彼女は警察に通報するだろう。それは、零の存在、そして彼の「回路」の秘密が、世間に露呈する最悪のシナリオだ。
彼は意を決し、最小限の真実を伝えることを選んだ。
「彼女は…僕と同じで、人には見えない力を持っています。今夜、その力が暴走して、街に大きな影響を与えそうになった。僕はそれを止めるために…」
「止めるために、あなたの右腕の『回路』を使った、と?」
沙織の言葉に、湊は息を止めた。
彼女は、湊のわずかに震える右腕——誰も見えないはずの「回路」の紋様が刻まれた腕——を、正確に指差したのだ。
「な……ぜ、それを」
湊の顔から血の気が引いた。彼はこの秘密を、誰にも話したことはない。葵ですら、彼の孤独な行動を心配するだけで、その能力の具体的な形までは知らないはずだ。
沙織は、淡々と、感情を排した声で続けた。
「驚く必要はないわ、雨宮君。あなたのその『治水技術(チャンネル)』と、このベッドで眠る子の『カスケード』は、世界の裏側、都市のエネルギー『意志の残響(エコーズ)』を管理する我々にとって、非常に重要な鍵だからよ」
沙織は白衣のポケットから、IDカードを取り出し、湊の目の前に掲げた。そこには、学校の職員証とは似ても似つかない、銀色のエンブレムと「特務機関 水脈庁:管理官 御影沙織」という文字が刻まれていた。
「私は、あなたたちが今夜引き起こした異常事態を監視していた、特務機関のエージェントよ。そして、あなたたちの能力は、すでに『特異点』として記録されている」
沙織は静かにIDカードをしまい、湊の目を見て言った。
「その力は、世界のバランスを崩壊させることもできれば、その崩壊を防ぐこともできる。あなたたちが排除対象となるか、それとも管理対象となるか、それは私次第よ」
彼女は、零のベッドの脇にあるパイプ椅子を引いて、腰掛けた。その一連の動作には、迷いや焦りなど一切ない。彼女は、すべてを掌握していた。
「私たちは、あなたたちを『水脈の底』へ連れていく必要がある。世界の真実を知り、その力を正しい形で使う、ガーディアン(管理者)としてね」
沙織は、一呼吸置いて、最終的な通告をした。
「選択肢は二つ。ここで私に協力し、零を安全に保護される道を選ぶか。それとも、このまま逃走を試み、世界の秩序を乱す『濁流』として、強制的に排除されるか」
湊は、気を失った零と、冷たい眼差しの沙織を交互に見つめた。彼の孤独な戦いは終わり、否応なく、世界の巨大な秘密へと巻き込まれようとしていた。
『この世界を僕らにしか 創り出せない未来へ変える』
その決意を、彼は今、この冷たい保健室で試されていた。
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