顕現と邂逅



湊の「チューニング」が完成した瞬間、青い光の奔流は、破壊的なエネルギーから、創造的な現象へと変貌した。


夜空に顕現した巨大な翼は、一瞬の輝きを放った後、音もなく静かに砕け散り、光の粒子となって人々に安堵感を撒き散らし、街の機能は回復し、カスケードは収束した。


零は膝をついたまま、しばらく動かなかった。力は尽きたが、彼女の顔には初めて、満たされたような、穏やかな笑顔が浮かんでいた。


『誰にも見えない場所で 鳴り響いた音に 気がついてくれたなら』


零は、ゆっくりと立ち上がろうとした。そのとき、彼女の体から最後の青い光が消え、全身の力が抜けた。


「ありがとう。流れを...」


彼女は最後まで言い切ることができず、そのまま前のめりに、湊の胸へと倒れ込んできた。


「零!?」


湊は慌てて彼女を抱き留める。彼女は気を失っているようだった。肌に触れると、体温が異常に高かった。あの巨大なエネルギーを放出した反動で、彼女の肉体は限界を超えて疲弊していたのだ。


「これほどの力だ。そう簡単に済むわけがないか…」


湊の右腕の「回路」も、完全に光を失い、疲弊しきっていた。彼は周囲に人目がないことを確認し、倒れた零を背負い上げた。このまま雑踏に戻るわけにはいかない。彼は、誰にも見つからずに零を休ませる場所として、通い慣れた高校の保健室を目指した。


---数十分後---


湊は、合鍵で裏門を抜け、校舎の奥にある保健室にたどり着いた。

零をベッドに静かに寝かせ、冷たいタオルで額を拭き、毛布を肩までかける。彼女の顔色はまだ優れないが、呼吸は規則的だ。


湊は、そこでようやく緊張が解け、パイプ椅子にへたり込んだ。疲弊しきった右腕をさする。


「俺は、その流れを導くための、水路になれる……か」


湊は、自らの力を初めて人前で使った興奮と、その後の極度の疲労感に包まれていた。零をどうするべきか。彼女をこのまま学校に置いておくわけにはいかない。かといって、意識のない彼女をアパートに連れていくのは危険すぎる。


彼は、孤独な解析者として積み重ねてきた知識以外に、世界の裏側で何が起こっているのか、何も知らない自分に気づいた。自分たちの力は、これから何を引き起こすのだろうか。


「私たち、これからどうなるんだろう?」


零が尋ねた言葉が、頭の中でこだまする。湊は、答えを見つけられずに、ベッドの零をただ見つめていた。


そのとき、保健室のドアがカチャリと音を立てて開いた。


夜間の静寂を破って現れたのは、学校の保健教師、御影 沙織(みかげ さおり)だった。黒いタイトスカートに白衣を羽織り、髪をきっちりまとめた、常に冷静沈着な女性だ。彼女は、手首にかけた時計を一瞥した。


「あら、雨宮君。もうこんな時間よ?」


沙織は、少し呆れたような、しかし冷静な声で言った。


「下校時間なんてとうに過ぎているわ。しかも、なぜか裏門の鍵が開いていたし。まさか、誰かを連れ込んで…」


彼女の視線が、ベッドに横たわる零を捉えた。


沙織は、状況を即座に把握し、表情一つ変えずに歩み寄った。彼女は零の顔を覗き込み、額に手を当て、脈を測る。


「…この子は、誰? あなたのクラスメイトには見覚えがないけれど」


湊は、咄嗟に言い訳を探した。

「あ、その、彼女は…知り合いの妹で! 急に具合が悪くなってしまって。外で倒れていたので、とりあえず安全な場所に…」


沙織は冷ややかな目を湊に向けた。


「ふぅん。下校時間外に、校則を破って見知らぬ女子を連れ込む。随分と、行動力があるのね。しかも、外で倒れていたにしては、彼女の服に汚れ一つないわ」


沙織は、ベッドサイドに置かれた湊の通学カバンを一瞥した。


「で、結局のところ、あなたは何を企んでいるの? 泊まり込みでもしたいの、雨宮君?」


湊は背筋が凍った。冷静な沙織の目には、明らかに疑惑の色が浮かんでいる。彼は、自らの秘密の領域に、不用意に現実の教師という要素を引き入れてしまったことを悟った。


「違います、先生! 僕はただ…彼女が本当に危険な状態だったから…」


湊が言葉を詰まらせるのを見て、沙織は小さくため息をついた。


「とにかく。理由は何であれ、学校の施設を私的に利用することはできないわ。この子をどうするつもり?」


湊は、答えに窮した。彼の目の前には、未だ意識の戻らない零、そして、あまりにも鋭すぎる教師の視線。


この状況をどう乗り切るか、そして、この教師にどこまで秘密を隠し通せるか。二人の戦いは、世界の裏側だけでなく、今、この現実の保健室で始まっていた。

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