第16話 怪物、本領発揮


6回裏 二死満塁


夏目がマウンドに立つと、それだけで球場の空気がピンと張りつめた。

レフトから歩いてきただけなのに、スタンドがざわつき始める。


観客たちは思い思いに声を漏らした。


「えっ、あのデカいの投げるの?」

「さっきレーザービーム投げたやつだろ?」

「球速やばそう……」


捕手の佐藤は、震える手でミットをはめながら青ざめていた。


(……マジかよ。俺、あいつの球捕れるのか……?)


恐る恐る声をかける。


「な、夏目……! 一応聞いとくけど……お前さ……変化球、何か持ってる?」


夏目は当たり前のように首を傾げた。


「何か持ってたほうがいいのか?」


(……まさかのゼロ!?)


斉藤は思わず声をひっくり返す。


「えっと……普通は……スライダーとかカーブとかフォークとか……向こうのエースもそれで打ち取ってたし……」


夏目は淡々と答えた。


「じゃあ、覚えればいいんだよな? スライダー、カーブ、フォーク」


「……いやいやいやいや待て!! “じゃあ覚える”じゃなくて!! 投げられるのか聞いてんだよ!!」


「ポイントで今取ったから投げれるぞ」


「………………は?」


「だから、今“ポイント”を使って……」


「ちょっと待て!!! 何言ってんのか1ミリもわからねぇ!! ポイントって何!? どっから発生してんの!? 今使ったら変化球覚えたの!? お前だけパ〇プロしてんの!?」


夏目は静かに言った。


「説明しても分からないと思う」


「……もう分かったよ!! 説明する気がないのは分かったよ!!じゃあ、指が1本の時はストレート、2本でスライダー、3本でカーブ、4本でフォークな」


佐藤の中で、

“夏目とは深く考えたら負け”

という新しい価値観が生まれた。


佐藤はミットを構える。

(まずはストレート……様子見するしかねえ!! まともに捕れる気しねえけど!!!)


夏目が軽く腕を振った。


ドッッッ!!


球場の照明が揺れるほどの衝撃音。

バックネット裏の電光表示が跳ね上がる。


《170 km/h》


「は!?!?!?」

「えっ……170!?高校生で!?」

「プロでもこんな出ねぇよ!!」


打者は目を見開いたまま硬直していた。


「み、見えねぇ……!」


そして、勿論キャッチャーの佐藤も硬直し、怖すぎて目を瞑っていた。


(いやいや、はっっや!?! 怖すぎるわ!!!しかも、気づいたらミットの中にボールあるんだが!? コントロールも化け物かよ……)


夏目本人は淡々としている。


(……これが170キロか)


ポイントで球速を170キロ、コントロールをSに振り切った感覚に気づきつつも、

それが自分の“本来の力”だとはまだ理解していなかった。


佐藤は震える指でサインを出す。


(……どうせ無理だろうけど、ストレート怖いし一応他の見とくか…)


夏目が頷く。


(指が2本はスライダー)


「……え?」


次の瞬間――。


シュバァァァァァッ!!


右から左へ、異常な角度で滑り落ちるボール。

打者は腰を抜かしそうになった。


「なっ!? 曲がり方おかしい!!」


「ストライク!!」


球場がどよめく。


「おいおいおいおいおい!!」

「今のスライダーなの!?」

「魔球じゃん!!」


続くサインを出しながら、佐藤は泣きそうになっていた。


(取れないかもしれない……!! よし、決めた!!俺は夏目を信じて構えて目を瞑る!)


佐藤の指の数を確認し夏目が構える。


(4本か……)


夏目が振りかぶって投げる。

ストレート軌道から、突然ストンッと落ちるボール。

構えたミットに綺麗に収まる。


「ぎゃああああああ!!」


「ストライク、バッターアウト!!」


三球三振。

二死満塁から陵西高校の心を折る投球であった。


ベンチの中村は絶叫する。


「夏目ぇぇぇええ!!! お前……やっぱり怪物じゃねえか……!!!」


伊藤はスコアブックを抱きながら、静かに目を細めた。


(夏目くん……野球したことないはずなのに……)



捕手・佐藤は、ベンチに戻りミットを抱えて深くため息をつく。


「死ぬかと思った……」


佐藤にとって、夏目のストレートは今まで生きてきた中で一番の恐怖体験になっていた。

放心状態の佐藤に中村が声をかける。


「佐藤もすげぇよ!!あんな球他のやつじゃ絶対取れねえよ!!」


「ま、まあな……(目瞑ってなかったら捕れてねえよ……)」


中村が興奮して叫んだ。


「夏目!!お前なんだよ!野球したことねえって絶対嘘じゃねえか!スリークォーター気味で投げっぷりいいし、ストレートも変化球もヤバすぎだろ!」


「ポイントのおかげだ」


「「「いや、ポイントって何!?」」」


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