第17話 届く範囲はストライク
「8回裏――ランナー一二塁、ボール球を3ランにする男」
スコアは依然として 4 - 3、開明1点ビハインド。
7回表は3・4・5番があっさり倒れた。
「お前らそれでもクリーンナップかよ!」というベンチの心の叫びが聞こえた。
⸻
8回表、6番から
6番・渡辺
村上のストレートがインコースに食い込む。
バチンッ!
「いってぇぇぇ!!」
審判が静かに手を挙げた。
「デッドボール!!」
ベンチで中村が勢いよく立ち上がる。
「よっしゃぁぁぁ!!ナイス渡辺!!よく当った!!」
渡辺は涙目で中村を睨んでいた。
観客席がざわつく。
「おお、ランナー出た!」
「1点差だし、ここで繋がれば……!」
7番・金森
動揺した村上の投球はカウントを悪くしていく。
やがて審判がコールした。
「フォアボール!!」
ノーアウト一・二塁。
8番・加藤
加藤は今年入った唯一の1年生であり、勿論野球経験は0。
中村は辛辣な指示を出す。
「加藤!次は夏目に回る!わかってるな……絶対振るなよ。ゲッツーなんて洒落にならんからな……」
「先輩、勿論です!!どうせ振っても当たらないので立ってきます!」
加藤はしっかり弁えていた。
あまりにも清々しく返事が帰ってきた為、中村はなんだか申し訳なくなった。
全く振る気がない加藤がバッターボックスに立つ。
そんな事を知らずに、村上はネクストサークルに立つ夏目に怯えながら投げた。
審判が手を上げる。
「ファーボール!!」
ノーアウト満塁。
アナウンスが球場に響き渡る。
「九番・夏目くん」
球場の空気が一段階重く沈んだ。
バットを持った夏目が、ちらりとベンチを見る。
少しだけ不安そうに眉を寄せながら訊いた。
「中村、ボール球って打ったらダメなのか?」
中村が頭を抱えた。
「またその話かよ!?
ダメじゃねぇよ! 打っていいよ!!
でも“狙うな”って言っただろ!?
ファーボールでも押し出しなんだから、ストライク以外は振るなよ!!絶対だぞ!!」
夏目は素直なのか鈍いのか、曖昧な相槌を返す。
「……そうか。分かった」
(※「打っていい」はしっかり聞いて、「振るな」はほぼ聞いてない顔)
中村が震えた声でつぶやく。
「いや絶対わかってねぇ……
その顔はどう見ても“打つ気満々”の顔なんだよ……!!」
伊藤がスコアブックの端に静かにメモした。
《※夏目:ボール球への倫理観がゆるい》
「そのメモはフラグみたいだからやめて!!」
中村の悲鳴がベンチに響いた。。
ノーアウト満塁。
一打逆転の場面。
マウンドの村上は、内心で固く決意していた。
(ストライクだけは、絶対に投げない……!
ストライク=ホームランって、もうさっきので学んだ……)
キャッチャーの西田が小声で念押しする。
「いいか村上、外せ。押し出しで同点でもいい。
この場面で真ん中だけは投げるなよ」
村上と西田は通じあっていた。
「ありがとう!!」
⸻
第1球。
大きく外角へ外れたボール。
審判「ボール!」
夏目は無表情で見送る。
観客の声が飛ぶ。
「うわっ、マジか。押し出し選ぶのかよ……」
「流石に怖すぎるよな」
(……またストライク投げないのか)
夏目が小さく息を吐く。
⸻
第2球。
外角高め、これまた完全なボール。
審判「ボール! ツーボール!」
(よし、これだけ外なら心配はねぇ……)
西田が胸を撫で下ろす。
(……次も外だよな)
夏目は目を細めた。
⸻
第3球。
さらにえげつない外角低め。
というより、ほぼワンバウンド。
(これなら絶対打てねえ……)
西田が確信した瞬間――
夏目のバットが、地面すれすれまでスッと下がった。
「振るの!?!?!?」
捕手の声が裏返る。
ベンチで中村が絶叫する。
「やめろぉぉぉぉぉ!!
それは“狙うな”って言ったボールだぁぁぁ!!」
夏目は、ほんの少しだけ楽しげに呟いた。
「……ここだな」
カァァァァァァン!!
右翼への高々とした弾道――逆転満塁ホームラン
ボール球とは思えない角度で――
打球は右中間スタンドの最深部に吸い込まれた。
観客が悲鳴に近い歓声を上げる。
「はあああああああああ!?!?!?」
「今のボール球だぞ!?!?」
「ゴルフみたいに打ちやがった!!!!」
スコアボードがゆっくりと変わる。
3 -4 → 7 - 4 開明逆転。
球場全体が、一拍置いて爆発した。
中村が頭を抱えたまま叫んだ。
「だから“狙うな”って言っただろうがぁぁぁぁ!!!」
夏目は淡々と言い返す。
「打っていいって言っただろ」
「前半だけ切り取るな!!
“打っていいけど狙うな”って言ったんだよ!!!」
中村が地面に崩れ落ちる。
「でも打てそうだったし」
夏目は本気で不思議そうだ。
「理由が雑ゥゥゥゥ!!」
中村が泣き叫ぶ。
伊藤が静かにメモを取った。
『※夏目:ボール球=“打ってもいいし、むしろ飛ばせる”という認識』
佐藤(キャッチャー)が深いため息をつく。
「選球眼って知ってるか……?」
夏目はタオルで汗を拭きながら答えた。
「選んでるだろ。だが、届く範囲はストライクだ」
「それを“選球眼”とは言わねぇ!!!!」
全員の声が揃った。
夏目はベンチでタオルをかぶりながら、
本当にただの感想としてぽつりと呟く。
「……ボール球、打つと意外と気持ちいいな。飛び方が派手だ」
「誰目線だよお前!!!」
中村が涙目でツッコんだ。
そしてスコアは 7 - 4のまま8回裏、9回表と終わり、9回裏へ。
中村が気を取り直し、声を張り上げる。
「さあ、夏目!!
あと3人!!
自分で逆転して、自分で締めて、自分でこの試合を決めてこい!!」
夏目はキャップをかぶり直し、ゆっくりとマウンドへ向かう。
投げるだけで球場がざわめく怪物が――
今度は “試合の終わらせ方” を見せる番だった。
------------
あとがき
すみません、本当は作品の邪魔になるので書きたくなかったんですけど、できるだけ色んな方に読んでもらいたいので書かせて頂きます。
感想がめっっっっちゃ欲しいです!
これからも毎日頑張って書くので、評価のほうよろしくお願い致します!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます