第6話 放課後ランニングと“中村ブロック”突破戦
放課後。
夏目は廊下の窓越しに、校門へ続く道をそっと確認していた。
(……いないな。今日こそ逃げ切れる)
中村は執念深い。
昼休みはもちろん、帰り道にも奇襲してくる。
昨日は下駄箱の中で待ち伏せされていた。
一昨日は校門の裏で逆さ吊りみたいな姿勢で潜んでいた。
(あれどうやってたんだ……?)
今日は違った。
夏目は緻密に動いた。
荷物は先にロッカーへ。
靴は廊下で履き替え。
階段は最短ルート。
そして――校舎裏のフェンス沿いを使う。
完璧すぎる計画だった。
……だったのだが。
「夏目ぇぇぇえええ!!!」
声が空を裂いた。
(……上!?)
見上げると、校舎二階の窓から中村が身を乗り出していた。
「今日こそ!!話を!!聞けぇぇ!!!」
「危ねぇよ!落ちるぞ!!」
「落ちても進む!!俺は後悔しねぇ!!」
いや、それは後悔しろ。
夏目はスッと方向転換し、裏門へ走る。
だが中村はすでに飛び降りて――
(飛んだ!?)
「待て夏目ーーー!!」
着地と同時に走り出してきた。
(なんで無傷なんだよ……)
しかし夏目の脚力は鍛えられている。
デイリークエストの走力強化の成果は伊達じゃない。
校門に向かってダッシュ。
風を切りながらスマホを取り出し、伊藤に連絡する。
≪逃げ切れそう≫
送信。
返信はすぐ来た。
≪了解。では校門で≫
(……約束してしまった)
その瞬間――夏目の背後から
「夏目ぇぇぇぇっっっ!!」
地鳴りのような足音。
(まだ追ってきてるのかよ……)
中村は息を切らしながらも叫ぶ。
「今日は!!マジで!!来いって!!」
「悪い、用事あるんだよ!」
「何の用事だよ!!逃げんな!!」
「……ランニングだ」
「ランニング!?誰と!?」
「伊藤」
中村は急ブレーキを踏んだ。
ズザザザァァァァ!!
「…………は?」
夏目は夏目で止まらず走り続ける。
中村の顔が、徐々に焦げるように変色していく。
「い、い、伊藤……って……あの学年1の美少女の……?」
「たぶん……そうだよ」
「えっ……なんで……?」
「誘われた」
「誘われたぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
グラウンドに響く打球音より大きい声だった。
「なんで!?どういう流れ!?俺なんで聞いてないの!?なんで俺だけ知らないの!?ていうかお前、いつの間にそんなイベント起こしてんの!?」
質問が多い。
夏目は全て無視して走り抜け、校門へ。
⸻
◆ ランニング開始
校門前の歩道で伊藤が待っていた。
風に黒髪が揺れる。
制服姿のまま、スポーツバッグを肩にかけている。
「来たわね、夏目くん」
「……ああ。なんとか」
伊藤は笑った。
「中村くん、今日もすごい声してたわよ」
「聞こえてたのか……」
「校舎全体に響いてたもの」
(そりゃ逃げたくもなる)
伊藤は歩き出しながら言う。
「じゃあ行きましょう。
まずは軽く、2キロくらい」
「……結構あるな」
「あなたならできるでしょ?
ほら、走ってるときって色々考えが整理されるわよ」
実際、夏目は走ると頭がクリアになる。
勉強も捗る。
筋トレも続く。
だが今は、それ以上に。
(……なんでだろ)
隣を走る伊藤のペースが、心地よかった。
彼女は走る姿も綺麗だった。
肩のブレが少なく、呼吸も安定している。
もしかしたら彼女も、夏目と同じように“努力中”なのかもしれない。
ふと、伊藤が口を開く。
「ねぇ夏目くん」
「ん」
「あなたって……なんでそんなに頑張れるの?」
夏目は言葉に詰まった。
「別に頑張ってる自覚ねぇよ。
……ただ、なんか、気づいたらやってるってだけだ」
「ふふ。あなたらしい答えね」
伊藤は爽やかに笑う。
「でも、そういう人って……気づいたら、とんでもない場所に立ってたりするのよ」
意味深というより、純粋な評価の声だった。
そして伊藤は、少しだけ前を向いて言った。
「だから……いつか“結果”が出たらいいわね。
あなたが見逃さないように、私が隣で見ておいてあげる」
夏目の心臓が跳ねた。
(……なんだよそれ)
ランニングはその後も続いた。
夏目にとって、初めて“走るのが楽しい”と思った日だった。
⸻
◆ その夜
風呂上がりのスマホ。通知が光る。
≪今日は楽しかった。また走りましょう≫
夏目は少し悩んでから返信した。
≪おう≫
たった二文字なのに、胸の奥が熱くなる。
中村がどれだけ勧誘しても心が動かなかったのに。
伊藤と走っただけで、世界が少し変わるなんて。
(……なんなんだよ、ほんと)
夏目は布団に倒れ込み、静かに目を閉じた。
筋肉痛でも、課題でもない。
妙な“ドキッ”が胸に残っていた。
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