第5話 屋上で出会った彼女
昼休み。
夏目は屋上で購買のパンを片手にランチタイムを送っていた。
理由はひとつ。
――中村から逃げるためである。
あいつは毎日のように話しかけてくる。
「今日こそ顔合わせ来いよ!」
「なぁ夏目! キャッチボールしようぜ!!」
「せめて遠くから同好会の存在を見守ってくれ!!」
(……いやだ)
幽霊部員でいいという話だったのだが……
あと、純粋にうるさい。
夏目は中村を避けながら学校生活を送る必要があると考えていた。
そのとき--ガチャ。
黒髪ロングの女子が現れた。風に揺れる髪、凛とした立ち姿。見覚えがあるような、ないような。
「隣、座っていい?」
「ああ……」
中村以外に話しかけられたことに驚き、思わず固まる。
「君、噂の夏目孝太郎よね。近くで見るとさらに大きいわね」
「……」
彼女はスっと前髪を耳にかけた。
「一年C組の伊藤玲奈。入学式で新入生総代やってたのだけど……覚えてるかしら?」
「あー……あの時の」
彼女は淡々と弁当を食べ始めたが、頭良さそうオーラが凄い。
「聞いたんだけど、本来新入生総代になるはずだったトップの子が断ったらしいわね。……誰かしらねぇ?」
(これは、知られてるな……)
「悪い、俺だ」
「怒ってないわよ。ただ、悔しかっただけ」
ストレートな性格でわかりやすい。
嫌な奴ではなさそうだ。
「……その弁当うまそうだな」
「褒めてもあげないわよ?」
「いや別に欲してねぇよ!」
どうやら料理上手らしい。
「あなたいつもコンビニパンでしょ?栄養偏るわよ」
「まあな。ってか、それ作ってんのか?」
「当たり前でしょ。健康管理は勉強の基本よ」
夏目は反論できなかった。
「あなた……最近、毎日ここに来てるでしょ?」
「なんで知ってんだよ」
「昨日、あなたの後ろを歩いてたからよ。
中村くんに捕まらないように逃げてたでしょう?」
(見られてたのか……)
伊藤は肩をすくめた。
「まあ、あの勢いは……確かに逃げたくなるわね」
「わかってんじゃん」
伊藤は、ふっと意味深すぎない程度に笑った。
「でも夏目くん、あなた最近……身体つき変わってるわよね?」
パンを飲み込みそうになる。
「っ……なんでそんなことわかるんだよ」
「観察すれば分かるわ。
姿勢も良くなってるし、歩き方も軽くなってる。
鍛えてる人特有の変化ね」
(……マジで一体なんなんだこいつ)
「べつに……軽く筋トレしてるだけだ」
「軽く、ね。
筋肉痛でゾンビみたいに歩いてたのに?」
「……それも見てたのか」
「教室の入口で。
あれは、なかなか興味深かったわ」
なんか研究対象みたいな扱いをされてる気がする。
伊藤は続けた。
「でもいいことよ。
運動をすると集中力も記憶力も上がるらしいし」
「……まあ、それは実感してる」
「でしょ?」
彼女の目がわずかに楽しげに細くなった。
「なら……ひとつ提案してもいい?」
夏目は嫌な予感しかしなかった。
「なに」
「放課後、私と一緒にランニングしない?」
「……は?」
伊藤はさらっと言う。
「ひとりだとサボりそうなのよ、私。
でも誰かがいれば続けられると思って」
「なんで俺なんだよ」
「あなた、サボらなそうだから」
理由が雑だ。
夏目は頭を掻く。
「いや……でも俺、勉強もあるし」
「分かってるわ。
だから“短距離でいいから一緒に走る”だけ。
ペースはあなたに合わせる」
「……なんでそんなにやる気なんだ」
「健康管理は勉強の基本よ。
それに……」
伊藤は、まるで何でもないことのように言った。
「あなたと話してると、なんとなく続けられそうだから」
夏目はパンを飲み込むどころか、呼吸を忘れかけた。
(……なんだこれ)
中村からの騒がしい誘いとは違う、妙に落ち着いた温度。
「放課後、中村くんから逃げ切れたら連絡して」
そう言って立ち上がり、扉の方へ歩きながら振り返る。
「楽しみにしてるわ、夏目くん」
春の光の中、黒髪が揺れた。
夏目はしばらく動けなかった。
胸の奥が、妙にざわついている。
(……あいつと一緒に走るのか、俺)
だが“嫌じゃない”と思っている自分に気づいた瞬間、
そのざわめきはさらに大きくなった。
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