二𛂙香 

 「おや、これは珍しい。閲覧希望のお客様ですか」

​ 細身のタキシードに、シルクハット。

 手には紅いステッキを持った男が、恭しく一礼する。

​「この部屋の扉はいつ開くのかは、届く便り次第でございます」

​ 男が深々と頭を下げる。

​「それでは、こちらにお入り下さい」

​ ガチャリと扉が開く。

 部屋は古い洋室で、カーテンが閉め切られ薄暗い。

 中央には、時代にそぐわない古い白黒テレビが、三本足の台の上に鎮座している。

​「お客様、質素な部屋で申し訳ありません。お望みのものは、こちらに」

 男がテレビの横に立ち、微笑む。

「ですが、テレビ鑑賞には少し殺風景ですね。少々、お待ちを」

​ パンパン、と男が手を打つ。

​ 視界が歪み、一瞬の闇へ落ちる。

 次に目を開けた時、そこは――南国のビーチだった。

​「いかがでしょうか?」

​ 青い空、白い砂浜、エメラルドグリーンの海。

 周りを見回すと、水着ではしゃぐ若い男女や、砂遊びをする子供達で賑わっている。

 だが、音は聞こえない。周囲の人々も、こちらの存在には気づいていないようだ。

 テレビ鑑賞にはうってつけの、静寂のロケーション。

​ その時、カターン、と軽い何かが当たる音がした。

​「おや、これはこれは。お客様は幸運な方だ。さっそく『憎紙(ぞうし)便り』が届きましたね」

​ 男がテレビの後ろから、白い封筒を取り出す。

 それをテレビの上に置くと、封筒はスゥーッと霧のように消えていった。

​「今回は、どのような『憎念』を映し出すことやら……」

​ ブゥン……とテレビが点く。

​ 画面は夜の街。

 携帯電話を操作しながら歩く女性が映し出される。

 携帯の明かりに照らされた女性の顔を、すれ違いざまに覗き込む男。

 その顔に、粘着質で歪んだ笑みが浮かぶ。

​ 男は通り過ぎた後、来た道を戻りだした。

 獲物を見つけた獣の目だ。

​ 人気のない公園前を、女性が通る。

 男が背後から走り寄り、口を塞いで公園の中へ引きずり込む。

 携帯電話が地面に落ち、虚しく光っている。

​ しばらくして。

 満足そうな笑みを浮かべ、ズボンのベルトを直しながら出てくる男。

 そして――公園の茂みの奥で、衣服を剥ぎ取られ、泥のように倒れている女性。

​ 場面は変わる。

 アパートの一室。首を吊って揺れている女性の足。

 その下で、膝から崩れ落ち、泣き叫ぶ両親の姿。

​『どうして……ウチの娘が……』

『畜生……畜生ォ……ッ!』

​ プツン。そこで画面が消える。

​「なるほど。これは、娘を亡くされたご両親の『憎紙』でしたか」

​ 男は憎紙の残り香を嗅ぐように、鼻を近づける。

​「……歪んだ性への執念。湿っぽく、生臭い香りですね」

​ 男は憎紙を指先で弄ぶと、くるりと巻き始めた。

 すると、手紙は一本の「黒いタバコ」へと姿を変えた。

​「畏まりました」

​ バンバン、と手を叩く。

 男の姿が消え、再びテレビが映る。

​ アパートの一室。ゴミだらけの汚い室内。

 肥えた腹を出し、高いびきをかいて寝ている男――先ほどの犯人だ。

​ ――いつの間にか。

 男の枕もとに、タキシードの男が立っている。

​ 犯人の男が目を覚まし、悲鳴を上げる。「うわぁッ!?」

 タキシードの男は動じず、黒いタバコを咥える。

​ シュボッ。

 マッチからは黒い火があがり、タバコに黒い火を灯す。

 男は口から、黒い煙をスゥーッと吐き出す。

 だが、その量が尋常ではない。

 テレビの中が黒煙で充満し、何も見えなくなる。

​ やがて黒煙が晴れると――そこは「法廷」だった。

 タキシードの男は、いつの間にか黒い法衣を身に纏い、裁判官の席に座っている。

​ 被告席には、縛られた男。

 そして傍聴席には、無数の魑魅魍魎(ちみもうりょう)がひしめいていた。

​「今回は、性被害により命を絶った女性のご両親よりの訴えです! これより、ジャッジの刻(とき)!」

​ 男が高らかに宣言する。

「さぁ、出でよ、判決の天秤!」

​ 上空から、光り輝く巨大な天秤が降りてきて、法廷の中央に鎮座する。

​「さぁ! 判決を!」

​ 男が天を仰ぎ叫ぶ。

 被告人席の男の胸の辺りから、ピンポン玉くらいの光が抜け出し、天秤の片方の皿に乗る。

 カタン、と皿が重く傾く。罪の重さだ。

​ 今度はもう片方の皿へ、空から「黒い四角い重り」がゆっくり落ちてくる。

​「禁!」「禁!」「禁!」

 傍聴席の魑魅魍魎が、ドロドロとした声を上げて騒ぐ。

​ 長方形の黒い重りが皿に乗る。

 魑魅魍魎が叫ぶ。「一段目!」

 さらに何かが乗る。「二段目!」

 そして「三段目」が乗った瞬間、皿がガタンと下がり、罪と釣り合った。

​ 男が木槌を叩く。

​「罪状、三段。『黒一色(ブラック)』です!」

「三段!」「黒一色!」

 魑魅魍魎たちが歓喜の声を上げる。「さぁ、執行を!」

​ 法衣の男が、絶望して震える男に向かい、冷酷に告げる。

「罪の重さは三段、黒一色でしたので……貴方には『一色・三段の禁止』を科します」

​「一つ目。『死ぬ事を禁ずる』」

 ウオォォォ! と魑魅魍魎から歓声が上がる。

​「二つ目。『見る事を禁ずる』」

 男の悲鳴が上がる。「や、やめろ! 暗い! 見えない!」

​「そして三つ目。『光を禁ずる』」

​ 場内が、一瞬にして静まり返る。

 男は、魍魎達に口を押さえられ、声を上げることもできない。

​「刑期は30年。何も見えない、光の差さないその暗闇で……死ぬことすら許されず、30年間生きるのです」

​ 男と、魑魅魍魎の声が重なる。

​「「執行!!」」

​      ◆

​ 場面は変わり、先ほどのゴミ部屋が映る。

 だが、様子が違う。

​「あ、あぁ……? 目が、目がぁ……」

​ 男がよろめき、家具にぶつかり、転倒する。

 目を押さえて転がりまわるが、その瞳にはもう、何も映らない。

 そこには、漆黒の静寂と、終わらない地獄だけがあった。

​ 不意に、テレビの横にタキシードの男が現れる。

「いかがでしたでしょうか?」

 男の手には、真っ白な封筒があった。

「彼の『憎紙』は、真っ白に戻りました。怨みは晴らされたようです」

​ 男は一礼し、ステッキを振る。

​「今宵はここまでに致しましょう。また、『憎紙』が届くまで……」

​ テレビの画面が、プツンと消えた。

​【店主からの、ささやかなお願い】

​※投稿の際は、実在の人物名や団体名などは書かないようにお願いいたします。

​理由は……お分かりになりますよね?

​(万が一、本当に『効いて』しまっては……私としても寝覚めが悪いものですから)

​※頂いた「憎紙」は、私が美味しく調理(アレンジ)して、物語の一部とさせていただきます。

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