三𛂙香
【店主よりお知らせ】
本日は、特別に三話限りの**「プレオープン(臨時営業)」**でございます。
皆様からの極上の「憎紙(ネタ)」が集まり次第、正式に本開店とさせていただきます。
それでは……今宵、最後の香りをお楽しみください。
◆
「おや、これは珍しい。閲覧希望のお客様ですか」
細身のタキシードに、シルクハット。
手には紅いステッキを持った男が、恭しく一礼する。
「この部屋の扉はいつ開くのかは、届く便り次第でございます」
男が深々と頭を下げる。
「それでは、こちらにお入り下さい」
ガチャリと扉が開く。
部屋は古い洋室で、カーテンが閉め切られ薄暗い。
中央には、時代にそぐわない古い白黒テレビが、三本足の台の上に鎮座している。
「お客様、質素な部屋で申し訳ありません。お望みのものは、こちらに」
男がテレビの横に立ち、微笑む。
「ですが、テレビ鑑賞には少し殺風景ですね。少々、お待ちを」
パンパン、と男が手を打つ。
視界が歪み、一瞬の闇へ落ちる。
次に目を開けた時、そこは――どこか懐かしい「和」の空間だった。
「いかがでしょうか?」
畳敷きに、障子と襖(ふすま)。
縁側では風鈴がチリンと鳴り、遠くで蝉時雨(せみしぐれ)が聞こえる。
これぞ、古き良き日本の夏の風景。
男が正座をして、庭を眺めている。
「お茶でもいかがでしょうか?」
その時、カターン、と軽い何かが当たる音がした。
「おや、これはこれは。せっかくお茶請けも用意しましたのに。さっそく『憎紙(ぞうし)便り』が届きましたね」
男がテレビの後ろから、白い封筒を取り出す。
それをテレビの上に置くと、封筒はスゥーッと霧のように消えていった。
「今回は、どのような『憎念』を映し出すことやら……」
ブゥン……とテレビが点く。
画面には、スーツ姿の若い男と、警察官の格好をした男が映る。
彼らは、家の玄関先で高齢の女性に何かを熱心に話している。
女性は恐縮し、頻りに頭を下げている。
場面が変わる。
銀行のATM。女性が震える手で預金を引き出す。
それを封筒に入れて、サラリーマン風の男に渡す。
警察官役の男が、安心させるように女性の肩をポンポンと叩く。
また場面が変わる。
今度は、泣き崩れる女性を、別の男性(本物の警察か息子)が叱りつけているようだ。
次々と場面が変わる。
変わらないのは、「老人が若者に騙され、そして怒られている」という絶望的な構図だ。
『年金を……老後の資金を……騙された……』
『信じていたのに……』
怨嗟の声が重なる。プツン。そこで画面が消える。
「なるほど。これは、成りすまし詐欺に遭われた皆様の『憎紙』の集合念でしたか」
男は憎紙の残り香を嗅ぐように、鼻を近づける。
「……老人を騙す、安っぽく、鼻をつく『偽り』の香りですね」
男は憎紙を指先で弄ぶと、くるりと巻き始めた。
すると、手紙は一本の「黒いタバコ」へと姿を変えた。
「畏まりました」
バンバン、と手を叩く。
男の姿が消え、再びテレビが映る。
場面は、高級クラブ。
派手なスーツを着た男たちが、シャンパンタワーを囲んで豪遊している。
そこへ、ボーイに扮したタキシードの男が、注文された最高級日本酒「零響 -absolute 0-」を恭しくテーブルに置く。
男はボトルを置いた後、懐から先ほどの黒いタバコを取り出し、咥え、マッチを擦る。
シュボッ。
マッチからは黒い火があがり、タバコに黒い火を灯す。
男は口から、黒い煙をスゥーッと吐き出す。
テレビの中が黒煙で充満し、何も見えなくなる。
やがて黒煙が晴れると――そこは「法廷」だった。
タキシードの男は、いつの間にか黒い法衣を身に纏い、裁判官の席に座っている。
被告席には、魑魅魍魎に押さえつけられた男達。
上座にふんぞり返っていた三人の幹部(主犯)と、周りで騒いでいた数人の手下(実行犯)だ。
そして傍聴席にも、無数の魑魅魍魎(ちみもうりょう)がひしめいていた。
「今回は、詐欺に遭われた複数の老人達の訴えです! これより、ジャッジの刻(とき)!」
男が高らかに宣言する。
「さぁ、出でよ、判決の天秤!」
上空から、光り輝く巨大な天秤が降りてきて、法廷の中央に鎮座する。
「さぁ! 判決を!」
男が天を仰ぎ叫ぶ。
まずは、被告人席の三人の男達(主犯)の胸の辺りから、ピンポン玉くらいの光が次々と抜け出し、天秤の片方の皿に集まる。
カタン、と皿が重く傾く。罪の重さだ。
「ほう……これは、珍しい」
今度はもう片方の皿へ、空から何かがゆっくり落ちてくる。
「禁!」「禁!」「禁!」
傍聴席の魑魅魍魎が、ドロドロとした声を上げて騒ぐ。
紅い長方形の重りが皿に乗る。
魑魅魍魎が叫ぶ。「一段目!」
さらに何かが乗る。「二段目!」
そして「三段目」が乗った瞬間、皿がガタンと下がり、罪と釣り合った。
男が木槌を叩く。
「三段、『紅一色(レッド)』です!」
「三段!」「紅一色!」
魑魅魍魎たちが歓喜の声を上げる。
しかし、男が叫ぶ。「静粛に!」
続いて、残りの男達(実行犯)の胸の辺りから光が抜け出し、皿に乗る。
反対側の皿に、今度は「水色」の長方形の重りが落ちてくる。
「禁!」「禁!」「禁!」
一段目……そして「二段目」が乗った瞬間、皿がガタンと下がり、罪と釣り合った。
男が木槌を叩く。
「二段、『水色一色(アクア)』です!」
「二段!」「水色一色!」
再び歓声が上がる。
「さぁ、執行を!」
法衣の男が、恐怖する男達に向かい、冷酷に告げる。
「まずは、最初の三人(主犯)。罪の重さは三段で、紅一色でしたので……貴方達には『紅一色・三段の禁止』を科します」
「一つ目。『死ぬ事を禁ずる』」
ウオォォォ! と魑魅魍魎から歓声が上がる。
「二つ目と三つ目は同じ。『嘘を禁ずる』」
男たちの顔色が蒼白になる。
「刑期は30年。嘘を喋れず、書く事もできないその身体で……死ぬことすら許されず、30年間生きるのです」
男は視線を移す。
「次は、残りの男達(実行犯)。罪の重さは二段で、水色一色でしたので……貴方達には『水色一色・二段の禁止』を科します」
「一つ目。『死ぬ事を禁ずる』」
ウオォォォ!
「二つ目は……『本当(真実)を禁ずる』」
男たちがポカンとする。
「刑期は20年。聞くもの全て、見るもの全てが『嘘』に見える・聞こえるその身体で……誰も信じられず、20年間生きるのです」
男と、魑魅魍魎の声が重なる。
「「執行!!」」
◆
場面は変わり、先ほどの高級クラブに戻る。
だが、様子が違う。
「お、おい! 俺はやってない! あいつが悪いんだ!」
主犯の男が、自分の意志とは裏腹にベラベラと真実(罪)を叫び出し、クラブの女や黒服に殴り掛かられている。
「嘘だ……嘘だろ……」
実行犯の男たちは、助けようとする仲間の声すら「裏切りの言葉」に聞こえ、疑心暗鬼で殴り合っている。
そこには、信頼も嘘も通じない、静寂の地獄があった。
不意に、テレビの横にタキシードの男が現れる。
「いかがでしたでしょうか?」
男の手には、真っ白な封筒があった。
「老人達の『憎紙』は、真っ白に戻りました。怨みは晴らされたようです」
男は一礼し、ステッキを振る。
「今宵はここまでに致しましょう。また、『憎紙』が届くまで……」
テレビの画面が、プツンと消えた。
【店主からの、ささやかなお願い】
※投稿の際は、実在の人物名や団体名などは書かないようにお願いいたします。
理由は……お分かりになりますよね?
(万が一、本当に『効いて』しまっては……私としても寝覚めが悪いものですから)
御伽草紙百鬼夜香 泳鯉登門 @ragrag
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