第29話
「そろそろ、この手」
「あ、悪い」
周りに社員もいなくなったし、さすがに気まずい。
「色々証拠を集めてくれたんだね」
「……あれだけ篠田からメールが来ればな」
「そんなに?」
「深夜三時に始まって、二時間おきに何通も送られてくれば、嫌でも起きるだろ」
「サイレントとかバイブにしておけばよかったのに」
「仕事柄、いつでも出れるようにしておかないとならなくて」
「そうだったんだね。……ごめんね」
「鮎川が謝ることじゃないだろ。そもそも、俺が勝手に口走ったのが原因だし」
多少なりとも、自分が発したことは気にしてくれていたようだ。
「今日、何時上がり?」
「今日? ……十八時過ぎには上がれると思うけど」
「じゃあ、メシ食いに行かない?」
「別に構わないけど。でも、瞳はネイルサロンの予約入れたって言ってたような……」
「いや、同期メンバーでじゃなくて、俺ら二人で」
「え?」
「情報のすり合わせっつーか。俺ら、少し時間の共有が必要じゃね?」
「あー、うん」
「終わったらメールして」
「……分かった」
「それと、……これ、土産」
「へ? ……ありがと」
鞄から取り出したのは小瓶に入ったメイプルシロップ。
カナダのお土産らしい。
「じゃあ、またあとでな」
何事もなかったようにその場を去る楢崎。
嵐のように現れ、嵐のように去って行った。
部署に戻る途中。
製造部や業務部の人達が『応援してます』『素敵な彼氏さんですね』だなんて声をかけて来た。
すっかり楢崎信者になったかのように手のひらを返した態度に、私は苦笑しか出来なかった。
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