第14話

 スッと立ち上がった楢崎は、足早に返却口へと向かって行った。


「絶品エビフライ食べないなんて、勿体ないよね~……って、つぐみっ、何それ!!」

「え?」

「――楢崎、やるぅ~~!!」


 瞳の指差す先、自分のお皿に視線を落とした私は驚愕した。

 ……エビフライが若鶏の隣りに置かれているではないか。

 さっき大声を出したのは、私たちの視線を逸らすためだったようだ。


しゅんの奴、粋なことしてんな」

「なんだかんだ言っても、彼女には甘いんだぁ」


“彼女”だなんて、単なる逃げの口実に過ぎない。

 あの場をやり過ごすための最善の方法だったはず。


 こんな形で、“彼女”のメリットを享受していいのだろうか。


「半分あげるよ」

「えぇっ、いいの~?」

「幸せのお裾分け??」

「おおおおっ! 彼女の余裕ってやつか~?」

「そんなんじゃないよ」


 箸で半分に切り分け、瞳の丼に乗せてあげる。


「わーい、エビフライゲット~♪ つぐみ、ありがと!」

「御礼は私じゃなくて、楢崎にね」


 あとで御礼のメールでも入れておこう。


「あっ、そう言えば、さっき女子社員にアイツ口説かれてて。『彼女できたんで、こういうのはお断りします』って言ってたぞ」

「えっ……?」

「楢崎って、物凄い無愛想だけど、そういう所はちゃんとしてんだね」

「アイツが笑顔で対応するとか、想像もできなかったわ~」

「笑顔だったの?!」

「まぁ、フェイクなんだけどさ。それでも、あの冷徹男があーいう態度取ること自体が異常っつーか。アイツも男だったんだなぁって思ってたとこ」

「それ分かる! このエビフライだってそうだよ! こんなことするとは思ってもみなかったよね。つぐみ~、愛されてるね~♪」

「……ハハハハッ」


 原と瞳のお花畑の思考回路に、思わず顔が引きつってしまった。

 だけど、こんな風な扱いされたら、仮の恋人だとしても悪い気はしないかな。

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