第5話

万引き犯(モンスター)は許しません

 『コンビニ・天魔窟店』の業務は、意外にも多岐にわたる。

 商品の発注、陳列、清掃、そして――『害虫駆除』である。

「あー……またガラスが汚れてるな」

 店長のカズヤは、モップ片手に溜息をついた。

 店舗の入り口、自動ドアのガラス面には、ベッタリと緑色の体液が付着している。

 創造主キュルリンのお墨付きにより、店は『安全地帯』として結界に守られている。

 だが、知能の低い魔物たちは、中の明かりや匂いに惹かれてガラスに体当たりをしてくるのだ。結界があるため中には入れないが、こうして痕跡は残る。

「マスター、清掃は私が変わります。マスターはレジ締めをお願いします」

「悪いな、ポーンちゃん。頼むよ」

 レジカウンターから出てきたのは、愛らしいコンビニ制服に身を包んだ少女、ポーンだ。

 彼女は世界樹の精霊でありながら、カズヤの教育により完璧な『バイトリーダー』へと成長していた。

 彼女が雑巾を持って入り口へ向かった、その時である。

 ガゴンッ!!

 とてつもない衝撃音が響き、店舗プレハブ全体が揺れた。

 自動ドアが無理やり抉じ開けられ、結界の隙間から強引に『何か』がねじ込まれてくる。

「グオオオオオオッ!!」

 現れたのは、身の丈3メートルを超える巨躯。

 牛の頭部に、鋼鉄のような筋肉の塊。S級モンスター、『迷宮ミノタウロス』である。

 通常、結界は侵入を阻むはずだ。だが、この個体は異常発達した腕力と、結界の僅かな歪みを利用して、強引に『来店』してきたのだ。

「ひぃっ!? ご、強盗!?」

 カズヤが腰を抜かす。

 ミノタウロスは鼻息を荒く吹き出し、血走った目で店内を見回した。

 その視線が、おにぎりの並ぶ棚に止まる。

 巨人は躊躇なく手を伸ばし、商品を鷲掴みにすると、包装フィルムごと口へ放り込んだ。

 バクッ、ムシャムシャ。

 鮭おにぎりが、野蛮な咀嚼音と共に消える。

 さらに奴は、隣のホットスナックケースに拳を叩きつけ、中の『からあげクン』を奪おうとした。

「あっ、こら! 商品は丁寧に扱って……!」

 カズヤの悲鳴も虚しく、ガラスケースにヒビが入る。

 それは、コンビニ店長にとって最も許しがたい暴挙だった。

 だが、それ以上に許さない存在が、ここに一人。

「――対象、識別」

 店内に、氷点下の声が響いた。

 ポーンである。

 彼女は雑巾を床に捨て、ゆっくりとミノタウロスへ歩み寄る。

 その瞳から、接客用の温かみは消え失せ、無機質な殺意の光が灯っていた。

「警告。当店は会員制ではありませんが、マナーを守れないお客様の入店はお断りしています」

「ブモォッ!?(邪魔だ、小娘!)」

 ミノタウロスが丸太のような腕を振るう。

 カズヤごときは肉片に変える剛腕の一撃。

 だが、ポーンは避けなかった。

「……排除します」

 カッ! とエメラルド色の閃光が走る。

 次の瞬間、ポーンの姿が変貌していた。

 『ポーン・プロモーション――ナイト形態』

 人間の脚があった部分は、植物の繊維が複雑に絡み合った『四脚の馬』のような形状へと変化している。

 ケンタウロスを模した、高機動戦闘形態。

 彼女は店内の狭い通路を、風のような速度で駆けた。

「グオッ!?」

 ミノタウロスの拳が空を切る。

 ポーンは既に懐に入り込んでいた。

 彼女の右腕が、木質の装甲に覆われ、巨大な『杭』へと変形する。

「お会計は、その命で頂戴します」

 右腕:捕縛杭打ち機(ヴァイン・パイルバンカー)。

 ズドンッ!!!!

 破砕音が炸裂した。

 ポーンの右腕から射出された杭が、ミノタウロスの分厚い胸板を紙切れのように貫き、背中側へと突き抜ける。

 心臓を粉砕された巨人は、断末魔を上げる暇もなく絶命し、その場に崩れ落ちた。

 静寂が戻る。

 ポーンは右腕を引き抜き、元の可愛らしい人間の腕へと戻した。

 そして、何事もなかったかのようにスカートの埃を払う。

「マスター。生ごみが出ました。処理をお願いします」

「あ、はい……」

 カズヤは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 彼女は最強の店員であり、最恐の警備員なのだ。

 その一部始終を、店外から眺める影があった。

 化粧水を買い忘れて戻ってきていた、魔王ラスティアである。

「……へぇ」

 彼女は赤い唇を歪め、面白そうに笑った。

「あんなS級魔獣を、一撃で? しかも店の商品を一つも傷つけずに?」

 ラスティアの目には、ポーンがただの使い魔以上の存在――世界樹の最高傑作であることが見抜けていた。

 そして、それを平然と使役する『店長』への興味も、さらに深まったようだった。

「いい番犬を飼っているじゃない。……ふふ、この店、退屈しなさそうね」

 魔王は満足げに頷くと、本来の用事(追加の乳液購入)のために、壊れた自動ドアを跨いで入店した。

「いらっしゃいませ、魔王様。……ドアの修理代、請求してもいいですか?」

「あら、私のせいじゃないわよ。……まあいいわ、その『シュークリーム』とやらをオマケしてくれるなら、直してあげても良くてよ?」

 こうして、コンビニ・天魔窟店には『万引き犯は即時処刑』という鉄の掟が加わり、その防衛力は地上国家の要塞を凌駕することとなったのである。

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