第3話

製作者(キュルリン)襲来と、駄菓子買収工作

​ カズヤの懐(ポイント残高)は潤っていた。

 Sランク冒険者を救った報酬である五万ポイント。

 これだけあれば、ただのキャンプ生活から脱却できる。

 彼は電子ボードを操作し、『DIY・建材』のカテゴリを物色していた。

​「よし、簡易プレハブ小屋なら三万ポイントで買えるな。エアコンと発電機もセットで……」

「マスター、大変です」

​ ポーンの緊迫した声が、カズヤの皮算用を遮った。

 彼女は緑色の髪を逆立て、天井の一点を見据えている。

 その表情には、今まで見せたことのない焦燥が張り付いていた。

​「空間座標が書き換えられています。……来ます、このダンジョンの『管理者』が」

​ 直後。

 ズズズズズ……と、地獄の底全体が鳴動した。

 岩盤の天井が蜃気楼のように揺らぎ、そこから光の粒子が降り注ぐ。

 現れたのは、巨大なドラゴンでも、悍ましい悪魔でもなかった。

 

 背中に虹色の翅(はね)を生やした、手のひらサイズの可愛らしい妖精だった。

​「誰キュル?」

​ 愛らしい声だった。

 だが、その声が発せられた瞬間、周囲の空気が鉛のように重くなった。

 妖精は不機嫌そうに腕を組み、カズヤたちの『店(段ボールの山)』を見下ろしている。

​「ボクの最高傑作、『天魔窟』の最深部に、こんな汚いゴミを置いたのは誰キュル? 美観を損ねるにも程があるキュル」

​ 彼女こそが、この理不尽なダンジョンの創造主、妖精キュルリンである。

 カズヤは直感した。この小さいのは、魔王よりもヤバいと。

​「あ、あの、俺はサエキ・カズヤと言います。ここで遭難しまして……」

「言い訳は聞かないキュル。不法投棄は死刑キュル」

​ キュルリンが指をパチンと鳴らす。

 途端に、カズヤたちの足元の岩盤が牙のように隆起し、襲いかかってきた。

 物理攻撃ではない。ダンジョンの地形そのものが殺意を持って変形しているのだ。

​「マスター、下がって!」

​ ポーンが『ルーク形態』となり、鋼鉄の如き根を張って防ぐ。

 ガガガガッ! と激しい火花が散る。

 だが、キュルリンは退屈そうにあくびをした。

​「世界樹の端末か。少しはやるみたいだけど、ボクの権限には勝てないキュルよ? ――『マグマ噴出』」

「ちょ、待っ……!」

​ 地面が赤熱し始める。このままではバリケードごと溶解させられる。

 カズヤは焦った。武力では勝てない。逃げ場もない。

 ならば、彼に残された武器は一つしかない。

​「お、お供え物があります!」

​ カズヤは叫びながら、電子ボードを連打した。

 狙うは『食品・菓子』カテゴリ。

 最強の攻撃力(中毒性)を持つ、日本が誇る最終兵器を購入する。

​「……お供え物? 命乞いにしては安っぽい言葉キュルね」

​ キュルリンが指を止める。

 その隙に、カズヤは転送された袋を破り、中身を彼女の前に差し出した。

 それは、黄金色に輝く円筒形の棒。

 『うまい棒(コンポタ味)』である。

​「なんだそれは。黄色い棒切れキュル?」

「食べてみてください。……これ、一本で10円もしないんですけど、味はS級です」

​ キュルリンは疑わしそうに鼻をひくつかせた。

 だが、そこから漂う濃厚なコーンの甘い香りと、食欲をそそる塩気の香りに、ピクリと触覚が反応する。

​「……毒見してやるキュル」

​ 彼女は小さな手でうまい棒を掴み、サクッと齧った。

 その瞬間。

 妖精の目が、皿のように丸くなった。

​「――――きゅるっ!?」

​ 口いっぱいに広がる、コーンポタージュのまろやかな甘み。

 サクサクとした軽快な食感。

 そして何より、異世界の菓子には存在しない、計算し尽くされた『化学調味料(魔法の粉)』の旨味爆撃。

​「な、ななな、何キュルこれ!? 甘いのにしょっぱい!? 野菜のスープの味がするのにスナック!? 美味しいキュルウゥゥ!」

​ キュルリンは猛烈な勢いで残りを平らげ、指についた粉まで舐め取った。

 カズヤは間髪入れずに追撃を行う。

 次は『ポテトチップス(コンソメパンチ)』の袋を開けた。

​「こっちもありますよ。野菜と肉の旨味を凝縮した粉末をまぶした、揚げ芋です」

「はぐっ! ……んん~っ! パリパリの食感! なんだこの複雑怪奇な味は! 舌が痺れるほど美味いキュル!」

​ 妖精は完全に陥落した。

 彼女はポテチの袋に頭から突っ込み、幸せそうに頬張っている。

 先ほどまでの殺意は霧散していた。

​「……ふぅ。満足したキュル」

​ 数分後。

 パンパンに膨れたお腹をさすりながら、キュルリンは宙に浮かんだ。

 その表情は、仏のように穏やかだった。

​「人間。お前をこのダンジョンの『異物』ではなく、『設備』として認めてやるキュル」

「え、いいんですか?」

「その代わり、新商品は必ずボクに献上するキュル。あと、週に一度はポテチの『のり塩』を用意しておくこと。いいね?」

​ それは実質的なショバ代の要求だったが、カズヤにとっては安いものだった。

 キュルリンが指を振ると、カズヤたちの周囲の岩盤が綺麗に整地され、さらには『絶対不可侵領域』のシステムフラグが立てられた。

​「ここは今日から『セーブポイント』だキュル。精々、冒険者どもから金を巻き上げて、ボクに美味いものを寄越すキュルよ」

​ そう言い残し、キュルリンは光となって消えていった。

​「……助かった」

​ カズヤはその場にへたり込んだ。

 だが、最大の脅威は去り、最強の認可を得た。

 彼は立ち上がると、改めて電子ボードに向き合った。

​「よし、ポーンちゃん。本格的に店を建てるぞ」

「はい、マスター。……ところで、あの『ポテチ』という商品、私も気になります」

​ 数時間後。

 地獄の底に、白とオレンジのラインが入った清潔なプレハブ店舗――

 『コンビニ・天魔窟店』が完成した。

 その明かりは、暗いダンジョンの唯一の希望の灯火として、輝き始めたのである。

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