第16話:報酬

 フォレストウルフの解体は、思った以上に大変な作業だった。ソフィアに教わりながら、俺は初めて魔物の素材――牙や爪、そして上質な毛皮を剥ぎ取っていく。


 二人で協力し、なんとか解体を終えた頃には、日はすっかり西に傾いていた。俺たちはずしりと重くなった素材袋を担ぎ、ウーヌスの街へと帰路についた。


 冒険者ギルドの扉を開けると、昼間の喧騒が嘘のように、人はまばらになっていた。

 俺たちはまっすぐ受付カウンターへと向かい、受付嬢に依頼の完了を報告した。


「なんと……フォレストウルフを! しかも、お二人で……! さすがはソフィアさんですね」


 受付嬢は俺たちが差し出した素材袋の中身を確認すると、感心したように目を丸くした。そして、カウンターの引き出しから、8枚の銀貨を取り出す。


「はい、こちらが報酬の銀貨8枚になります。お疲れ様でした」


 ソフィアはその銀貨を受け取ると、くるりと俺の方を向いた。


「さて、と。約束通り報酬は折半よ」


 そう言うと銀貨を手渡そうとしてきた。

 俺は、その手を慌てて制した。


「待ってくれ、ソフィア」

「何よ?」

「その報酬はソフィアが全部受け取るべきだ。俺は何もしていないんだから」


 俺は真剣な顔で言った。


「あのフォレストウルフを倒したのは、紛れもなくソフィア一人の力だ。俺がこの報酬を受け取る資格などどこにもない」


 森での戦いを思い出す。俺はただソフィアの活躍を見ていただけだ。


「それにあんたに剣まで買ってもらった。それなのに報酬まで山分けしてもらうわけにはいかない。それは、俺のプライドが許さない」

「プライド……?」


 俺の言葉に、ソフィアはきょとんとした顔をした。そして次の瞬間、ふふっと、堪えきれないというように笑い出した。


「何がおかしいんだよ」

「だって……あなた、面白いこと言うんだもの。いい? これはパーティーでの依頼よ。あなたがそこにいて、いざという時のための『予備戦力』として控えていたから、私も安心して戦えた。それも立派な役割よ。だから、あなたにも報酬を受け取る権利があるの」


 そう言ったが、俺は首を縦に振らなかった。


「それでも、ダメだ。俺は自分の働きに見合わない金は受け取れない」

「……頑固な男ね、あなたって」


 ソフィアはやれやれといった様子で肩をすくめた。そして、少しだけ考えるそぶりを見せると、ポンと手を打った。


「じゃあ、こうしましょう」


 ソフィアは銀貨4枚を手に取り、俺の手に半ば強引に握らせた。


「これは報酬の山分けじゃないわ」

「ならこれは……?」

「新人祝いよ」


 ソフィアは、悪戯っぽく片目をつぶって見せた。


「あなたがこの街で冒険者としての第一歩を踏み出したことへのお祝い。先輩からの、ささやかなプレゼント。……それなら、文句ないでしょう?」


 新人祝い。

 その予想外の言葉に俺は完全に意表を突かれた。

 優しさがじわりと心に染みてくる。俺が断れないように、ソフィアなりに考えてくれた言い分なのだろう。


「……あんたには、敵わないな」


 俺はついに根負けして、苦笑いしながら銀貨を受け取った。


「それでよし。じゃあ、そのお金で、今夜はまともな宿に泊まることね。まさか、野宿なんてしないでしょうね?」

「ああ、分かってるよ」


 俺とソフィアは、どちらからともなく笑い合った。

 ギルドの外に出ると、既に日が暮れていた。


「それじゃ、私はこれで」


 ソフィアはそう言うと、ひらりと手を振って、夜の闇へと消えていこうとした。


「あ、おい、ソフィア!」


 俺は慌てて呼び止める。


「何?」

「その……今日は、本当にありがとうな。助かった」


 改めて頭を下げると、ソフィアは一瞬だけ足を止め、そして、振り返らずに言った。


「……どういたしまして。でも、勘違いしないでよね。次も助けてあげるとは限らないんだから。せいぜい、早く一人前になりなさいよ、新人さん」


 その声はやっぱり少しだけ、優しかった。

 俺は銀貨を握りしめ、ソフィアの背中が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。

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