王と少年

「よもや、1人であれを防ぎ切るとはな。」

篝火の灯りで照らされているその不敵な笑みが、夜の闇に溶けていく。

先ほどまでと変わらない、冷静な立ち姿。普通なら焦りなどがあっても良いはずだが、それがないということは自分ならば僕に勝てるという自信があるということだろう。

「後戦えるのはあなた1人です。どうするつもりですか?」

数歩の距離まで来て、僕は言う。

「どうするも何も、余がお前を黙らせて終わりなのだよ。」

その男がこちらに手のひらを向け、魔法陣が作られる。

炎、水、風、氷。それらが複雑に混ざり合って形成されている。

「さて、勇敢で蛮勇な子よ。最後に言い残したいことがあれば言うとよいぞ。」

魔法陣の解読をしようとしている僕に、その男は最後に言い残したいことがなんとかと言ってくる。

「えーっと、もうちょっと待ってください。」


「………………は?」


……………………………………


「そろそろ決まったか?」


………………………………………


「おい、もういいか?」



おっ、解けた。やったぜ!

「あ、もういいですよ。」


━━━━━爆音。


虹色の光が直撃し、僕は吹き飛ばされる。

「いったぁ………同じ魔法を作ろうと思ったのに、もうちょっと待ってくれてもいいじゃんか。」

でも、もういいといったのは僕かなんて思いながら立ち上がり、煙の中をログレン王に向き直って歩いていく。

テントを2、3個くらいはぶち抜いて飛ばされたので、背中が痛い。

作り途中ではあったけど、魔法で相殺していなかったらもっとダメージを負っていたかもしれない。

「流石にこの程度じゃ倒れてはくれぬ、と言うことか。」

呆れるような顔をしながら、ログレン王の手の先で再び魔法陣が作られる。

「せめて体の形くらいは残してやろうと思っていたが………仕方ない。

次は耐えれんぞ。」

だんだんと大きくなっていく魔法陣を読み解きつつ、僕は思う。

まず、この世界の魔法はおそらく威力が低い。

規模感、消費魔力は上級魔法並みでも、実際の火力となると大幅に威力が低下する。

この世界に来てすぐの時、使用されている魔力量から上級魔法だと判断したあの魔法に、カスカスな魔力で放った上級魔法でなんとかできたのがいい例だろう。あれがルーベルナさんとセルフィスさんが作り出した魔法だったなら、中級でも一瞬で押し切られていた。

そして、いくつもの属性が重なり合っていても解読できるほど、安易な魔法が多いということもわかる。

ルーベルナさんが作っているような魔法陣は解読が難しく、どんな術式が組み込まれているかまで判断するためには、場合によっては数十分を要することもある。

ただ、自信を覗かせているだけのことはあり、今作られている魔法術式は結構難解で、魔法陣をぱっと見ただけではわからない。

それに加え、この空間の流れ的に、世界に存在している魔力を吸い取ってこの魔法を行使しようとしているのもわかる。

魔力切れという状況を起こさないためには、重要な要素だ。

正直、僕にその技術はまだ使えない。

「そこまでして、なぜ力にこだわるんですか?」

10数メートル以上の距離をとってこちらも魔法陣を作りながら、問いかける。

「愉悦に決まっておろう。

余が憂いのない人生を過ごすため、なんでも犠牲にする。

余の人生が満ちるものならば、それを成長させる。周りのものを奪ってもだ。

その結果、理想郷というものが作り上げられるのだよ。」

「そう…ですか。」

光り輝く魔法陣から再び放たれた虹色の光は、龍のような姿になって襲いかかってくる。

そして、僕は魔法を発動させる。

魔法陣解体レジスト

その言葉と共に、目の前まで迫って来ていた龍が崩れ落ちて消える。

今まで起きていたことが嘘のように、夜に吹く風だけがすり抜けていく。

「ば、バカな!なぜ魔法が消えた!?」

流石のログレン王も今までの冷静さを失い、顔を歪ませる。

「やったこと自体は簡単です。あなたの魔法を魔法陣ごと破壊しただけですから。

ただ、それまでの過程は結構大変ですけどね。」

初めての魔法だったので多少の心配こそあったが、しっかりと成功したようで何よりだ。

僕が知らない魔法陣があったため、先ほどの魔法兵との戦いで魔法陣を解読して研究していた。

それを応用したことで、ログレン王が作っていた複雑な魔法術式を読み解き、魔法陣を崩すことができたと言うわけだ。

「魔法陣を解体だと………?

どんな原理でそんなことができるのだ!

この世界に魔法陣を解体する魔法なんてないはずだ!」

さっき話にあった魔法を専門とする組織というものがどれほどの規模かはわからないが、今のログレン王の口ぶりから考えるに、世界中のほとんどの魔法を研究していると言ってもいいだろう。

だからこそ、そんなすぐに報告が上がってきそうな魔法が使われたことに対する不信感が強い。

もちろん、僕が作り出した魔法だから同じようなものはあったとしても僕のと全く同じものは存在しない。

「原理的には、まず魔法陣を解読し、魔力を送り込むことで魔法陣を内部から破壊するんです。」

「魔法陣を解読………?」

引き攣った顔で唇を振るわすログレン王の方に向けて、僕は歩いていく。

「正直言って、僕はあなたのやり方はよくないと思います。

僕にとっての大切な人が一方的に殺されたら、僕はその相手を殺すと思います。

特に考えることもなくこういうことが言えるのは、やっぱりその人たちが大切で、自分よりも大事な人だからだと思うんです。

そんな人たちを、家族を、あなたはいくつ壊したんですか?」

僕の問いかけに、目の前の男は答えない。

冷え切った目からは、感情を察することができない。

心理的なことをどうにかできる魔法を使うことができるなら、何か聞き出せたかもしれないのだけど………

ただ、この人の先を決める権利は、僕にはない。

この世界に来たばかりで、何か大きなものを失ってもないからだ。

「あなたを待っている多くの人がいます。

ついて来ていただけますか?」

冷たい目を見てそう言った僕に、ログレン王は

「王が逃げるなど、死ぬよりも恥じだ。

それも、たかだか子供1人に敗れたとなっては王としての権威が残るわけがない。」と言って目を瞑る。

「好きにしろ。」

その言葉を聞いて、僕はこの場にいる兵士たちに氷の縄を絡ませ、動けなくする。念には念をと言うやつだ。

「『神程術式』」

光と共に現れたセルフィスさんが、少し驚いたような顔をする。

「まさか本当に1人でやっちゃうなんてね…」

「これは私たちが知っているものとはほんの少し異なりますね……この世界の魔法ですか?」

兵士たちを縛っている魔法を見ながら、ルーベルナさんが聞いてくる。

「そうなんです。

でも、魔力と魔法の力の差が大きいのか、ちょっと使い勝手が悪いと思います。」

「なるほどなるほど。

とりあえずそれは後で研究してみるとして、先にやるべきことを終わらせましょうか。」

ルーベルナさんに頷き、僕は魔法術式を組んで魔法陣を作り出す。

「やっぱり、メルペディアくんの作る魔法は綺麗ですね。」

僕の魔法陣構築を手伝ってくれながら、ルーベルナさんは目を細める。

作りあげられた魔法陣に、僕とセルフィスさんが魔力を入れていく。

「魔力の入れ方も上手になったじゃない。」

セルフィスさんに褒められ、僕は笑顔を返す。

ちょっとずつだけど、魔法の技術も成長してきている自覚はある。

ただ、それはこの2人がいなかったらできなかっただろう。

「ほら、できたわよ。」

セルフィスさんに言われ、僕はその魔法を発動するのだった。

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