少年の甘え
「それで……どうしてあんな状況になったのですか?」
魔力が尽きそうになったルーベルナさんの代わりに多少回復していた僕が魔法を発動させ、話をする。
6席が用意された机に、僕たち三人。
反対側に神父様と、ここにきてすぐの時にセルフィスさんに助けられた人、そしてこの街を中心に商人として稼いでいるお金持ちらしい人が座っている。
「まず、改めてお礼をさせてください。
この度はこの街と民を救ってくださり、ありがとうございました。」
神父様が頭を下げ、両隣の2人もそれに続く。
「それにしても、まさかこんな小さな男の子が教会を守るとは……」
レべルさんと名乗った大富豪が腕を組み、少し考え込む。
「あなた方は、神の使いなのですか?」
神という言葉が急に出たため体が反応したが、教会があるということはこの時代にも神様という存在があるのかと思い当たる。
「神の使いじゃなくて、神様本人ってのは?」
「そんなことはありえません。
それにしても、神なんて信じないといつも言っているのに、急にどうしたのですか。」
セルフィスさんが助けた男の人……ネーバスさんが言い、神父様であるケントさんが驚くように問いかける。
ただ、教会の形は聖英大教会とほぼ同じだし、位置的にもこの教会が聖英大教会になった可能性は十分にある。
「あの、神というのはどういった立場なんですか?」
ルーベルナさんの問いにケントさんが答えてくれ、250年後と同じようなものだとわかる。
天界に存在しているが、地上には降りてこない。そういうことだ。
「そして、神を信仰する中心地がこの教会。聖英大教会です。」
あ、やっぱりそうなんだ。
250年経っても、その名前は変わっていないらしい。
「ここからが先ほどの質問の答えなのですが、この街は聖英大教会を中心とした宗教の街として栄えてきました。
そのため、この街が力を持つことを恐れ、世界を治めようとしている人物、ログレン王が攻撃を仕掛けてきたのです。
何度か嫌がらせをされたこともありましたが、その度に私たちは協力して乗り越えてきました。
しかし、今回は今までと規模が違います。
先ほどの攻撃で送り込まれてきたのはあくまでも先発部隊。本軍は約2日後にはここに到着しそうだという連絡が入っています。」
俯いたその瞳からは、悲しさが浮き彫りになっているのがわかる。
「なぜログレン王という人はこの街をそこまで目の敵にしているのですか?
自分たちの敵になる可能性が高いというのはわかりますが、わざわざ軍隊を動かすことはしなくても共に手を取り合ってやっていくことも考えられたのでは?」とルーベルナさんが聞く。
「それは、ログレン王的には考えられないことなのだと思います。
この街に集まってきている人々は、神に救いを求めている人のみではありません。
ログレン王に故郷を追われ、漂浪の果てに辿り着いた者も多くいます。
例えば、ここにいるネーバスもそうです。
この街に来て数年が経ちますが、未だに神を信じてはいません。
神を信じるつもりはないが、故郷を追われたためここに逃げ込んだという人も多くいるのです。」
ちらっと横を見た神父様から視線を逸らすネーバスさんを見て、神父様は少し微笑む。
「何か、思うところがあったのかもしれませんけどね。」
神父様が言葉を区切ると、
「あっしも商人としてあちこちを飛び回っているが、正直、今の王都は荒れている。
ログレン王の独裁が激しく、常に王の機嫌を伺って生活しなければなりません。
そうなると、この街の話を聞きつけて集まってくる人も多いというわけです。
事実、この世界の主要な商人のほとんどはここを拠点に商いをしていますからな。」
レベルさんが現実を話すように言い、神父様も頷く。
「自分に反対する、もしくは自分によって追い出された人々が集まる街に、富と人が集積されていく。
それはログレン王にとっては目の上のたんこぶ……と言うことですか………」
状況を理解したようにルーベルナさんが言う。
僕も大体の状況を把握したが、少し前に読んだ童話に出てきたひどい王様そのものと言った感じだ。
「ひとまず、皆様方もお疲れでしょう。近くの宿をお取りします。」
「おっと神父どの、それには及びませんよ。
ここはあっしの顔も立ててくだせぇな。」
腰に手を当てて笑ったレベルさんに宿を取ってもらい、僕たちはこの街で宿泊することになった。
「無償で宿に泊めていただいて、気を使わせてしまいましたね。」
「まぁいいんじゃない?私たちに助けられたからっていうお礼なんだから。断る方が失礼よ。」
それもそうですね。と言ってルーベルナさんが棚から飲み物を持ってくる。
「ちょっと力の使いすぎで疲れました……たまにはお酒を飲んでもいいですよね?」
「飲め飲め!私だって飲むし。」
僕にジュースを手渡しつつ、セルフィスさんもガラスの瓶の蓋を開け、グラスに注ぐ。
さっきからずっと言おうと思っていたことがあったが、この状況は言えそうにない………
その後━━━━━━
「メルぺディアぁ〜お前ももっと飲めよぉ〜」
お酒の入ったグラスをグイグイとこちらに押し付けながら、セルフィスさんが抱きついてくる。
その横で、
「久しぶりに飲むと美味しいですねぇ〜
なんだか身体が熱くなってきましたぁ〜」なんて言いながらルーベルナさんが胸元のボタンを外し始める。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
どうしたらいいかわからずオドオドしている僕に、突如としてルーベルナさんが言う。
「あれぇ?メルぺディアくん、何か悩んでませんか?」
ソファーの上でセルフィスさんに押さえつけられながらも、とりあえずはぐらかす。
「えっ…と……いや、特にはないです。」
「嘘言わなくていいんですよぉ〜
私は簡単に見抜けちゃうんですから〜」
ツンツンと僕の頬をつつきながら、顔をくっつけてくる。
……………あれ?お酒の匂いがしないような…………
魔法で匂いを消してるのかな?
そんなことを思いつつ、いつもの冷静な姿からは想像できないほどデレデレなルーベルナさんとセルフィスさんの方に向き直り、僕は言う。
まぁ、向き直ったと言っても2人を視界に入れられるように無理やり座っただけで、セルフィスさんは僕の膝の上で猫のように丸くなっているのだが。
「あの、お二人に言いたいことがあって……」
「ふぁい。」
「その………僕のせいで2人を危険な目に遭わせちゃって…………」
言葉の途中で、ルーベルナさんは笑う。
「それくらい大丈夫でふよ。
昔から危ないことは慣れていまふので〜」
セルフィスさんも、コクコクと僕の上で首を振る。
こんなカオスの状況にありながらも、2人の優しさが心を突く。
でも、いつまでも優しさに甘えてはいられない。
「そ、それで━━━━━」
ごめんなさいと言いかけた僕の口を、ルーベルナさんが人差し指で止める。
「いいでふかメルぺディアくん。
あなたはそんなこと気にしなくていいんですよ。」
微笑むルーベルナさんに、僕は思わず言ってしまう。
「それは………僕が子供だからですか?
もし3歳じゃなかったら、もっと言いたいことがあるんじゃないですか?
僕のせいで巻き込まれたのだってそうですし………」
声を荒げた僕から目を逸らすことなく、ルーベルナさんは微笑みを崩さない。
「あなたがまだ小さいから………確かに、それは理由の一つになり得るかもしれないです。
ですが、それだけじゃないんですよ。
あなたは、私が選んだ人とセルフィスが選んだ人の子です。
そんな子に対して、何を言うことがあるのでしょうか。
1万年という時を超えたと聞いた時から、あなたは心のどこかで責任感を感じていたんじゃないですか?」
いつもと同じ優しい声でそう言われ、ルーベルナさんはお酒を飲んでいなかったのだと気づく。
僕が言い出したいことを聞く演出だったのだと。ずっと、気づいていたのだと。
「遅くなってしまいましたね。本来ならもっと早くこういう風に言ってあげたほうがよかった
のかもしれませんが・・・・・・・」
セルフィスさんに押しつぶされている僕を救い出し、その胸にギュッと抱きしめて、ルーベルナさんは頭を撫でる。
「普通ならありえないような旅をできているのも、メルぺディアくんのおかげです。
こんな楽しい時間を作っていただいてありがとうございます。」
その場で溢れ出した涙を、僕は止められなかった。
結局、優しさに甘えてばかりじゃないか。
「小さいうちは、思う存分甘えてください。
大人になったら、誰かに甘えたくても甘えられないような時がいつか訪れます。
だから、あなたの好きなように甘えていいんですよ。」
「そ〜そ〜君のお父さんなんてぜんっぜん甘えに来てないぞ〜」
「あら、ペティアさんを甘やかすことができる人は1人しかいませんよ。」
「それもそうかぁ〜」
ふらふらと立ち上がるセルフィスさんを見て、僕は思わず笑ってしまう。
「そうです。笑って過ごしましょう。
まだまだ旅は長いですから。」
そう言ったルーベルナさんに返事をして、僕たちは寝る準備を始めるのだった。
「相変わらずかわいい寝顔ですね。」
そう言ってメルぺディアの頭を撫でる妹に、私は問いかける。
「きっと、この子はこの子で成長しようとしているんだと思う。
それを邪魔しちゃうのはどうなの?」
「確かに、私がやったことは過保護だったかもしれません。
ですが、いつか必ずその刻は来ます。
その時に悔いが残っている姿を見るのは辛いんですよ。」
少し俯く彼女に、私は同感する。
この少年の両親の人生を知っているからこそ、この子には並々ならぬ思いがあるのだ。
幼少期を絶望と苦難と共に過ごし、親に甘えることも話すこともできない。
そんな自分たちのもとに生まれてきた子供を、あの人たちが自分たちと同じ道を歩んでほしいと思っているわけがない。
ルーベルナが甘えさせていても、それは仕方ないこと・・・か。私も、しっかりと割り切らなければいけないのかもしれない。
そう思って、私は一つ聞かなければならないことを思い出す。
「そういえば、気づいてる?
メルぺディアくんの魔法。」
「何がですか?」
「その反応は知ってそうね。」
考えるような素振りを見せてはいるが、彼女は魔法術式のプロ。
私が気づかなくてもルーベルナが気づかないことはないだろう。
魔力の入れ方が下手だから術式が狂っていると思っていたが、違った。
本来の詠唱と違う詠唱。失敗したけどなんとか形になったような魔法。
それはきっと、この子の技術不足だったり失敗が引き起こしていることじゃない。
「褒めてあげたほうが伸びるんじゃない?
人間の間じゃよく言われることだと思うけど。」
「そうですね。
ただ、褒め続けてるだけじゃダメだと思います。
一緒にできることは一緒にやって、1人でできることは1人でやる。
いつになるかわかりませんが、この子が成果をお披露目するときに褒めてあげたいんです。
まぁ、私の独りよがりなのかもしれませんけどね。」
苦笑して、彼女は視線をあげる。
「そういう気なら、それでいいわ。私が口を出すことでもないし。」
横になって、私は一息つく。
「あ、あともう一つ。
この子も大きくなってきているんだから恥ずかしいことはしないように。」
「いやぁ〜ほんとですよね。
最近お風呂に入っている時もずっと顔が赤いですし。」
まんざらでもなさそうに、彼女は両手を頬に当てる。
「ま、まぁ私と入っている時もそうだし?成長期ってやつよ。」
「ちょっと口ごもりましたね?
あれ?もしかしてセルフィスと入っているときはそうならないんですか?」
ニヤっとした顔をする彼女から目を逸らしつつ、私は否定する。
「やっぱり私の方が大人っぽくていいんですかね。」
「いやいや、いいとか悪いとかじゃないでしょ。
それとも将来の結婚相手にでもしようって言うの?」
「あ、それもありかもしれません。
もっとアピールした方がいいですかね?」
「う、うっさい!少なくともあなたとくっつくことはないから!」
「少なくとも?あなたとは?
お姉ちゃんはメルぺディアくんと結婚したいんですかぁ?」
「だ〜か〜らぁ!
そんなこと私たちはできません!
お休みッ!」
布団の中に潜って、私は自分の体が熱くなっているのに気づく。
い、いやいや。ないない。
メルぺディアはまだ3歳よ?
精神年齢と知能は10歳超えてるかもしれないけど……3歳よ?
でも、もし大きくなって誰かと結婚するってなったら………
ドキン、と私の胸が跳ねる。
ば、バカらしいし寝よ。
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