過去への跳躍
そして、あっという間に過ぎ去った1ヶ月後。
僕たちは王都の隅の方に来ていた。
「それにしても、世も末だと思うのよね。
3歳の子供が時間操作魔法を使うって、どういうことって感じよね。」
「そういうならもうとっくの昔に末ってますよ。
メルペディアくんが時間系魔法を使ったのは0歳の時ですよ?」
2人が苦笑している前で、僕は魔法術式を構築していく。
「時計よ時計、我が意思に応じてその存在を過去へと戻さん
秒針を巻き戻し、逆巻きとなりし歴史を示せ」
魔法術式がゆっくりと広がり、宙に浮き上がる。
「メルペディアくん、詠唱が違いませんか?」
首を傾げるルーベルナさんに応えず、僕は術式に魔力を送り始める。
そう。今回はあくまでもお試しという感じ。
未完成の術式を無理やり動かすようなものであるため、ルーベルナさんに補助をお願いし、セルフィスさんに魔力をもらう。
できそうならそのまま発動させてしまってもいいと言われているため、発動自体は可能だろう。
━━━━━━そして、その刻が訪れる。
術式が光輝き、世界が白い光に照らされる。
手を天へと伸ばし、その魔法を発動させる。
「
世界が、動く。
今まで進んでいた道ではなく、真逆に向けて戻っていく。
時計の針を巻き戻すように、過去に置いてきたものを取り返しにいくように。
少しずつ、加速しながら。
未来を置き去りにすることなく、未来によって照らされた、未来を創る道を駆け足で戻っていく。
そして、僕は目を開く。
設定した時間は250年。
果たして、上手くいっただろうか。
視界の中にルーベルナさんとセルフィスさんを見つけ、ひとまずの安心を覚えた瞬間、セルフィスさんが駆け出した。
「危ない!」
その声と共に近くにいた男の人を突き飛ばし、僕の視界を炎が覆う。
尻餅をついて動けなくなった男の人は、身体を震わせている。
「何やってんの!早く逃げなさい!」
横から魔法を直に受けながらも、セルフィスさんが叫ぶ。
「邪魔してんじゃねぇ!」
遠くから声が聞こえると同時に、再び炎が迫ってくる。
「
ルーベルナさんが水魔法でその炎を防いで、セルフィスさんを守る。
「大丈夫ですか!?」
「えぇ……結構痛かったけど。
ありがと。」
2人の会話。目の前で起きている事実が、頭に入ってこない。
それらを引き離すほどの大きなことを、肌で感じる。
気づいた瞬間、僕は地面を踏んで宙に飛んでいた。
空から見えるのはいたるところが焼けている街と、城のない王都。
そして、教会の前で集まって魔法を発動する準備を整えている人々と、その人たちに逃げ道を塞がれた神父様らしき人と数人の一般人と思われる人たち。
僕が感じた力は、そこから放たれている。
教会に向けて作られる大きな魔法術式。
直感的に階級に当てはめるなら、中級から上級魔法。
「とにかく一旦逃げるわよ!」
セルフィスさんが下から大声で僕を呼んでいるのがわかる。
しかし、時間がない。
空を蹴って加速し、一気に教会の前に降り立つ。
すでに魔法術式の構築が終わっているその人たちに向かい合い、僕は手を前に向ける。
今の魔力と技術力で上級魔法を作り出すのには無理がある。
第一、詠唱に割いている時間もない。
できることならやりたくなかったが、仕方ない。
━━━━━お父さん、魔法を借ります。
遥か遠くにいる父に言葉を投げ、魔法術式を構築する。
前から放たれた魔法に、ありったけの魔力を込めてこちらも魔法をぶつける。
「上級魔法、
炎と炎がぶつかり合う。
1発で戦闘不能まで追い込━━━━━
っ!?
ここにきて魔力切れ━━━━━!?
炎が止まり、相殺された魔法の余韻で、チラチラと炎が舞っている。
「クソッ…たった1人で今のを打ち消しただと………!?」
「隊長!あれだけの力を使った今、もう一度同じことはできないはずです!」
隊長と言われた男の人の横にいた兵士の言葉で、その人物は再び声を上げる。
「こちらは大人数!
もう一度撃て!あんな子供1人に止められてたまるか!」
前方に立つ人たちは、再び魔法術式の構築と詠唱を始める。
「今なら……逃げれます。
逃げてください。」
後ろにいる人たちを振り返って、言う。
「次がいつ来るかわかりません、早く!」
その人たちの肩が震え、散り散りに僕の横を通っていく。
「待てッ!」
前から飛び出してくる兵士に向けて魔法術式を描き、絞り出した魔力で水弾を飛ばす。
転ばせる程度の威力でも、逃げるための時間を稼ぐ程度はできる。
「ほら、あなたも。」
最後に1人だけ残っていた神父様に声をかけるも、その人は動かない。
「##########!」
あぁ、そっか……魔力切れで言葉も通じないのか。
初の上級魔法の発動と時間魔法による魔力の枯渇。
それらが重なって凄まじい眠気が襲ってくる中、僕はその人の方に一歩踏み出す。
「逃げてください。」
伝わることのない言葉を呟いて、僕はそこに膝をつく。
後ろからの熱が、背を焼く。
もう、時間がないらしい。
「ごめんなさい………勝手に巻き込んで、僕のせいで━━━━━」
いつも横にいた2人に、心の底から謝罪する。
魔力を供給してもらったため、セルフィスさんの魔力は減っているはずだ。
ルーベルナさんも、上級魔法を使おうとするとセルフィスさんの協力がないとできないだろう。
もっと準備をして、最初から『
失敗が鮮明になって浮かび上がってくるも、思考は鈍っていく。
「逃げて━━━━━━」
思考が、止まる。
倒れ込んで視界の隅に映る空に、人影が見える。
ただ、それが何かを理解する前に、目の前が真っ暗になる。
『神の名において命ずる
風よ、荒ぶる炎を収めるために、その力を貸したまえ。』
誰かの声だけが、僕の耳の奥に届いていた。
『ねぇ、もうそろそろ生まれるかな?』
『まだですよ。
あと1週間ほどです。』
『えぇ〜早く会いたいなぁ。
…………私たち、ちゃんと育てられるかな?』
『どうでしょうか。
でも、できる限りの力を尽くして、この子の人生を良いものにできるようにしましょう。』
『あなたのおかげで、この子は私たちが感じてきたような苦痛を味わわなくていい。
今までを生きてきた人たちって、こんなふうに楽しみに生まれてくるのを待てなかったんだよね………』
『そうですね。
ですが、こんな世界を作れたのは私1人の力ではありません。
私たち2人と、彼女たちがいたからこそできたのです。』
『そう……かな。』
『もちろんです。
あなたがいたから、今の私がいる。それは変わることなき事実です。』
『ふふっ。ありがと。
━━━━━これからも、ずっと一緒にいてね。』
『えぇ、家族全員で、ゆっくりと過ごしましょう。
今までの苦難を労い合いながら。
新しいちょっとした苦難を乗り越えられるように。』
『………ほんと、良いカップルみたいね。』
『えぇ、本当に。
2人の子供がどんな子に育っていくのか楽しみです。』
今のは…………誰の声?
ハッと目を開くと、そこには心配そうにこちらを覗き込んでいる二つの顔。
「僕……生きてるんですか?」
口を開くと、2人の目から大粒の涙が落ちる。
「な、何よ。
無事なのはわかってたんだから泣くことはないでしょ。」
「セルフィスも泣いてるじゃないですか!」
ぎゅっと2人に抱きしめられ、嬉しさと苦しさが混じってくる。
「ぐ、ぐるじい……
死んじゃいます………!」
「「あ、ごめんなさい!」」
涙を拭いながら微笑む2人を見て、僕の目からも自然と涙が溢れた。
そして、一度呼吸を整えて、僕は2人に何があったのかを聞くことにした。
「そうだったんですね……
助けていただいてありがとうございました。」
2人によると、あの魔法が僕に放たれる瞬間、あそこにいた人たちを倒してくれたらしい。
なんだかんだ言って、セルフィスさんの魔力量はすごいらしい。
さっきまでの戦いは一旦終わり、今はとりあえず安全みたいだ。
「おぉ……
先ほど大きな声が聞こえたのでもしやと思いましたが、お目覚めになられましたか!」
ルーベルナさんが魔法を使っていたようで、姿を現した神父様の言葉が理解できる。
「先ほどは人々と私をお助けくださり、本当にありがとうございました。」
深く頭を下げた神父様に、僕は少し恥ずかしくなってくる。
「大丈夫です。結局、僕だけの力じゃ助けられませんでしたし……」
「いえ。メルペディアくんがいなければ、私たちでは助けられなかったと思います。
よく頑張りましたね。」
僕の頭を撫でながら、ルーベルナさんが言う。
「助けていただいた人々が、感謝を言いにきております。
どうかこちらへ。」
僕たちがいたのは教会の奥にある救護室だったらしく、教会の表に行くことになった。
神父様が扉を開いた瞬間、凄まじい歓声が僕たちに投げかけられる。
『ありがとう!』『助かった!』そんな言葉が、教会前に集まった数百人くらいの人々から放たれる。
教会を揺らすほどの大きな声に驚き、戸惑っていると、ルーベルナさんに背を押される。
その手をとり、セルフィスさんの手も取ってから、僕は2人と共に一歩前へ出る。
少し驚きながらも歓声を受ける2人を見上げ、僕は微笑むのだった。
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