死者
『どうですか!?できましたよ!』
『━━━━━━━━。』
『━━━━━━━━。』
『ありがとうございます!』
………んんっ。
なんだ、また夢か。
小鳥の声を聞きながら、僕は目を覚ます。
いつも僕より早く起きているのに今日はぐっすりなルーベルナさんと、団子のように丸くなった布団から顔だけ出して爆睡しているセルフィスさんを起こさないよう、僕は寝室からそっと抜け出して外へ出ていくのだった。
「おぉ、メルぺディアさん。
おはようございます。」
教会の前に落ちていた破片を拾って袋に入れながら、神父様が言う。
「おはようございます。
それと、さん付じゃなくていいですよ。神父様の方が年上ですし。」
「いえ、そんなわけにはいきません。
あなた私たちの命の恩人なのですから。」
強く言う神父様に困っていると、
「それじゃあ、メルぺディアくんでいいんじゃねぇか?」と声が響く。
姿を現したネーバスさんがニヤッと笑いながら言う。
「それじゃあ、神父様もそれでお願いします。
1番言われ慣れているな呼び方でもありますから。」
思いが通じたのか、まだ少し迷いながらも神父様が頷く。
「こんな朝早くから大変ですね……
まだ街の人たちもあまり外にいないのに。」
床に散らばった教会の破片を拾いながら言うと、自分の腰を叩きながら神父様が微笑む。
「この街に住む人々の中には神を信仰していない人もいますが、それでも神に救いを求めている人も大勢います。
この教会は、そういう人々の心の拠り所であってほしいのです。
偉大な父の元、いつでも戻ってこられる自分の故郷のような場所。そんなところがあったら、多少は心も安らぐと思いまして。」
顔を上げて目を細める神父様の横で、ネーバスさんが
「なぁ、ちょっと時間をもらってもいいか?」と言う。
「ええ、もちろん。」
話の内容を理解したのか、神父様は笑顔を浮かべてネーバスさんを見る。
「メルぺディアくんはここに構わず宿にお戻りください。
きっとお二人が心配していらっしゃいますよ。」
丁寧にお辞儀をして教会の中に入っていく2人を見送り、僕は再び掃除を開始する。
10数分で片付き終わり、瓦礫を1箇所に集めて教会を後にすると、列になって歩いている人たちを見つける。
あの人たちは何をしているのだろうか。
そう思って後ろをこっそりとついていく。
しばらく行くと街を出て丘につき、そこにきた人たちは膝をついて手を結ぶ。
涙を流している人、涙を堪えている人、どこか遠くを見ている人。
その人たちの前には、決まって十字架が建てられている。
今まで見たことがない異様な光景に、僕は息を呑む。
その時、そっと肩に何かが触れる。
振り返ったすぐ先に、ルーベルナさんの姿がある。
「ルーベルナさん、これは何をしているんですか?」
その顔を見て言うと、少し躊躇いながらも彼女は口を開く。
「これは、死者の弔いです。」
「死者の……弔い………」
その言葉が、僕の胸に奇妙な感覚を走らせる。
向き直って前を見ると、先ほどと同じはずの光景が、少し違って見える。
「昨日の争いで亡くなった人たちを、その人の家族や友人が弔っているのです。
今までの思い出や、昨日までは確かにあった日常を振り返りながら、もう会うことのできない人たちに想いを馳せる。
ほとんどの人が、人生で一度は通る道です。」
その光景を見つめる僕の両肩に手を当て、ルーベルナさんは静かに教えてくれる。
「死は、儚く美しいものになる時もあれば、絶望や恐怖になることも、悲しさや寂しさになることもあります。
それを決めるのは生きてきたその人の人生であり、その人と関わり合ってきた人々の気持ちです。
ですから、メルぺディアくんも自分の人生を心ゆくまでやりたいように過ごしてください。
それが、いつか誰かの思い出となってこの世に残る時が来ます。」
左肩に置かれていた手を僕の頭の上にのせ、3歳の子供には早すぎますね。とルーベルナさんが笑う。
でも、彼女の言葉は胸の中にしっかりと、強く響いていた。
瓦礫の山と化した石畳の路地には、まだ火の匂いがこびりついている。
崩れ落ちた石造りの家々の壁からは黒い煤が風に舞い、瓦屋根の破片があちこちに散らばっている。
広場には折れ曲がった木製の屋台が倒れ、沈黙の中にわずかな人の声だけが響いていた。
だが、そこに集う人々の顔は、絶望ではなく決意に満ちている。 鍛冶屋の老人は、壊れた井戸の枠に新しい鉄の輪を打ち込み、若い男たちは瓦礫を運び出し、まだ使えそうな石を積み上げていく。
女たちは壊れた家の梁を組み直しながら、子どもたちに瓦礫の間から釘や布を拾わせていた。
鐘の音を再び響かせることが、町の「生きている証」になるのだと言って、神父が鐘を鳴らしている。
夕暮れが近づくと、瓦礫を片付けた広場に焚き火がいくつも灯され、作業の合間に人々はそこに腰を下ろした。
粗末な食事を分け合いながらも、誰かが「明日は井戸を直そう」「次は橋を」と声を上げれば、笑いと気合が返ってくる。
それを見て、俺は思う。
こいつらは、何を原動力にして動いているのだろうかと。
家族、友人、仲間を失い、それでもなんとか笑いながら乗り越えようとするその姿。
それを、俺は理解できなかった。
『神様がきっとなんとかしてくれる。』
そんな楽観的な思考で、そいつらは今日と明日、その次の日を生きていこうとする。
そんなこと、あり得はしないのだと俺はわかっていた。
病気の母に生きてほしくて、俺は神に母の病気が治るように祈った。
それなのに、母は死んだ。
村を守る戦いに出向いた父に返ってきてほしくて、俺は神に父が戻ってこれるように祈った。
それなのに、父は死んだ。
追ってから逃げ切ってほしくて、俺は神に妹が助かるように祈った。
それなのに、妹は死んだ。
母も父も妹も死んだのに、なぜか俺だけは生き残った。
失ったら終わりなのだと気づくまでにそこまでの時間は必要じゃなかったが、自分が大切なものを失ったことを認めるのが怖くて、俺は逃げた。
追手からも現実からも逃げきれず、敵兵に捕まり馬車に乗せられ、どこかに連れて行かれる途中で馬車の車輪が壊れ、川へと投げ出された。
頭を打って気絶したらしく、俺が目を覚ました時には天井が見えていた。
川へ釣りに出てきた人が俺を拾い上げ、街まで連れてきてくれたのだと神父は言った。
━━━━━聖英大教会。
そんな無駄に立派な名前をもっている教会で、神父のご高説を聞いた。
神様が俺を自分のところに生まれさせてくれたと言っていた両親。
その両親の背を見て育った俺と、その下に生まれた妹。
よく村の小さな教会で家族揃って祈を捧げたものだが、結局、そんなものは意味をなさなかった。
父も母も妹も、みんな死んだ。
そんな俺に、神がどうのこうのと言われたところで知ったことじゃない。
神はいないし、人間のまともな心を奪うだけの害でしかない。
そう思い続けていた。
生きているのかも死んでいるのかもわからない自分が、生を実感したのは、あの刻。
『逃げなさい!』
あの時、死を覚悟した瞬間。
誰のために生きるでもなく、ただ過去を受け入れられずにのうのうと生きていた俺を助けてくれたあの女性。
その姿に、両親が言っていた神というものを感じた。
『苦しい時は、絶対に神様が救ってくれる。』
今まで一度も叶わなかった願いを、初めて叶えてもらえたような気がした。
目的も目標もなかったのに、死を感じた瞬間に身体中に迸った絶望の2文字。
死にたくなかったのだと、今ならばはっきりとわかる。
そして、この街の奴らも同じだった。
家族、友人、仲間を失ってもなお、どうにかして生きていこうとする。
神父も、そんな人たちに少しでも楽になってほしいと言って神父なりに考えている。
だが、無理なのだろう。
ここにいる奴らは、腐りきった王に復讐をしてやろうという気持ちを持っていない。
なぜかわからないが、死者の分まで生き抜いてやるという奴らの方が多いのだ。
そんな甘ったれた考えで生き延びれるのは、せいぜい後2日。
だから、俺は決めた。
救われたからこそ気づけた、俺の気持ち。
ここに生きる奴らとは真逆の考えかもしれないが、あいつらの命を救えるなら大したことはない。
最後の決着をつけるために、ログレンは自分もこの戦場に出向いてきている。
まだ、チャンスはある。
今までことあるごとに俺を助けてくれた神父に礼を言い、俺は1人で街を出ていく。
『孤独は敵ではない。
誰かと出会った時に、心からの温もりを知るために作られた余白だ。』
あの日、母が読んでいた詩を思い出しながら、俺は再び孤独の道へと歩み始める。
全ての運命に、決着をつけるために。
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