神の苦悩

1年目━━━━━━

「頑張ってください!あとちょっとで1メートルですよ!

やりました!最高記録更新です!

よくこんなに歩けるようになりましたね!」



2年目━━━━━

「ほ、ほら。

山で採ってきた野菜のサラダ・・・・・・・どうかしら?」

「ゴハッ!!」

「え!?えぇ!?なんで!?ただのサラダじゃない!」

「味付けが濃すぎるんですよ。なんですかこれ。メルペディアくんを殺す気ですか?」



3年目━━━━━

「魔法陣は円を描くことができるけど円周率は3.14159265358979323846………だから真円を描くことは・・・・・・・・・・・・」

「魔法術式はイメージの世界ですからそのあたりは考えなくてもいいんです。

ただ、時空間や数列について学んでおくと・・・・・・あ、この本とかどうですか?」

「うわぁ、すごいです!なんですかこれ!?簡易上級魔法術式書・・・・・・?すごいです!すごいです!」

「どうですか?さすがにまだわからないですか?」

「ちょ、ちょっとだけ待ってください!

これがこうなるからこっちがこうなって複合魔法術式を作り上げることで@$@#*%#^^====3!!!???

わかりました!」

「その通りです。よくできました〜」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「いやちょっと待てやァァァァァァ!!」

「「どうしました?」」

「どーしましたじゃないでしょ!

どういうこと!?

3歳よ3歳!

2歳になった頃までよちよち歩いてかわいい笑顔してたのになんで一年でこんな魔法オタクになってるわけ!?

そもそも上級魔法術式書とか普通全然わからんやつじゃない!」

「確かにセフィルスでは理解が難しいかもしれません。」

「いやそういうことじゃないでしょ!

こんなの読んでるやつなんて魔法を極めようとしてる老人とかどっかの魔術院の教授とかじゃないわけ!?

あとメルペディアのお父さんとか!」


・・・・・・あ━━━━━━━━

やってしまった。

恐る恐る顔を上げると、ルーベルナがため息をついて首を振っている。

3歳の少年は、お父さんという初めて聞く言葉と存在に首を傾げている。

「僕と・・・・・・関係ある人なんですか?」

純粋無垢な顔で問いかけてくる彼の瞳に、胸の奥がギュッと締め付けられる。



━━━━━本当なら、お父さんとお母さんと一緒に仲良く過ごしている時期。

子供の成長を優しく見守る両親と、そんな両親の背中を見ながら大きくなっていく子供。

そんな当たり前の生活があったところに、私たちは割り込んできた。

私たちがどうにかできる問題じゃないとわかっていて、私たちも望んでここにきたわけじゃないとわかっているけど、あの家族が3人で笑い合っているはずだった姿が思い浮かんでくる。

それを、木陰で座りながら眺めている私とルーベルナの姿が思い浮かんでくる。

そんな光景を何度考えたことだろうか。


あぁ、ダメだ。

意識しないようにどうにか抑え込んできたはずの思いが、止めどなく溢れてくる。

自分らしくもなく、目元に涙が溜まり始めているのがわかる。

「セフィルスさん、目に水がついてますよ。」

優しく微笑んでそれを拭ってくれる少年を、私は思いっきり抱きしめた。

できることなら、今の関係を変えずに過ごしていきたい。

でも、私たちは話さなくてはいけない。

私たちが何で、この子がどんな子供であるかを。




「よく聞いて欲しい。

これは、あなたのお父さんとお母さんについての話。

お父さんとお母さんっていうのはあなたを産んで育ててくれる人たちのこと。

育ててくれるだけじゃなくて、えーっと、こんなこと言っていいのかわからないけど、今の私とルーベルナみたいな感じ?

私たちが名乗っていいのかはわからないけど家族って言うの。」

「家族・・・ですか。

つまり、優しくて一緒にいると温かい人たちのことでいいですか?」

何でこの子はこんなに可愛いのか、私にはよくわからない。

さっきからずっとメルペディアのことを撫で続けているルーベルナにも、よくわかっていないことだろう。

「多分、そうだと思う。

そして、あなたは人間。それはわかる?」

「そこはわかります。

人間、魔物、魔族、精霊、植物、あと神。

厳密には動物と言われる枠組みに人間も入るけど、わかりやすくするために犬や馬などを動物と言っていて、この世界に存在するものは大きくこれらに分かれるんですよね。」

とても3歳の子供とは思えない急な発言に体が震えながらも、私は続ける。

「そう。それで、さっきも言った通りあなたは人間というところに属してる。

メルペディアから見たら、私たちも人間じゃないのって思うかもしれないけど、実際は違う。

・・・・・・・・・私たちは、神なの。」

今のままの関係を変えないためには言わない方が良かった言葉を、口にする。

ルーベルナも、撫でる手を止めてこの子の反応を真剣な顔で待っている。

「よくわからないんですけど、2人が神だったら何か違うんですか?」

「え?」

私の口からは素っ頓狂な声が出るが、ルーベルナはそう答えてくれると信じていたかのように、再び彼の頭をくしゃくしゃと撫で始める。

「いてててて」なんて言って振り返る彼と笑い合いながら、2人はキャッキャと楽しそうにしている。

こんなことを心配していたのは私だけだったのだと、思い知った。

安堵と3年に渡る疲れが押し寄せてきて、その場にうなだれる。

良かった・・・・・・・・・本当に良かった。

きっと、誰に言っても私の気持ちがどれだけ重かったのかはわかってもらえない。

でも、とにかく良かったという思いだけが、私の胸を満たしていた。




いつの間にか日も暮れてきたので、1万年がどうという話は明日にして私は1人で家の屋上に来た。

こぢんまりとしたテラスの椅子に座って、外の景色を眺める。

この家も、ここに来てから頑張ってルーベルナと建てたものだ。

魔法がほとんど使えない状況だったから、だいぶ苦労したのを覚えている。

1階から2階へと拡張していって、最後にこの屋上を作った。

メルペディアが一度落ちそうになった時、2人でビビり散らかしたのも記憶に新しい。

「もう3年も経っちゃったんだ・・・・・・」

神程術式の継承によって大幅に失われた魔力が完全に回復しているのを実感し、そんな言葉が口から漏れる。

「何を黄昏てるんですか?」

静寂の夜の中、一つの声が聞こえてくる。

「もう寝ついたの?」

こちらに向かって歩いてくるルーベルナに問いかけると、頷きが返ってくる。

「明日お父さんとお母さんの話を聞くのを楽しみにしてると言ってぐっすり寝てしまいました。」

「やっぱり、あなたが寝かせつけるとすぐに寝るのね。」

「セルフィスが寝かしつけをするといつまでもおしゃべりしているのが原因じゃないですか?もちろん、セルフィスの方がですけど。」

正論を浴びせながら向かいの席の椅子を引き、ルーベルナは座る。

「それで?先ほどの返事がまだですよ。」

「あなたねぇ、わざと話題を逸らしたんだから空気を読んで同じ質問をしないようにとかできないわけ?」

「私は気になったことはとことん追求していきたいタイプなので。」

意地悪そうに微笑まれ、隠さないといけないことでもないためため息をつきながら私は口を開く。

「色々思い出してたのよ。

この3年、この家で過ごしてただけなのにほんとにいろんなことがあった。」

「そうですね。

セルフィスが作った野菜サラダを彼が吐き出したりとか色々ありましたね。」

1番トラウマになり、もう2度とサラダなんて作らないと決めている私に対して当たり前のようにぶっ込んでくる。

ピキッときて拳を握る私に、

「セルフィス、何か勘違いしてませんか?」と彼女は優しく言う。

「勘違い?」

「何というか、ずっと自分のことを否定していませんか?」

急に繰り出された、ルーベルナからの言葉。

ドクンと、胸が大きく音を立てる。

机の上に置かれていた私の手をそっととって、彼女は言う。

「セルフィスが、メルぺディアくんのお母さんのことをずっと考えていることはわかっています。

いつか再会したときに少しでも安心させてあげられるようにと面白い話をしてみたり、苦手だった料理をしてみたり、家事だって一つもできなかったのにいくつかできるようになったじゃないですか。

あなたを見ている時のメルペディアくんの目、ちゃんと見てあげていますか?」

その言葉に、私はハッとする。

「変な責任なんて感じる必要ありません。この世界にきてしまった理由を作ったのもあなたじゃない。

私たちは、あの人たちの手を借りながらですがやりたいことをやりきってきました。

しかし、普通はそうじゃない。

神だからと言って、なんでもできるわけじゃない。

それはあなたもよくわかっているはずですよね?

それでも自分が悪いと言うのなら、私が彼の父親にそんな魔法の開発はやめろと言うべきでした。」

「い、いやそれはおかしいでしょ!

あなたが彼を選んだ理由はそういう研究熱心で頑張っているところに感心を持ったからじゃないの!?」

まっすぐに私を見るルーベルナの言葉を、否定する。

「もちろん、私はあの人を尊敬していますし尊重しています。

絶対に魔法なんて向かない体をしているのに、彼はそれでもどうにか前へと進んできた。

今それを奮い立たせているのは単なる好奇心かもしれませんが、努力に努力を重ねて、あれだけの力を持つようになりました。

そんな人を助けてあげたいと思ったのは、あなたも同じなんじゃないですか?」

私の目を射抜いて、彼女は言う。


そうだ。


私もそうだった。

才能なんてなくて、親を失って、それでも必死に、懸命に生きていこうと努力する彼女に惹かれて、契約を結んだ。

力になりたいと思った。


幸せになって欲しいと思った。


それなのに、彼女の幸せを見届けるどころか、本来幸せとなっていたはずのものは1万年という途方もない時間の先で今私の元にある。


やっぱり、私のせい・・・・・・・・・

私もルーベルナみたいに上手くできれば、すぐに過去に戻ることだってできたかもしれないのに━━━━━


「ひゃっ!?」

急に背中に温かい感触が走り、身体が飛び跳ねる。

「ふふっ。考えだけは一丁前に大人になってそうですが、ここが弱いのはやっぱり変わらないみたいですね。」

いつの間にか私の後ろに来ていたルーベルナが、笑っている。

「あ、あんたね・・・・・・やってくれるじゃない!」

負けじと彼女の脇腹に手を当ててくすぐってみるが、反応がない。

「残念でした。そこはもう克服済みです。」

不敵な笑みを浮かべてそう言いながら、後ろに回した手で再び私の背を撫でる。

「あうぅっ」

また身体が跳ね、脚に力が入らなくなった私はルーベルナの方に倒れ込む。

「たまには、力を抜いてください。

━━━━━お姉ちゃん。」

優しい声で、彼女は私を抱き止めながら頭を撫でる。

久しぶりにこれだけ近づいて感じた妹の温かさに、思わず涙が流れそうになってくる。

それを隠そうとしたのか、反射的に私は彼女の耳に息を吹きかけていた。

「ひゃぁあ!?」

ガクリと脚が折れて倒れ込んだルーベルナと2人で、私たちは床に転がる。

「そこは弱いまんまじゃない。

あんまり調子に乗らないで。妹なんだから。」

そう言って笑う私を見て、妹も笑う。

「今日は一緒に寝ますか?」

「寝るわけないでしょ。あなたが彼と寝てあげなさい。」

・・・・・・・・・・・・・・

「やっぱり、私も一緒に寝る。」

「今夜は楽しい夜になりそうですね。」

「そんな趣味はないって!

メルペディアが起きたらどうするのよ。」

「これが大人の夜の遊び、とでも言って教えてあげますか。」

言うだけ言って、彼女の顔はみるみる赤くなっていく。

「やっぱり、慣れないことは言うもんじゃないですね。

最近でこんなに恥ずかしい思いしたことありません。」

そう言って赤い顔を隠しながら立ち上がる彼女を見て、私も立ち上がって笑いながら歩いていく。



肩の重みを外して笑ったのなんて、いつぶりだろう。

きっと、メルぺディアが生まれると報告を受けて喜んだ時以来だろうか。

あの時は4人。今は2人。

でも、きっと大丈夫。

まだ3歳のちびっ子だけど、1人加えて5人で笑い合える日がいつか来る。

それを信じて、私たちは進んでいく。

いや、戻っていく。

1万年という長い時間を、運命に抗うようにして一歩ずつ。

そのための第一歩は、もう少し後になるだろうけど。


━━━━いつか、全員が幸せな生活を送れるようになることを願って。

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