父と母
「それじゃあ、昨日の続きを話をしましょうか。」
朝食が終わったタイミングで、ルーベルナさんが口を開く。
僕のお父さんとお母さん。両親と言われる人たちがどんな人たちだったのか。
なぜいないのかについて話をしてくれるらしい。
「まず、メルペディアくんは生まれてすぐ、『
と言われても、生まれてすぐ使えるものなのか、僕にはよくわからない。
魔法とは、魔法内容の脳内イメージ、魔法陣の構築、魔法術式によって内容を確定させ、それを発動させるというのが主流だ。
そして、魔法には大きく分けて5段階存在することも知っている。
低級魔法、中級魔法、上級魔法、超級魔法、そして特別な枠組みとなる律界魔法。
律界魔法と省略されることがほとんどらしいが、正式には超律臨界魔法。
新たに開発された魔法は魔法学会という場で審議され、その階級が決められるが、律界魔法というのはその発明者が自分で名前を付けたもので、実際にそれは今までの魔法の域を大きく逸脱していることから正式に承認されたらしい。
律界魔法の魔法術式を構築できる人間は、ルーベルナさんが見てきた中でも1人しかいないと聞いた。
つい昨日、上級魔法の簡易的なものが書かれている魔法書を見せてもらったが、何となく理解できても、実際に魔法陣を作れと言われても絶対できない。
それのさらに上があるのだから、もうわけがわからないものだ。
「その『制限時空超越跳躍』というのは、魔法の階級はいくつなんですか?
生まれたばかりの僕が使えるくらい簡単ってことですよね?」
そう質問した僕に、
「いい質問です。
まず、『制限時空超越跳躍』には、その基盤となった魔法が存在しています。
その魔法が、『
そして、これを進化させたものを、メルペディアくんは生まれてすぐに使ったということです。
ここからが質問の答えですが、まず『時空逆流秘術』の魔法階級は、上級魔法に位置します。
それを超級魔法に引き上げたものが『制限時空超越跳躍』で、この魔法を作り出したのが、あなたのお父さんです。」とルーベルナさんが教えてくれる。
昨日に引き続き出てきた、お父さんという単語。
夜に寝室で、どうやったら人が生まれるのかということを聞いたら、
『ちょ、ちょっとそれを学ぶには早すぎる気がします…』ということで教えてもらえなかった。でも、いつかはちゃんと教えると約束してもらった。
それしても、僕が使った魔法の基盤となるものが上級魔法?
しかも僕が使ったやつは超級魔法って………昨日の魔法書を見た時点ではなんとも信じられない。
「僕のお父さんは…すごい人なんですか?ルーベルナさんに何度か上級魔法の術式構築の作り方を見せてもらったことがありますけど、多分僕じゃ作れません。
それのさらに上の超級魔法に魔法を改良するって、簡単なことじゃないと思うんですけど……」
そう問いかけた僕に、自分が超級魔法を使ったという実感はなさそうですねと苦笑を浮かべ、ルーベルナさんは話を続ける。
「もちろん、その通りです。
上級魔法を完璧に使いこなせる人間は、1万年前に300人ほど。超級魔法に関しては、その一部を使える人が50人に届くかどうかです。
そして、その時代に超級魔法を新たに生み出したのは1人。
その1人が、あなたのお父さん、エール・ペグレクティアス。『不条理の賢人』と呼ばれた人です。」
少し自慢げに、彼女はその名前と呼び方を言う。
「不条理の賢人、エール・ペグレクティアス…………」
その名を、僕は心の中で繰り返す。
「言葉を学んでいけば、いつかその意味もわかると思います。
自分で意味を理解する方が、きっとメルペディアくんのためにもなると思いますし。」
いつもの優しい笑顔をにっこりと浮かべるルーベルナさんに、僕は頷く。
「『制限時空超越跳躍』についてより先に、この流れでお母さんのこと話しておいた方が良さそうですね。
ということで、セルフィス、お願いします。」
今日はずっと体がカクカクだったセルフィスさんが、ピャイ!と言って跳ね上がる。
「大丈夫ですって。緊張してるなら、昨日みたいにした方がいいですか?」
「い、いいわよしなくて!
この子の前であんな情けない姿見せれないし!」
昨日のこと、というのがよくわからないけど、セルフィスさんは少し顔を赤くしながらも話を始める。
「あなたのお母さん。つまり、あなたを産んだ人ね。
名前はエール・ルミーシア。お父さんみたいに称号も持っているの。
『虚無の権威』いつの間にか、そんなふうに呼ばれることになった。
『制限時空超越跳躍』、というか超級魔法を生まれたばかりの子供が使って、1万年も時間を飛ばすことができたのは、お母さんのバカみたいな量の魔力を引き継いだからでしょうね。」
エール・ルミーシア。僕のお母さんの顔を思い浮かべるように、セルフィスさんは言う。
「ちゃんと勉強してきたんですね。」
「うっさいわね。魔力の消費量くらいわかってたって。」
「本当ですか?あの時は何それみたいな感じでしたよ?」
仲良く言い争っている2人を落ち着かせながら、僕は今聞いた話の整理をする。
ただ、お父さんとかお母さんと言われても、実際に記憶にないからどんな顔なのかもわからない。
いや……記憶を具現化する魔法を利用すればわかる?
そもそも記憶にないことをどうにかする方法はあるのか?
気づけばこの空間が当たり前にあっただけで、2人と出会った時のことも何も覚えていないし━━━━━
「ほら、あんたが魔法ばっかり教えこんだせいで、なんかすごいこと考えてそうな顔してるわよ?」
「さすが彼の子供と褒めてやりたいところですね。」
「なんで上から目線?」
そんな会話が聞こえてきて、僕は慌てて意識を戻す。
「ご、ごめんなさい。
記憶の魔法を使えばどうにかできないかと思って………」
やれやれと手をあげるセルフィスさんと、うんうんと頷くルーベルナさん。
最近、この状況をよく見る気がする。
「時間の話をする前に、昨日も言った私たちの存在についてもう少し詳しく話をしましょう。」
ルーベルナさんが、立ち上がって改めて自己紹介をする。
「私は、織術神ルーベルナです。そしてこっちが………」
「無窮神、セルフィスよ。
一応、というかちゃんと、ルーベルナの姉。」
セルフィスさんも立ち上がって、改めて名前を名乗る。
ショクジュツシンとかムキュウシンっていうのは、称号みたいなものだろう。
姉というのが何なのかよくわからないが、後で聞いておけばいい。
「私たちは、人間との間で契約というものを交わします。
私があなたのお父さんと、彼女があなたのお母さんと契約をしたということですね。」
「その、契約というのはどういう効果があるんですか?」
「契約をすることで、人間は神の能力を使うことができるようになります。
セルフィスの能力は後で聞いてもらうとして、私の能力は魔法術式の術式性能の強化、その魔法術式を発動させるための消費魔力量の減少など、魔法術式や魔法陣全般です。
タイプとしてはあなたのお父さんと同じ方面に特化している感じですね。
それが人間にとっての契約のメリット………メリットとは何かが自分にとって有利に働くことみたいな意味ですね。とりあえず、いいことがあるということを覚えておいてください。」
なるほど。神と一括りにしても、その能力にはそれぞれで差があるみたいな感じでいいのかな。
あれ?でもそれって人間にとってのメリット?になるだけで、神にとってのメリットにはならないんじゃ?
それも後で聞いておこう。
今は2人の話をちゃんと聞くことに集中した方が良さそうだ。
「ここからが本題になります。」
食後の甘いコーヒーを飲み、ルーベルナさんは一息ついて話を進める。
「さっき言ってくれた通り、上級魔法を利用すること自体、とてつもなく大変なんです。
そして、ペティア………あ、あなたのお父さんのことです。
名前が長いから短く呼んで欲しいということだったので、ペティアさんと呼んでいます。
話が少しずれましたが、先ほども言ったように彼が作り出した『制限時空超越跳躍』は超級魔法となります。」
改めて言われたことで再び凄さを感じている僕に頷きながら、ルーベルナさんは話を続ける。
「お父さんがすごいのは私も認めます。
でも、メルペディアくんも十分にすごいですよ。
3歳で簡易上級魔法術式書の1ページ目を理解してしまうんですから。」
嬉しそうに笑って、ルーベルナさんは僕を見る。
なんて言えばいいんだろう………すごく嬉しい。
「それで、そんな高度な超級魔法を生まれたばかりのメルペディアくんが使えた理由は、『制限時空超越跳躍』の術式をペティアさんが簡略化したからです。」
簡略化・・・簡単にするという感じの意味だったはずだ。
「超級魔法って簡単にできるんですか!?」
意味を理解した瞬間、僕は思わず身を乗り出していた。
「普通はできません。彼が異常なだけです。」
「え………でも、待ってください。
簡単にしたとしても、連発したりとかしようとすると、魔力量が足りなくなっちゃうんじゃ?
簡単に使えるだけでは、結局必要になる魔力量の変化は起きないって前の本に書いてあったんですけど………」
「そうですね。
超級魔法を何度も使うほどの魔力なんて、あなたのお母さんくらいしかできません。
一般人からしたら、やってらんねーって感じの魔力量が必要ですから。
なので、彼があの魔法を簡略化したのは少し理由が違います。
超級魔法を新たに開発した人間は私がいた時間ではたった1人しかいなかったと言いましたよね?」
「は、はい。その1人が僕のお父さんという話も聞きました。」
息を呑んで続きを急かす僕に苦笑を浮かべながらも、ルーベルナさんは続ける。
「超級魔法のさらに奥。
魔法術式技術の深淵に存在すると定義された魔法、超律臨界魔法。
これを完成させた人物は、1万年前までの歴史でたった1人しかいません。」
僕の目を見て、彼女はその名前を口にする。
「不条理の賢人、エール・ペグレクティアス。不条理の賢人という名の由来は、超律臨界魔法の構築から来たりしています。」
その名を聞いた瞬間、僕の心臓が早くなるのがわかる。
しかし、次に言葉を発したのは僕じゃなかった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!
それどういうこと!?
ペグレティアスが律界魔法を完成させたなんて話、私もルミーシアも聞いてないわよ!?」
どうやら、セルフィスさんも知らなかったらしい。それに、僕のお母さんも。
「えぇ、言ってませんし言わないように釘を刺されてましたから。」
ルーベルナさんは済ました顔でそう答える。
「あ、あの。
お父さんが作った魔法なら、僕が知ってる魔法の中にあるってことですよね!?」
待ちきれなくなって、僕も横から話に入る。
僕がお父さんが作った魔法を使えるのは、魂に魔法が刻み込まれているからだと昨日ちょろっと教えてもらった。
「いえ、多分無いと思います。多分というか、無いです。」
冷静に返すルーベルナさんに、
「は?あんたもペグレティアスもバカじゃないの!?
神程術式を継承させるつもりがあったんなら律界魔法も継承させなさいよ!
ていうか、超級魔法まで継承させて、それだけ渡さないってなによ!?嫌がらせ!?」
頭を抱え込んで、セルフィスさんがうずくまる。
「全く…メルペディアくんが可愛くて仕方ないのはわかりますけどね………」
ちょっと僕が恥ずかしくなりそうなことを言いながら、ルーベルナさんは呆れている。
「私も、律界魔法以外の全ての魔法を利用可能な状態にしたいとペティアから聞いた時に驚きました。減るものでもないし技術を与えても良いのでは、と。
封印でもしておけば悪用されることもないとも伝えました。
その時の彼の回答は、『この魔法はメルペディアがいつか、本当に大切な人と出会って、その人との思い出を大切にしたいと思った時に、あの子が自分で作り出す必要があるのです。
もちろん、私と同じ道に我が子を進めたい思いもあるし、こんな魔法オタクになってほしくない感覚もある。
自分の道を新たに切り拓いていくために、魔法は最高の相棒になってくれる。
私もルミーシアも、そうでしたからね。』と言っていました。」
懐かしそうに少し遠くを見て、彼女は再びコーヒーに口をつける。
「大切な人ができた時に、か。
まぁあの人の感性は私もよくわからないからなぁ。
彼なりの思いがあったってことね。」
「そういうことです。
なので、彼の希望もあって、申し訳ありませんが内容はお伝えできません。」
そう言って丁寧に頭を下げるルーベルナさんになんと言えばいいかわからず戸惑っていると、
「そんなこと謝ってなくていいから、これからどうすればいいのか考えてよ。」とセルフィスさんが声をかけてくれる。
「メルペディアくんは、どうしたいんですか?」
顔を上げたルーベルナさんに聞かれ、僕は素直な思いを口にする。
「お父さんとお母さんに会ってみたいと思います。
でも………1万年なんて戻ることができるんでしょうか?」
「先ほどの話からもう気づいているかもしれませんが、『制限時空超越跳躍』は生まれたばかりのメルペディアくんが使えるくらい簡略化されていました。
ただ、その魔法術式を教えたからと言って誰でもできるわけじゃないと思います。
あくまでも、あなただからあの魔法を発動できた。
実際、完成させたと言っても、ペティアさんは自身の魔力だけでは発動させられませんでしたから。
それだけの魔力量とセンス、才能が必要なんです。
彼が苦労して作り出した魔法を使えるのが、メルぺディアくんで良かったと思っていますよ。」
嬉しそうに目を細めて、彼女は微笑む。
「つまり、もう一度その魔法を使えば1万年前に戻れるってことですよね!」
喜びを隠しきれずに言った僕に、ルーベルナさんは首を横に振る。
その隣でセルフィスさんが今にも吹き出しそうなほど笑っているのがよくわかる。
「『制限時空超越跳躍』は、ある一点の時間軸を目的地に決定し、そこの場所に向かって時間をスキップして行くというものです。
そのため、行った場所と最初にいた場所までの間は空白になってしまう。
そして、この『制限時間超越跳躍』は、空白の時間が存在する限り元いた時間軸に絞って再び飛ぶことはできないんです。」
ルーベルナさんのことだからできる限り僕にも理解できるよう話をしたのだろうが、どう言えばもっと伝わるかと思案している。
セルフィスさんに関しては笑みから一転、頭から煙が上がっている。
話の内容がわからないのではなく、今さっきルーベルナさんにチョップを喰らったからだろう。
「すごく簡単に言うと、1万年前に『制限時空超越跳躍』を行うためには、私たちが1万年前までの全ての時間に行くことが必要になってくるということです。」
「えぇっと…つまり………僕たちは1万年を過ごさないといけない………ということですか?」
恐る恐る聞いた僕に、彼女は頷く。
マジかぁ。
そんなに長生きできるかな………?
「この魔法、超級魔法としてはだいぶ扱いが大変じゃないですか?
それはもちろん、扱いが大変だから超級魔法である可能性はわかるんですけど……」
僕がこぼした言葉に、なぜそうなっているのかをルーベルナさんが解説してくれる。
「この魔法が使い勝手が悪いというよりは、ペティアさんは最初から未来に行くつもりがなかったという方が重要です。
彼は過去に行くための魔法を作ろうとしていて、未来へ行くというのは最初から想定していません。
ただ、律界魔法のために未来へ行くための魔法術式への理解が必要ということで、未来へもいけるように術式を組み直したんです。
なので未来へ行けなくてもこの魔法が超級魔法として認められていた可能性は十分にあり得るんです。」
魔法術式というものは条件を加えていけばいくほど不安定になり、複雑になっていく。
一度完成させた超級魔法に壊れるかもしれない条件を付け加えてまで、お父さんは律界魔法を作りたかったのだろうか。
「つまり…僕は過去に戻ることはできない、ってことですね……」
そんなすごいお父さんに会って色々と話をしてみたい。
お母さんがどんな人なのか見てみたい。
そんな思いが、心の中で強くなっていく。
「無理だなんて言ってませんよ。」
「「え?」」
セルフィスさんと共に声を漏らし、僕は顔を上げる。
「もちろん、簡単なことじゃありません。
時間も労力もかかりますが、『時空逆流秘術』を用いていけば、いつかは1万年前に辿り着けます。
というか、セルフィスにはもう2度と戻れないわけじゃないという話をしたはずなんですけど……」
その言葉を聞いた時、嬉しさが爆発して思わずガッツポーズを作ってしまう。
「というかさ、1万年分の時代をスキップできたんだし、帰りの魔力が変わるわけじゃないから戻る方も1万年分一気に戻せないの?」
素直に思ったことを聞いてみたという感じなセルフィスさんに、ルーベルナさんは呆れた視線を向ける。
「本当に魔法を使う神なのか心配になってきますよ……
いいですか?『制限時空超越跳躍』には、スキップした時間にはいけない、少しでもスキップした時間があれば元の時間には戻れないという制約があります。
だからわかりやすく“制限”と名前を付けたんですよ。しかも、対象となる人物がその時代へ行くだけです。
それに対し、『時空逆流秘術』は世界丸ごとの時間を戻していく魔法です。
効力はすごい代わりに魔力の消費量を中心とした莫大な労力がかかるんです。
そのため、上級魔法の括り止まりになっているわけなんですよ。」
それに追加してルーベルナさんは色々な説明をする。
まとめると、『制限時空超越跳躍』と『時空逆流秘術』では魔力の消費量が段違いで、同じ魔力であっても一気に戻せる時は500年くらいが限界ということだ。
僕の魔力を0から回復させるためには、一年かかるか、かからないかくらいの見立てらしい。
このまま未来に向かって進んでいくのと比べたら、非効率この上ないとのこと。
でも、僕は両親に会いに行きたい。
それを伝えたら2人とも微笑んで大きく頷いてくれた。
そして、僕は思った。
流石に情報量が多すぎて頭おかしくなる。と。
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